ドッグ・タグ〜戦場からのメッセージ〜

 どこの国にも所属しない傭兵部隊。
 通称、グレイブヤードと呼ばれるそこに集う者たちは、誰も彼もが過去の一切を捨て、ここにきている。
 過去の栄光も、名誉も、思い出も。
 全てを清算して。
 入隊して最初に支給されるのは、入隊祝金、迷彩柄の隊服と、名前が刻まれたドッグ・タグ。
 身体とその能力に見合った武装をし、戦場に飛び込んでいくその姿は、どこの戦場であっても【死神】と称される。
 それだけグレイブヤードの傭兵たちは能力が高いのだ。
 この部隊を動かすにはかなりの金が動く。それこそ国家予算級の。
 そして今。
 彼らがいる戦場は、国対国の戦いのその最中。第三の勢力として投入されていた。

 棺が安置される地下壕。
 そこから香るかすかな煙草の匂いに、女傭兵が足を止めた。
「……」
 行き先を変更して、地下への階段を降りていく。
 ただコンクリートを固めただけの、簡易な施設。
 傭兵部隊は常にその拠点を移動させていく。この拠点も二日後には離れる予定だ。
「タク。地下は、禁煙でしょ」
 その階段の先に。
 壕に置かれた棺の山をぼぅと見つめている青年を見とめた。
「……ユウ」
 振り返らずに女傭兵の名前を呼ぶ。
 彼の口元からふ、と煙が燻った。
「……」
 タクの視線を辿る。その先には、花がたむけられた青い棺が安置されている。
「……綺麗な遺体だったよ。……首から上はね」
 ポケットから取り出したドッグ・タグには、ヨウ、と名が刻まれていた。
 ユウが、今朝方回収してきたものだ。
 傭兵部隊の仕事は、前線での戦闘行為と諜報活動、陽動活動に遺体回収と多岐に渡る。
 遺体回収は、その原型を留めていないものもあり、多くの場合、身に付けているドッグ・タグを回収してくるのみだ。
 遺体を担いで戦場を渡るのは、とても現実的とは言えない。
「……最後に話したのは……先週だったな……」
「これが除隊前最後の戦場になるって言ってたね」
 ユウとタク、そしてヨウは同時入隊のいわば同期だ。
 機動力に優れていたヨウは、陽動の要となっていった。一部隊を率いて、陽動作戦を展開し、絶妙なタイミングで後方へ下がる。
 今回もその先陣を切って戦場へ飛び込んでいった。
 そして。
「……何人目だ」
「タク」
「俺たちが……ここに配属されてから。何人目だって聞いてんだよ」
 苛立ちを隠しもせず、ユウ睨みつけるタク。
「なんで私にソレを聞くわけ?」
「っ」
 諌める様にかけた声は逆に彼の神経を撫でた。
 徐にユウの胸ぐらを掴み、間近で睨みつける。しかし全く臆することなくユウは睨み返して見せた。
「教えようか。ヨウで十七人目だよ」
 握りしめていたドッグ・タグにちらりと視線をやる。
 名前が記された唯一の存在証明書。
 そこに確かに存在していたという冷たい鉄のメッセージ。

 戦場での死で姿形が残ることなどほぼない。
 身体の一部、肉片ですら残らないことすらある。
 拠点に残された遺品といえる物もごく僅か。
 そもそも過去を切り捨てた者たちが集まる場所。入隊に必要なのは、住所や経歴などではなく、純粋な戦闘能力のみ。
 ひっきりなしに入隊希望者が現れるが、その審査に通るのはごく一部の者だけだ。
 グレイブヤードは世界一の傭兵集団。その給金たるや、国王付きの衛兵と比べても遜色ない。
 過去や経歴の一切を問わない。それはつまり、戦場で果てたところで引き渡す家族もいないということだ。
 戦場で死んだ場合、遺体を回収することはほとんどできない。
 担いで走るにはリスクが高すぎるし、そして回収したところで遺体の処理のしようがないからだ。
 だからこそドッグ・タグが、その生命の存在証明の唯一となる。
「ヨウを見つけられたのは、ラッキーだった。もう、連れて帰ってこられないと思ってたからね」
 昨夜から前線に出ていたユウは、予定していた帰路に伏兵がいるとの情報を得て、帰路を少しだけ変更して拠点に向かった。その帰路に消息を絶っていたヨウの部隊の遺体が捨て置かれていたのだ。
 女傭兵の最後は悲惨だ。
 戦場に出る前に、それを叩き込まれる。
 死よりも恐ろしい蹂躙がそこには確実に待ち受けていると考えろ、と。
 当然、ヨウもそしてユウもそれを入隊時に教え込まれている。
「実際、ヨウは舌を噛み切っていた。おそらくだけど……それはヨウが死んだ後に行われた行為だろうね」
 もう一度、ドッグ・タグを見る。
 ヨウのドッグ・タグにはロケットペンダントがついており、その中にはヨウによく似た少女の姿。
「……二日後には……除隊だったんだよね……」
 視線を棺に戻す。
 中には当然、遺体は入っていない。その代わりに自室にあった私物が入っている。
 傭兵の中には自分が死んだ後の連絡先を入隊時に知らせている者もおり、その場合はそこへ遺品を送ることになっていた。
 必要な分の金を稼いで除隊するということも珍しくない。ヨウもその一人だ。
「タク、もう一度言うけど。ソレを私に聞いてあんたはどうしたかったわけ?」
 タクを見据えるユウの視線は、言葉とは裏腹にとても穏やかだった。
 その真意を汲み取り、タクは手を離す。
「……悪かった」
 ただの八つ当たりだ、ということを見透かされたタクは所在なさげに視線を下げる。
 それすらも見越していたユウは余裕の表情だ。
「気にしないで。どーってことないわ」
 首元に寄った皺をさっと直し、並んだ十七の棺を見る。
「分かってる。俺たちは金で雇われた駒だ。任務が遂行できなければ、そこで終わりの使い捨ての駒。……だけどな」
じゃら。
 取り出したドッグ・タグの束を握りしめ、顔を歪めるタク。
「こいつらは……いたんだ。俺たちと戦場を駆け抜けた。このドッグタグは、俺たちに残された、戦場で散っていった奴らのメッセージ。世界が忘れようとも、俺たちだけは……忘れねぇ」
「……それで、いいんじゃない?」
 ユウの言葉にタクがはっと顔を上げた。
「私たちは確かに駒だけど……でも仲間だから。この戦場で、背中を預けられるなんて、相当の覚悟がないとできないことでしょ?」
「……」
「タク。私は忘れてやらないからね。ヨウも、あとの十六人も。そしてあんたのことも、ね」
 ヨウのドッグ・タグを握った拳でタクの胸を一つ叩く。
 そうしてから無造作にそれをヨウの棺目掛けて投げた。
「……タク。もし、私が果てたら。拾わなくていいから」
「ユウ」
 咎めるような声はしかしユウは笑顔でいなす。
「あんたの中には私がいる。だから無理に拾わなくていい。これはただの証明書だから」
 首元に下がるドッグ・タグがしゃら、と音を立てる。
「ヨウには待っている家族がいた。あの棺はその人たちのところに戻っていくけども、私にはそれがない。だからあんたの中にいられるんなら……拾うことなんてしなくていいわ」
 タクの手からドッグ・タグの束を引き取り、棺に一つ一つ置いていく。
 ここにある棺のほとんどは、拠点を移動する時に焼き払うことになっている。
 引取先のあるヨウの棺などは、今晩輸送部隊が引き取りに来ることになっているのだ。
 唯一の存在証明である死亡証明書ドッグ・タグもまた。
「拠点は明後日移動になるけれども、私たちの部隊は今夜発つことになった」
「どうしてまた」
「諜報部が新拠点周辺情報を掴みに行ったっきり戻らない。それを調べに行く」
 ユウとタクが率いる部隊は、最前線での戦闘行為を得意とする一番槍。斥候の役割も担うが、それには他の部隊にはない危険をも伴う。
 獣道に踏み入る度胸と技量。それを持つものだけが往く道なのだ。
「仮眠取ったらミーティング。月が登り切ったら発つ。いいね」
「……分かった」
それだけ伝えると、ユウはさっさと階段を登っていった。
 残されたタクは、もう一度だけ棺に向き直ると、少しだけ目を伏せてからユウの背中を追っていく。
 物いわぬ十七の棺はその背中を静かに見送った。

 煙草の煙が風に舞いあがる。
 上へ、上へと際限なく登っていく。
 その発生源であるタクは、青々と茂った草原に大の字で寝転がっていた。
 煙草を咎める声は、ない。
「拾うなって言ってたろ? ユウ」
 無意識に口をついて出た声は、上へと登った煙に乗せて。
「無理だったよ。拾いに行って……このザマだ」
 自重気味に笑いながら右腕を持ち上げる。
 しかしそこには何もない。
 失われた利き腕の代償で、彼は戦場から離れた。
「あれはお前の存在証明。たったそれだけだけど、俺にとっては……お前そのものだったんだよ」
 だから取りに行った。
 新拠点周辺の斥候として奔ったユウとタクの部隊は、瞬く間に敵に包囲され、そこからはあっという間に散り散りに。
 すぐ背中に感じていた相棒の気配がなくなったことに気づいた時、タクの意識とは無関係に足が後ろに向かった。
 そして見つけたのは。
「綺麗なもんだったぜ。お前の身体。……首から上はな」
 敵の手に落ちたと認識したその瞬間、ユウは自らの命を絶ったのだろう。
 ヨウと同じように、ソレを認識することなく逝ったのだ。
 伸ばした手にドッグ・タグを掴み取った瞬間、ユウの体に仕掛けられていた時限爆弾が作動し、タクの身体を吹き飛ばした。
「それでも……なんとかなるもんだな」
 意識が戻った時、タクは身辺の荷物と共に野戦病院にいた。
 右腕と共に吹き飛ばされたと思ったユウのドッグ・タグもそこに。
「なぁ、聞こえてるか、ユウ。俺は……忘れてやらねぇからな」
 そこにいたことを。
 共に駆け抜けた戦場を。
 そして。
「お前からのメッセージ。絶対、忘れてやらねぇぞ」

ーーーあんたの中には私がいる

 それを証明するかのように、タクの首元で二枚のドッグ・タグが重なり、音を立てた。

サークル情報

サークル名:いとこん
執筆者名:ソウ
URL(Twitter):@amehare_05

一言アピール
古のファンタジーを愛するサークルです。王道、近未来異能、和風といろんなファンタジーをご用意してお待ちしております。

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