投函

「人間は不幸なもんだな」
からかうように声をかけると脳筋が顔を蹙めた。

「何それ」

「文明を発展させた結果惚れた腫れたなんて不確実なものでしか関係性を広げられなくなった上に、そのベースになる自分の気持ちさえも信じることができない」

歌うように答えればヤツはお前なあ、と立ち上がった。怒ってるな。

どんどん怒れ。心の中で歌は続いた。怒れなくなると、感情が死ぬんだぞ。そう思ったところで外階段をばたばたと駆け上がる足音がした。今日は休日だけど大して迷惑じゃないだろう、風の音と振動のほうがよっぽど大きい。台風が近づいている。

— — — 

郵便ポストが嫌いだ。

正確に言うと、郵便ポストのフタを開けて中に封書が一通も入っていないことを確認して安堵するまでのあの時間が大嫌いだ。だいたい、本当に重要な知らせはポストに入っていない。そういうのは玄関先まで直接届けられる上に受取人の押印が必要だ。弁護士からのも、裁判所からのも、あたしはひと通り経験したしおおかたは嫌がらせみたいなもんだった。送ってくればくるだけ慰謝料の額が増えるだけだ。学びもせずに繰り返すなんてつくづくアホだ。

ポストに入っている封書。それは十中八九呪いの手紙だ。世間体を異様に気にするあいつらははがきなんて一回も寄越してこない。通信の秘密を守るためだ。結果付き合いのために今でも何百通と送っているであろう年賀状や暑中見舞いなんざあたしは見たこともない。局所的に通年で喪中欠礼だったんだろう。

もう干支がひと回りするほど前のことになるのか。ひとり暮らしに戻った当時、本当は郵便ポストのない部屋に住みたかった。けど、セキュリティが脆弱なとこだと何が起きるか分からない。家賃が高いオートロックの賃貸マンションを選ばざるを得なかった。結果としてあたしはダイヤル錠式の立派な郵便ポストを手に入れて、マンションの優秀な防犯カメラはオートロックを突破して何やら郵便ポストにいたずらを仕掛けようとしていたクズの姿を捉えた。自ら接近禁止命令を出すための材料を提供してくれたわけだ。世話がない。

妹にララを押しつけられたとき、今度こそ郵便ポストのない物件に引っ越そうと思った。残念ながら一番ピンときた木造アパートには堂々たる、しかしボロい集合ポストがあった。お断りしようかなと思ったんだけど結局契約してしまった。どうせ引っ越し先住所を取引先以外に教えるつもりもなかった。接近禁止命令はひと昔前に切れていたけど、今さらあの馬鹿家族がわざわざ探しに来ることもなかろう。住民票も戸籍もブロックしてある。保証会社に入れば保証人が必要ないのは楽だ。防犯カメラがあるところも良い。それになにより、愛想のかけらもない可愛い大家が気に入った。完全な個人的趣味で、ちょっかいを出してみたくなった。

ほとんど誰にも住所を教えなかったことで、長く続いた一方的な文通はようやく終わりを告げた。マンションに住んでいたころに届いた不幸の手紙は馬鹿本人からのこともあったし、馬鹿を物理的にひり出した大馬鹿からのこともあった。まあどっちだって大差ないんだ。完全に悪者にしたはずのあたしに対してストーカー行為をしていたことがどういうわけか檀家にバレたのも、すぐに適当にチョイスするはずだった後妻が一向に影も形も見つからないのも、中学生になる子の素行がどんどん看過できなくなっているのも、馬鹿家族からすれば全部あたしが悪いのだった。付き合ってられるか。

だからその日、私信めいたものをポストから取り出す動作をしたのはずいぶんしばらくぶりのことだった。朝の散歩が終わったばかり、時計の針はようやく七時を回ったところだ。夏の早朝、戸外はしんと静まりかえっている。ほほうとかざした紙切れから落ちる影が黒々とアスファルトの上に伸びた。

「ご相談したい仕事があります、お手すきで連絡頂戴できますでしょうか」

差出人については考えなくてもひと目で分かる。私信は以前脳筋が受け取ったのと寸分違わない名刺に走り書きされていた。いつも着ている高級ブランド製スーツとよく似合う、流麗で書き慣れた文字。いつの間に来て入れていったのか。昨夕はポストは空だった。視界の端で脳筋の住む部屋のドアを睨みながらあたしは爪の先で印字されたメールアドレスを叩いた。きっと碌なことにならないのは分かっている。伊達に全方位で人生経験を積んでいるわけではない。ただしあのキツネ野郎がうちの大家を困らせるのであれば、あたしは監視してやらなければいけない。

ときは夏、飛んで火に入るなんとやら。こんなことをやっているから、いつまで経っても呪いの手紙から逃れられない。自業自得だ。だから郵便ポストは嫌いなんだ、そう思いながらあたしはスマホでメールアプリを立ち上げた。

サークル情報

サークル名:別館1617
執筆者名:赤星友香
URL(Twitter):@bekkan1617

一言アピール
テキレボEX2で初の小説本出します。
アンソロ投稿はその新刊「狐のいない海」の番外編です。本編に出てくる誰かと、姿を現さない誰かの話。

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