水無月の川辺で -朱鳥の神楽・小外伝-
いつの日よりか、触れた途端に生きとし生ける者の命の炎を、瞬時に消してしまう
そして
帝に仕える式神使いは、
そして、
宙に浮かぶ
昨日までの小雨模様とはうってかわって、今日の空には、柔らかな日差しを遮るものは何も浮かんでいなかった。
外に出る機会に恵まれなかった人々にとっては、久しぶりの外出日和である。
「はやく、はやくぅ」
「まってよぉ」
都の城門を出てすぐのところ、まばらに行き交う人々に混じって、歳のころ十歳にも満たないであろうか。小綺麗な小袖を着たひと組の男の子と女の子が、威勢のいい声を上げていた。
都を囲う城壁を取り巻く数十町ほどの土地は、もっぱら都の民を養うための農産物を作る耕作地が広がっているのだが、それ以外にも、都の水甕となる溜め池同士を繋いでいる小川がひとつある。
いずれも大人にとっては大したことのない距離だが、子供にとってはちょっとした遠足といったところ。
「置いてっちゃうよ
女の子の方は、一度立ち止まって男の子の方を振り向き、両手を腰に当てる。
「ま、まってよ……相変わらず歩くの早いなぁ
「
ゆっくりしてると、日が暮れて夜が明けて年も明けちゃうよ」
なにげに無体なことを言う
そうこうしているうちに、一刻ほど歩いていると、木々の集まった森のような物が見えてきた。鳥の鳴き声と、せせらぎの音が心地よい。
あと一町ほどで、宙に浮く土地の端まで行ってしまうほど、外れにある場所。休日でない限りあまり人は訪れないが、数少ない自然の岩場に小さな渓流が流れている。都の人々はそれを
「ここで前、けっこういいもん見つけたんだぜ」
「……んもう、何て無鉄砲なんでしょう」
衣服を濡らしながら、川底を一生懸命に何かを捜す
「……あった!」
嬉々とした声は
「……何コレ?」
川を上がってきた紫道の手にある物を見て、
「あんまし見たことない石だろ?
「えぇ、いいわよこんなわけ分からない石ころ」
「そんなぁ」
泣きそうな顔をする
「どうしたのよ……っ」
一応石を握りつつ、振り向く
グウウゥゥ……
二人の前に、二匹の野犬が牙を濡らしながら唸り声を上げていた。都の野良犬が城壁の外に出て、野鳥や放し飼いの鶏を喰らいながら狂犬化することは珍しいことでもなく、年に一回は
「さ、さがって
かすれて裏返った声を上げながらも、
「ちょっ、ちょっと
「こ、これでも父上から、剣術の稽古は受けてるんだ……こ、こんな犬、ど、どうってことないさ」
「そ、その割には声も足も震えてるじゃない」
ツッこむ
ガウッ!
野犬のうち左の一匹が、ひと吠えしたかと思うと、口を開けて
「う、うわっ、来るな」
ガフっ!
そして、さがっていた
「ぐ、ぐあああああっ!」
「ちょ、ちょっと
激痛に思わず絶叫する
その声に反応するかのように、残ったもう一匹の野犬も二人に向かって飛びかかってくる。
「いやああああああっ!」
ギャンッ! ギャウッ!
しかし聞こえてきたのは、野犬の息遣いでも自分の肉が肌ごと食いちぎられる音でもなく、野犬の弱々しく甲高い悲鳴。
「その歳で、背水の陣を敷くには早いよのう」
「よし、これでよいだろう。狂犬は思わぬ毒を持つこともある。都に戻ったらちゃんと医師に診てもらい、薬草を処方してもらうのだぞ」
男は、荷物から真っさらの手ぬぐいを出して、紫道の左腕を吊すように縛ってやると、傷口を消毒した液の入った大きな
「ありがとうございます、助かりました」
深々と
野犬二匹をあっさりノした男は、よく日焼けした逞しい体格にヨレた狩衣を纏い長太刀を下げるという、子どもの二人にとって見た目は少し怖い出で立ちだったが、
「あー、よいよい。しかし
「ありがとう、おっちゃん……俺も、おっちゃんみたいに強くなれるかな」
「うむ、坊主が強くなりたいと思えばな。これぐらいの芸当はできるようになろう」
言うや否や、男は腰の太刀を抜き放ち、高々と右上に掲げるように構えると、側にあった細い松に斬りつける。
ざっ!
太刀は地面すれすれでピタリと止まる。一瞬遅れて、細い松の幹はズルリ、と斜めにずれて地面に突き刺さった。
「今のは
あっけに取られる二人。粘りがある松の幹を両断するのは簡単な芸当ではなく、どうやら男は相当な遣い手らしい。
「……む? お嬢ちゃんの手にあるのは
「え? これそうなんですか?」
キョトンとした様子の
「うむ、相違ない……この川では、まだ
男はまくし立てるように言うと、ひょいっと身軽に川を飛び越え、瓢箪の栓を開けて旨そうに中身を頬張りながら、水源地の溜め池の方角に向かって足早に歩いて行った。
「何だったんだろ……?」
「さあ……また野犬に襲われてもいやだし、もう帰りましょ」
「う、うん」
二人は並んで歩き始める。
「あ、」
しばらく歩いてから、藤香は顔を赤くしながら顔を背ける。
「……翡翠、ありがと。わたし、ずっと欲しかったんだ。翡翠」
背けたままの藤香の横顔は、何となくだけど嬉しそうだなと紫道は思いながら、胸の中がほんのりと暖かく、心地よい何かに満たされてゆくのを感じていた。
サークル名:白水の小説棚(URL)
執筆者名:悠川白水一言アピール
一次創作小説を細々と執筆しています。代表作はミニ四駆ライトノベル『ファイナルラップ!』・短編ライトノベル『蒼と雲の彼方で』『星粒の奇跡を信じて』など。恋愛&ヒューマンドラマ&バトル的なという作風が多いです。今回のアンソロは、和風バトルファンタジーノベル『朱鳥の神楽』のミニ外伝となっています。