初めてのテキレボ
ここにあるのは、すべて誰かが創造した想像の世界なのだ。
広い会場を見回してそう思うと、なんだかワクワクする。あたし好みのお話はあるかな、あとで見て回りたいな。そんな風に思う。
それと同時に、ドキドキもする。あたしの世界は、誰かに受け入れてもらえるのだろうか。
第9回Text-Revolutions。その会場内にあたしは居る。サークル参加、ってやつだ。
緑色の布を敷いて、大きな机の上にあたしの本を並べる。創造された、想像の世界。あたしの、世界。
11時。会場のアナウンス。しかし、なんでアナウンスしてる人は、黒猫の着ぐるみ着てるんだろう?
ああ、本当。ドキドキする。
売れるだろうか。あたしの話は。受け入れてもらえるだろうか。
選んでもらえるだろうか。これだけたくさんの本の中から。たくさんの人が作った、想像の世界の中で、あたしの話は、選んでもらえるだろうか。
人が通路をうろうろし始める。
しばらくそれを眺めていると、
「あれ、今日はまあなさんいないんですかー?」
「あ、えっと、ちょっと、あとで来ます」
かけられた声に慌てて返事をする。
「いいからあんたは留守番してなさい!!」
「あたしも行くのっ!!」
そんな風に揉めあった結果、邪魔だからふんじばって自宅のベッドの上に置いてきたとは、とてもじゃないが言えない。実家暮らしだから家族の誰かがそのうち助けてくれるだろうけど。
「そっかー、珍しい。ぼっちが取り柄なのに売り子さんがいるなんて。あ、新刊ください」
「あ、はい、ありがとうございます!」
本を渡す準備をしながら、内心がっかりする。だってこれは、あたしの本じゃない。
あたしの本が売れる瞬間が見たい。
あたしの話が。あたしが、出ている話が。
あたしは、マオ。このブース、人生は緑色のサークル主、小高まあなが書いた小説「ひとでなしの二人組」に出てくる、幽霊の方。
小高まあなの想像の産物であるあたしだけど、人形として実体を与えられたり、色々と設定を付け加えられたりしているうちに、明確な自我が生まれてきた。決定的だったのは、昨日の雷。ちょっと大きな雷が上手い具合に落ちて、よくある感じでいい風に働いて、小高まあなのパソコンから実体として現れたのが、あたしだ。パソコンが壊れて小高まあなは嘆いていたけれども、まあそれはさておいて。
次の日がテキレボだっていうのは、知っていた。パソコンの中から、ずっと見ていたから。だから、行きたいと思った。こんな機会、二度と無いって思ったから。
あたしはあたしでちゃんと自分の意識があるけれども、それはそれとして、あたしはあたしが出てくる話が好きだ。あたしの世界が。隆二やエミリさん、京介さん、それと茜さんとの世界が。もっというなら沙耶は友達だし、円さんや龍一さんのことも大好きだ。
だから、見たいと思ったのだ。あたしの本が、売れる瞬間が。
受け入れてもらいたいと思った。創造されたあたしの世界を。想像の中の、あたしの世界を。
なぞのいろは歌が書かれた袋に新刊を入れて渡す。
「あ、これ、まあなさんに渡しといてくださいー」
「あ、はい。あ、お名前は……」
渡された鳥の形をしたお菓子を受け取り、首をかしげると、
「名乗るほどの者ではありませんので」
そう答えられた。変な人。困るんだけど。
「あ!」
そして突然、その変な人は大声をだす。びくっと固まったあたしを指差して、
「どっかで見た事ある格好だなーと思ったら、その緑の髪の毛、マオちゃんのコスプレ? 可愛いー」
へらっと笑われる。
「……知ってるんですか?」
あたしを。
「話は読んだことないけど」
ないのかよ。
「Twitterでよく見るからー。アイコンとか。マンホール持ってたりとか。あの地デジ化するときのテレビかぶってたアイコン好きだったなー。あとお人形も」
「……そうですか」
話を読んで無いって言われたのはちょっとしょんぼりしたけど、でも嬉しい。知っててもらえた。あたしのこと。想像の産物でしかない、あたしのことを。
「ありがとうございます」
ぺこりと頭をさげる。
「まあなさんにその格好しろって強要されたの?」
その言い方は、ある意味では正しい。小高まあなの想像の産物であるあたしは、小高まあながそうやって設定したから、こんな緑の髪の毛に緑の目に、白いワンピースなんか着ている。
でも、それとは別に、想像の世界の中のあたしは、あたしの世界の中のあたしは、自分で選んでこの格好をしてるのだ。
「あたしが、自分で選んだんです。好きだから」
あたしのことが。あたしが生きている世界のことが。
「ふーん」
その人はちょっと考えるような顔をしてから、
「せっかくだから、ひとでなしも買おうかなー」
「え?」
「なんか、まあなさん、アホみたいにバンバン新刊出すから古いのはいいやって思ってて。あとA5サイズ好きじゃないし。でもなんか、マオちゃんから買えるなら、いい機会かもなーって」
「あ、ありがとうございます!! あ、全巻セットで2000円です!」
「押し売りがひどいっ?! 一巻だけでいいです」
あたしが表紙の本を渡す。その人が去っていくのを見送ると、なんだか涙が出てきた。
よかった。受け入れてもらえた。あたしの、世界が。
読んで面白いって思ってもらえるかはわかんない。それは、小高まあなの力量の問題で、あたしのせいじゃないし。でも、あたしが、あたしと隆二が、一生懸命生きている世界が、届いたなら嬉しい。いや、生きてはないけど。幽霊だし。
すとん、と椅子に腰掛ける。
これだけたくさんあるブースの中から、選んでもらえた。
そのことに満足する。嬉しくなる。
すーっと自分の意識が薄れていくのを感じる。
どうやら、奇跡はここまでのようだ。でも、見れてよかった。あたしの本が、売れる瞬間が。
「マオッ!!!」
遠くから、怒声が聞こえる。小高まあなが走ってくる。亀甲縛りは無事、解けたようだ。
創造主に怒られる前に、消えよう。
「バイバイ、小高まあな」
その姿にべーっと舌を出してみせると、あたしは現実の世界から消えた。
でも大丈夫、本を開けば、そこにいるから。
サークル名:人生は緑色(URL)
執筆者名:マオ
一言アピール
十分に発展した想像は現実と区別がつかないっていうよね! そんな感じで具現化したけど、そろそろタイムリミットなので感想は小高まあな(Twitter@kmaana)まで! それでは、創造された想像の世界でまたお会いしましょう! できれば、当日あたしの話を迎えにきてね!