荒野の竜

arasuji
終わる世界の旅人のお話と、世界の果てへ旅する旅人の話です。
(作者様サイトより転載)

kansou
あまねく人々が天に至る道を知り、終わってしまった世界。天に竜が舞うばかりのその世界で、ただひとり取り残され歩き続ける“旅人”。そして世界が終わる前にある願いを宿した“少年”の物語。
この“世界が終わった後”が先に描かれ、“終わる前”が後に叙述されるという構成がとてもミソです。前半の“旅人”の物語で明かされなかった謎は後半の“少年”の物語で明らかにされますが、単なる謎解きに終わらず、その根底に渦巻く凄まじい情動とともに読み手の心をさらっていきます。
てらいなく、胸に素直に染み込む文章は、淡々として、でもたしかにあたたかい。そうして紡がれる“旅人”と“少年”がそれぞれ迎えた最期。傍目には残酷なその結末を救いと取るか否か――これは読み手の方によるかと思いますが、私には確かに救いと感じました。
実はこれを読むときにすごくエゴイスティックな読み方をしてしまって、というのも作中の彼女と彼に自分を重ねて、ボロ泣きしてしまいました。読む側の個の感情を引っ張り出して、それすらも抱擁してくれる、この上なくやさしい物語です。
救いとは? 家族とは? 愛とは? 多くの物語で語られ、多くの回答を提示されてきた概念の数々。多々、光りあるもの・肯定されるべきものとして描かれるこれらのものは、時折その実態との間のあまりものギャップで、ある種の人々の心を摩耗します。“少年”は間違いなくその一人で、だからこそ彼の抱いた“小さな願い”に、私のような同胞たる読み手は共感せざるを得ません。そうして最後まで読んだ後、もう一度“旅人”の物語をなぞると、更に深いところまで引っ張り込まれていきます。
頑張って文字に書き起こしましたがもうこれ以上は無理です。どんだけ言っても体感したこの凄さを顕せない虚無感でいっぱいです。長女or長男でなんか家族とモヤッとする心当たりのある人は読んでみることを激しくおすすめします。

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発行:アリスチルス月面研究所
判型:A5 24P
頒布価格:100円
サイト:アリスチルス月面研究所
レビュワー:世津路 章

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