あなたのいない季節
二年前の秋、両親と私の三人で宮城県北部にある父の故郷へ車で墓参りに向かった。
その夏の盆に母方の岩手県花巻市に両親と私、そして姪三人の合計六人でやはり車で墓参りと温泉に一泊した。
夜に五杯、朝に三杯のご飯をおかわりした育ち盛りの一番上の姪の食欲に驚愕し、両親は念願だった孫との旅行が出来てたいそう嬉しそうだった。
例年日帰りしていた父の故郷への墓参りだったが、父が「体がきついからどこかで一泊できないか」と提案してきた。
常々「何もない」と父の語る故郷には温泉施設と宿泊所と産直市場ができていたのを知っていたので、母と相談して一泊予約した。
無事に墓参りを終えて宿にチェックインするまでの間、父は喫煙所で煙草をふかしながら「あの山に兎はまだいだのがや」と方言交じりに呟いた。
父は学生時代に近くの山で兎を捕まえては売りさばき、小遣いを得ていたのだという。法律的には大丈夫だったのかはわからないが。
父は貧乏農家の長男で、父親は出稼ぎに出ていた。
父を含む三人の子を抱えて懸命に働く母親に「小遣いが欲しい」と言い出せなかったのだろう。
両親が離農して、父が一家ともども故郷を離れたのは十七歳の春。
通っていた高校は中退せざるをえなかった。
祖父母は二人とも近所の集落の出身の幼なじみである。
私の知る限り、他に離農した親戚はいない。
帰りたくても帰れなかった地を、墓参りの名目で踏みしめる。
今は跡形もない、かつての家の前をどんな気持ちで通過していたのか。
同じ年頃の、高校を卒業し、故郷で根を張って生きるいとこたちの家に寄る時、何を思っていただろうのか。
紅葉に色づき始めた山を眺める父の背中に、今まで想像していなかった人生をかいま見た。
私の父になる前、祖父母の息子としての人生を。
その日は温泉や地元の食材を楽しみ、三人で川の字に眠った。
私には幼少期、両親と三人で過ごした記憶が皆無だ。
年子の妹が生まれるまで一年半ほどなので、無理もないのだが。
今でこそ実家に行けば両親と私の三人で出かけるが、宿泊は初めてだ。
私にも両親にも初めての「三人での旅行」の記憶となった。
また三人で来られる日があるといいと願う。
――――――――――実はここまでは以前、書きあげていた文章だ。
今年、2019年の年明けに父が急逝した。
長い連休を利用して仙台から電車を乗り継ぎ、母と二人で父の故郷へ向かう。
くしくも予約した宿で通されたのは、二年前に三人で泊まった部屋だった。
母は荷を解くと、真っ先に父の位牌と小さな遺影を机に置いた。
雨に煙る山がよく見えるように、外向きに。
「お父さん、来ましたよ。よく見てらべがや」
母の呼び声にもうここに三人で来ることはないし、山を眺める父の背中を見ることもないのだ。
そう思ったら、鼻の奥がツンとした。
ちょうど改元前日のことだ。
父は新元号を知ることなく、逝った。
すでに父のいない初めての春も夏も過ぎようとしている。
私たち家族はこれからも取り戻せない欠落を抱えて、季節を重ねていく。
サークル名:暁を往く鳥(URL)
執筆者名:砂原藍
一言アピール
現代日常・恋愛・学生・強い女子好き。
通称、ローカル食アンソロジー東北編主宰です。
今回も東北が舞台の作品を集めたMAP企画・『東北においでよMAP』あります。