君の色、その理由。


 アトカシスト城は、俗にいう開かれた城。
 旅人にも解放され、それこそ中庭では商人が出店を開いていたりもする。行き交う人々は、人種も種族も様々。こと、この時期は特に。
 今、この時期は季節が移り変わる時―時の音と呼ばれるー大地神がもたらす恵みとされており、人々から大地神の巫女という2つ名で呼ばれる私にとって、それは大きな意味をもつのだ。
 所謂、神事と呼ばれる……まぁ、簡単に言えばお祭りである。
「ここをこうしてぇん……」
「いや、希亜。それは四年前、春の神事の背中飾りで使ったものと同じだぞ」
「でもん、こっちをこうするとん、それこそ昨年の秋の神事での腕飾りと似通ってしまうのんvv」
 ある意味、お祭り前の恒例行事と言っても過言ではないやりとりが、アトカシスト城の奥、一般には開かれていない場所で行われていた。
 机の上で何やら紙を広げて、頭を突き合わせている二人の人物。
「じゃぁん、これはこっちにもってきてぇん、ここをこうしたらん?」
 長い指を器用に動かし、紙の上にペンを走らせるのは、世界一の占い師と名高い、希亜=ウィルストレイトその人だ。
 誰もが振り返る美貌、一度聞いたら忘れない癖のあるイントネーション、そして大体の扉は潜らねばならないその大柄な体躯。
 稀代の占い師・希亜。その実おかま。
 最後の情報は、大々的に一般公開されてはいないが。
「それは三年前の冬の神事でやっていたぞ」
「……赤斗、あんたその無駄な記憶力一体なんなの……」
「俺はお前のことなら、それこそ出会った日から今日に至るまでを大体思い出せる。馬鹿にするな」
「……本気?」
 辟易と呟いてみれば、ニヤリと意地の悪い笑みを返してくる。
 砂漠と同じ色の黄金の髪、鮮紅色の瞳を持つ彼は、赤斗=ディ=T=アトカーシャ。アトカーシャ王国第一王位継承者、つまり。この国の王子様だ。
 容姿端麗、頭脳明晰と名高い彼は、残念ながら私のこととなるとこの通り、ちょっと変化球がすぎるというか、真っ直線すぎるというか……。
 とにかくこんな感じなのだ。
「あのさー、いつも思うんだけど……使い回しじゃだめなの?」
「だめよんvvv」
「却下だな」
「……」
 二人から離れた椅子に座り、私がそうツッコミを入れると、間髪入れずに鋭い返答。思わず閉口してしまう。
「この国の象徴たる世流ちゃんがん、時の音を告げる神事に於いて身につける衣装が使い回しだなんてん、考えられないわんvvv」
 うっとりと恍惚の笑みを浮かべる希亜。完全にイっちゃってる。
「いや、だって別に大したことやらないよ? 神像に祈りを捧げて、お供え物して、だけじゃない。普段着……とは言わないけども、なんか、もっと、こう」
「ほぅ。お前はもっと、こう、神々しくて、神秘的で、幻想的な感じが良いということだな?」
「……は?」
 私の言葉を途中で遮り、赤斗が断言する。
 それに反応して希亜の瞳が輝いた。
「そうねぇん! 世流ちゃんの意見を入れてみても良いわねぇん!」
 すかさず希亜が羽根ペンを構える。
 いつも、二人がこうして色々話している間にするすると内容が決まってしまうので、私が口を出すことはなかった。と、いうか出す暇がなかったのだ。
 おいでおいでをする希亜に従って、二人の間に座った。
「まず、色から決めましょうかぁんvvv」
「……うーん」
 色。
 私は、立場上、役割上、大地神の使徒と呼ばれることもあれば、この水源色の瞳と髪という容姿から、水源の巫女の二つ名で呼ばれることもある。従って、私のイメージカラーというか、雰囲気カラーというか、ともかく青系という印象が強い。
 いつも着ている服-こちらも実は希亜のお手製-は、薄桃色やすみれ色などが使われている。勿論、希亜が考案し、色を選んで、とトータルコーディネートしてくれている。
 だから本当に、全く、色合いとかこーでぃねーととか、自分で考えたことがないのだ。
 巷ではやれ、何色のローブがブームだとか、やれ、何色×何色がトレンドだとか、話題には事欠かないジャンル、それがファッションだということも理解している。
 分かってはいる。しかし、全くもって興味がわかないのだ。今までこれっぽっちも困ってこなかったし、これからも困らないだろうし。
 年頃の女の子がそんな地味な!!……って言われたこともないのは、ぜーーーんぶ希亜のおかげだ。彼女、占い師としての腕は世界一だが、料理、裁縫、掃除などの家事一般はおそらく、この世界が誕生してから今日に至るまでの全ての人々の中で最も優れているだろう。とにかく希亜に不可能はない、というレベルでスーパーウーマンなのだ。
 その彼女のお世話になっている私が、ここにきて、ふぁっしょんに口を出すことになろうとは!
 大地神だって予想していなかっただろう!!
 ……自分で言っていてアレだけど……なんだか悲しくなってきた。
「何を黄昏ているんだ。お前に似合う色なんて、星の数とあるだろう」
「何それ……」
「あらんvvv 王子はん、世流ちゃんのイメージカラーは何色なのぉん?」
 面白そうだと言わんばかりに希亜が微笑んだ。
 赤斗は私の髪を指に絡めてくるくるといじりながら考えを巡らせる。
「そうだな……今の世流なら、紫式部というところか」
「ぇ……」
 意外な色の名前が出てきて思わず彼をまじまじと見た。
 紫式部といえば、赤みのある渋めの紫色のこと。それは意外だった。
「……なんだ」
「いや、なんか初めて言われたなーと思って。どちらかというと、希亜のイメージカラーっぽくない?」
 私の反応こそが意外だというような、憮然とした表情の赤斗。
 希亜の纏うミステリアスなオーラから、彼女はよくよく濃い紫色のイメージで語られることが多い。
 ちなみにこのカラーネームは、極東の国から伝えられたもの。砂漠の国に於いて、中々見ることの出来ない花々の色が語り継がれたことが始まりらしい。
「理由を聞いてもん?」
 私も興味あるので何度か頷いておいた。
「今の、っていうことはん、何か理由があるんでしょぉん?」
「俺が見つめているから、だな」
ずりっ。
 引き続き憮然とした表情の赤斗の言葉に、頬杖が崩れる。
 なんかもっとしっかりしたというか、明確な理由があるのかと思ったら……。
「それならん、鮮紅色なんじゃないのぉん?」
 赤斗の瞳の色を示した希亜の言にしかし赤斗は頭を振った。
「俺の視線と世流の水源色が交われば、自ずとそのような色になるだろう? だから今の世流、なんだ」
 ……なんていうか。コレは……。
「あはんvvvv すっごい独占欲ねぇん王子んvvvvv」
 そう、それだ。
 私が言うと赤斗が調子に乗りそうなので黙っておいた。
「まってよ。もし、万が一、億が一、その色が採用されたとして。私は今度の神事には、 赤斗と交わった色で出るってこと?」
 それはどうなのだ、と言外に意味をたっぷりと含んで。
 しかしそんな私の嫌味にはビクともせずに、指に絡めた髪にキスを落とす赤斗。
「当たり前だろう。俺は相手が誰だろうと、それこそ大地神だろうと、お前を渡すつもりは毛頭ない」
 どきっぱり。
 ここまで言いきられると、それこそ私は何も言えなくなってしまう。
 ……百倍返しがきそうなので。
「希亜は何色にしようとしていたんだ?」
「んー、実は私もん、紫系で考えていたわんvvv」
「え、本当に?」
 赤斗のみならず、希亜もとはさらに意外だった。
 これはいよいよ、自分の色彩感覚とか、イメージ力が信じられなくなってきた……。
「もー、私はなんでも良いよー。希亜が作ってくれるんならね」
「世流ちゃんたらんvvv」
 お手上げとばかりに机に突っ伏してやれば、頭を優しく撫でてくれる大きな手。
「私は、希亜が作ってくれて……赤斗と考えてくれた、二人の気持ちがあるものなら、新しいものでも、使い回しでも、なんでも……良いんだよ」
 恥ずかしいので顔は上げてやらないままで言葉を続ける。
「神事の時は、それこそ私のことを神様のようなイメージで見ている人々がたくさんいる。実はちょっと怖いんだよね。ちゃんと、戻ってこられるか。引っ張られないか」
 神像の前に立つ時のなんとも言えない感覚。
 民衆が私を見つめる特別な視線。
 意識に入り込んでくるざわざわとしたモノ。
「いつも、それから護られているって感じるのは……身につけている衣装のおかげなんだよね」
 顔を上げてみる。
 二人とも、惚けたような顔で私を見ていた。
「どんな色でも、形でも。二人が傍にいてくれるから……だからいいの。なんでも」
 なんて、かっこいいことを言ってみても、ふぁっしょんやこーでぃねーとはやっぱりよく分からないから、なんだけども。
 でも、この言葉も本当だから。
「勇気も、希望も、全部これが与えてくれているんだよね」
 希亜と赤斗の手を取って、ありったけの気持ちを込めて。
「ありがとう。二人とも。いつも、いつも、ありがとう。だから……」
「できたわあああああんんvvv」
「……は???」
 だから、別に使い回しでもいーじゃないの?
 そう続けようとした言葉は、希亜の気合い一発の声にかき消された。
 そのまま私の手を握りしめ、ざかざかざかーーー!!っと羽ペンを紙に走らせる。
「完璧よんvv 我ながら完璧すぎる図案ができたわぁんv」
 今の話でどこをどうやれば図案が描けるのか。不思議で仕方がない。
「ほぅ、これは今までにないな。だが、世流のイメージにぴったりだ。良いんじゃないか」
 そこで赤斗も深く頷くのは何故なのか。
「じゃぁ世流ちゃんvv 当日をお楽しみにぃんv」
「今回も上手くまとまってよかったな」
 言うなり二人はさっさと部屋を出ていってしまった。
 残された私は、最後の嵐のような展開に全くついていけず、時間が止まったかのように取り残されてしまった。
「……ふぁっしょんって……やっぱり全然わかんないや………」
 誰にともな呟き、私はもう第何回かも分からない衣装イメージ会議の会場を後にした。


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サークル名:いとこん(URL
執筆者名:ソウ

一言アピール
シリアスの中にもちょこっと頬が緩む展開を愛する作者です。昔ながらのファンタジーや、近未来が好きな型方、ただ喋りたいだけの人も気軽にお越しください。


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