女賢者と咎の少女


 世界滅亡を目論む首謀者を討つべく、敵の本拠地に乗り込んだ私たちに立ちはだかったのは、表情無き少女だった。
 彼女は、これまでの道中で私たちに襲撃し、時に村や街の住民を巻き込むこともあった。しかし、そこに彼女自身の意志はないように見えた。あるのは、操り人形のような佇まいだけだった。
「どうして君は、あいつに協力している!?」
 そう、仲間の少年剣士は怒りの炎を燃やす。けれど、少女は彼の怒りに構わず、強力な魔法を行使して私たちを苦しめた。この状況を突破するためには、私たちもあくまで冷静に――。
 私は少年をなだめ、少女の魔法を予測する。そして、彼女の隙をついて攻撃を入れるよう、仲間たちに指示をした。彼らは私の言葉に耳を傾け、さらに彼ら自身の目で彼女と向き合っている。これなら大丈夫だ。
 信じた通り、私は仲間たちと共に、どうにか少女に勝利した。だけど、まだ終わりではない。最後の戦いへと足を進めようとしたところ、
「どうか、あのひとに負けないで」
 と、息も絶え絶えで彼女は言った。
 薄く開かれた瞳と初めて聞いた声色は彼女自身のもので、他の配下たちとは違うと、私は直感した。敵の配下として教育されたなかで封じられた想いではないかと、想像した。
「生かすにしても、彼女が犯した罪は消えない。殺すなら今のうちだ」
 と仲間の傭兵は言ったけれど、私や、残る仲間の少年剣士、モンクの少女は、とてもそんな気分にはなれなかった。ゆえに、多数決の流れで彼女は生かすことになった。
 けれども最後の戦いが終わったら、私たちは別々の道を歩む。仲間たちにはそれぞれ夢があるし、施設に預けるにしろ、彼女は強力な魔法の使い手であるゆえ、リスクの存在は否めない。だけど、私は魔法についてはそれなりに学んできた自負があるし、皆と出会うまで人里離れて暮らしていた。故に、彼女を引き取る役割は私が引き受けた。
 最後の戦いを終えた後、こうした経緯で私は仲間たちと別れ、少女を連れて隠れ家に戻ったのだった。

 それから一晩、私は彼女の動向を観察していたけれど、あの時の攻撃性は何だったのかと言うほど大人しかった。
 ただぼんやりとしていて、私に反抗する様子はない。悪の組織が滅んだいま、使っていた魔法について尋ねれば、隠すことなく話してくれる。魔法の理論は知らないようだったから、あまり収穫はなかったのだけれど。私が使っていたベッドで眠るよう指示すれば、素直に布団に入り、すぐに眠った。ふかふかの布団にくるまった彼女は、温かそうである一方で、震えていた。
 彼女の動向を見ている限りではやはり、どこか人間らしさに欠けている気がした。指示している人間が違うだけで、彼女はただこれまで通りに動いている。今のままでは、敵の配下であった時と変わりないではないか。私が良からぬことを企んだり、また悪い人と出会ったりしたら、彼女はまた意志のないまま人々を傷つけるだけではないか。そう、私は危惧していた。
 けれど、「彼女は人間になれるか」の可能性を知りたいと、私は切望していた。だからこそ、彼女がどんな結末を迎えるかわからずとも、彼女と共に生きようと、改めて決意するのだった。

 はじめに、彼女が人として生きるために必要なものは、名前だと思った。
「ねえ、あなたのこと、何と呼べばいいかしら?」
 翌朝、食事の間に声をかけると、少女はパンを頬張ったまま、私のほうを見上げる。
「あのひとに呼ばれてた通り、63号、と呼んでくれればいい」
「それは名前だと言えないわ」
「どうして?」
「数字だから。ええと……そうね。それは、あなたをあなたとして見ていないから、名前じゃないの」
「……わからない」
 少女は俯き、再びパンをかじり始める。名前の意味も分からないまま、戦闘員として育てられていたのか。彼女の背景を想像すると、かつての敵に怒りを覚えた。けれどそれはもう、終わったことだ。至って冷静に、私は話を続けた。
「昔呼ばれていた名前って、覚えていない?」
「……覚えてないわ。気が付いたときには、あそこにいたから」
「なら、そうね……」
 私は少し思案したのち、心に浮かんだ名前を口にした。
「ルミナ。そう呼んでもいいかしら?」
「ルミナ……ルミナ……」
 少女は、自身の名を繰り返す。
「そう、あなたはルミナ」
 ルミナと名付けられた少女はゆっくり頷く。顔を上げた彼女の瞳に、光が差す。その瞳は、これまでにないほど、生き生きとしていた。

 それから私は、ルミナと共に生活をして、彼女が眠る前には物語を読み聞かせた。
 昔話であったり、今この時代に暮らす人々の話であったり。これから人として生きるため、教訓になればいいと思ってのことだった。
「ねえ、カレン」
 ある話を読み終えた後、ルミナは私の名を呼ぶ。
「どうしたの?」
 読み聞かせた話は、正義が悪を倒す、いわば勧善懲悪の物語だ。私たちが出会った背景を顧みると、彼女に思う所があっても不思議ではない。
「このお話では、悪い人はやっつけられるんでしょう? でもカレンは、わたしをやっつけていない。どうして?」
「あなたには、変われる可能性があるからよ」
「変われる、可能性?」
「そう。あなたが悪い子のままなのか、これから良い子になれるかは、あなた次第なの。あなたは、あの人に命じられて、悪いことをしてきたでしょう? でも今は、あなたがしたいことをできる。それが良いことであっても、悪いことであってもね」
「……わからない」
 自分の意志がないまま生きてきたルミナは、自由を手にしたところで、行動を選択出来ないのかもしれない。俯く彼女を目にして、私は危惧した。行動が選択できないのであれば、彼女がこれまで犯した罪を償うことも出来ないのではなかろうか。最終的に罪を償うのは彼女自身ではあるけれど――それを為すためには、周囲への想像を働かせたり、自身の行いと向き合う必要があるのではないか。私は考えた。
「なら、辛いかもしれないけど、一緒に想像しましょう。これまであなたが為してきたことで、周りの人たちはどんな風になったのか」
「……わかった」
「あなたの魔法で、家が壊れたわね。その時、そこに住んでた人は、どう感じたと思う?」
 ルミナは悩んでいたようだが、ややあって、一つの答えを口にした。
「家が壊れたら、悲しいよ……」
 ぽろぽろと、涙を頬に流しながら。悲しいという想いを抱くことも許されなかったのだろう、その想いを解放した彼女は、わんわんと泣き始めた。
「そう。悲しいわよね」
 私はルミナを抱きしめて、彼女が落ち着くまで、髪を撫でた。その後、彼女と向き合って、じっと目を見た。
「でもね、それが、これまであなたがしてきたことなの。あの人の命令であってもね」
 ルミナは目をそらし、俯く。泣くまいとしてしゃくりあげるが、それではますます苦しいだけだろう。私は至って穏やかに努めながら、話を続けた。
「だから、あなたを許せないと思う人は少なくないと思うわ。でもね、私はね、あなたに生きて欲しいって思うの。63号が犯した罪は消えなくても、これからは、63号じゃなくてルミナとして生きて欲しいってね」
「……ならわたし、ここにいてもいいの? これまで、ひどいことしてきたのに?」
 涙声で、ルミナは縋るように尋ねる。
「ええ。もうひどいことはしなくていいのだから。これからは私と一緒に、料理や掃除をしたり、畑を耕したり、魔法の勉強をしたり、本を読んだりして過ごしましょう」
「……うん」
「今日はもう寝て、明日に備えたほうがいいわ。明日もその明後日も、やることは沢山あるのだから」
「なら、カレン。寝るまで手を握ってもいい?」
「もちろんよ。おやすみ、ルミナ」
 私は、差し出された左手をそっと握る。眠れないのかと思ったら、泣き疲れたのか、ルミナはすぐに眠りに落ちてしまった。
 彼女がこれから何を思い、何を為すのかは未知数だ。いつまた魔法を行使し、この家を壊すとも限らない。けれども、共に暮らしていくなかで、彼女自身の表情や考えが垣間見えるようになっていた。ここ数日の様子を観察した限り、彼女が故意に私を陥れる可能性は高くはないだろうが――もしあの時のように魔法を暴走させたり、私を傷つけようとしたのなら、その時はちゃんと叱ろう。将来、彼女が選んだ行動が誰か、さらには彼女自身を幸福にできるのであれば、めいっぱい背中を押そう。もし、自分自身の力で上手くいかない時は、次にどうするか、アイデアを出し合おう。
 罪を抱えているからこそ、人として、この世界を生きられるように。
 握った左手の温かさを感じながら、私もまた眠りについていた。


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サークル名:たそがれの淡雪(URL
執筆者名:夕霧ありあ

一言アピール
しんどさを抱えた子どもと穏やかに見守るお姉さんorお兄さんの組み合わせが好きです。弊サークルのファンタジー小説3種はこの要素を少なからず含んでいます。ピンときた方は、なにとぞよろしくお願いします。


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