大河と霧と英雄の船


地球が真っ黒なチリに覆われ、すべての生き物が青空と太陽を失った時代。人類は有毒な大気と闇を怖れ、〈ドーム〉に引きこもっていた。

パイロット養成所に通う15歳のタイガの夢は、ドーム間輸送船のパイロット〈トリトランサー〉になること。実技試験を数日後にひかえ、タイガは研修船アルゴ号で特別授業を受けていた。そのコックピットへいきなり不法侵入(?)してきたのは、迷子の子猫と、ずうずうしい青年ミスト。

彼らとの出会いから、タイガはだんだん危ない事件に巻きこまれ……!?

(公式サイトより転載)

sanka

前半はプラネタリウムだ。
リクライニングシートにゆったりと背を預け、丹念に語られる宇宙のありように、あくびをほんのわずか交えながら耳を傾ける、心地良く静かな導入。
物語の案内役に選ばれたのは、少し背伸びした、それでも夢に向かって一生懸命に努力する少年。
その背中を追いかけていくと、太陽を失った銀河でなお息づく人々の生活が、これまたひとつひとつ丁寧に紐解かれて行く。

中盤。苦痛無く受け入れられてきたそのガイドにも、そろそろもうひとひねり欲しいなと思えてきたあたりで、物語はわずかに動きを見せる。
天球を眺めていたら、ヘッドレストがごとり、と動いたかのようにだ。

読み手は彼らそれぞれのタイミングで、この物語が紛う方無き冒険小説である事を知る。
点在する星と星が結ぶ線を示され、そこにおぼろげながら英雄の姿を見出す事が出来た瞬間、そんな感覚に似ている。
後半へ雪崩れ込むと共に、自分の今いる場所がプラネタリウムでなく、実は爽快なアトラクションであると知らされるのだ。

大人達の織り成す宇宙を前にして、少年らしい戸惑いに時折躓きながら。小さな猫をお供に彼は走り続け、読み手もまた少年を相棒に銀河を駆ける。
カタカナ文字は多いが、それ以上に筆致の円やかさが脳に優しい。
カバー折り返しの用語解説もナイスな優しさ。これはパクりたい。

最後まで気持ちよく駆け抜けた後も、謎はいくつか小さく残る。不快にさせない、ほどよい塩梅に。
宇宙が舞台の物語なら、それがちょうど良いと思う。
大抵のプラネタリウムは、
「あれ。あの星結局どの星座にも入らないの?」
と、わずかに引っかかったまま演目を終えるものだ。


発行:かぶ☆けん文芸部
判型:新書 284P 
頒布価格:800円
サイト:かぶ☆えき

レビュワー:トオノキョウジ

前の記事

あやかしの夢