国王と夢の作品集

「シャープ、ここから一番近い本屋はどこだ」
「あァ? 本屋?」
 その間の抜けた返答を聞くなり、俺は『尋ねる相手を間違えた』と瞬時に悟った。この男、本屋という場所に微塵も興味がない。
 我がムジーク王国の脳筋騎士団長は、読書とは縁遠そうな顔である。というか兄である俺自身も、シャープが本を読んでいるところを見たことがない。書類仕事に嫌々囲まれているアレは読書とは呼べないだろうし。城下町を警邏することも多い騎士なら、当然本屋くらい知っているものだと考えていた俺が愚かだった。
 もう少し本くらい読んだらどうだ――と説教が口から出そうになった時、俺のカップに新しい紅茶を注いでいた国王側近のフラットから、苦笑の音が漏れた。
「駄目ですよ兄さん。シャープに『本を読め』だなんて、私だってずっと言ってきたのに聞かないんですから、今更です」
 びっくりした。
「な、何故俺の心を読むんだ」
 うろたえながら問うと、「分かりやすいからですよ」と笑って、フラットはシャープの隣に座り直した。
「シャープ。貴方も字は読めるんですから、きちんと本を読んで語彙力をつければ、重要書類を読み解くのにいちいちヘオンの助力を請わなくても済むんですけどねぇ」
「……長い文字が並んでンの見てると、頭痛くなってくンだよ」
 本当に頭痛そうに呻くシャープ。
 いちいち次兄への読み聞かせに手間を割かれる多忙な魔法研究所長殿にはいい迷惑だろうと思うが、どっこい何やら二人の間では暗黙の取引が行われているらしく、今までヘオンから不満の陳情を受けたことがない。あの冷血漢な弟をどうやって懐柔しているのか、シャープに一度尋ねてみたこともあるのだが体よくはぐらかされた。――まぁ、そんな話はどうでもいい。今はとにかく本屋だ。
 俺は咳払いをして、話を戻した。
「フラットなら知っているだろう?」
「本屋ですか?」
「しかも、大臣にバレないようにサッと行ってパッと帰ってこられる距離にある本屋だ」
「何をなさるおつもりなんです、まったく」
 呆れ顔で、フラットはそれだけ言った。理由を明かさないと質問に答えてくれないらしい。むむ、さすがに側近にも内緒にしておくわけにはいかないか。腹を括ろう。
「今度、俺たち兄弟の活動を物語風に描いた書物が出るそうじゃないか」
「あぁはい、存じております。様々な作家さんが集まって一冊の本にまとめた作品集だそうですね。タイトルは確か――『ムジーク王国散策記』でしたか」
 フラットが委細承知の表情で頷いた。それを聞いたシャープが身を乗り出す。
「何だそれ、オレたちが出てるのか?」
「えぇ、物語の登場人物としてね。主役かチョイ役かは、各物語の展開にもよるようですけれど」
「へェ」
 本の内容に珍しく興味を持ったのか、シャープは満更でもなさそうな顔をしている。良い兆候だ。
「その本でしたら、出版社から王宮に献本が納められる予定ですけど」
 それは知っている。だが。
「どうせ、マズい表現だとか、仕込まれた精霊魔法なんかが無いかとかの検閲を経て、俺の手元に来るのは随分先の話になるのだろう?」
「まぁ、国王陛下の目に入るものに万が一のことがあってはなりませんからねぇ」
 フラットの肯定に、俺は神妙な顔をしてみせる。要望を伝えるなら今だ。

「俺は、その本が実際に書店に並んでいるところを見てみたいのだ」
「はぁ」
「あわよくば、自分で直接手に取って、書店員に金銭を支払って購入したい!」
「いいですよ」
「何故だ!?」

 間髪入れず、否定の言葉が飛ん――で、こなかった。駄目だと言われると思い込んでいた俺の脳が予想外の返答に驚き、準備していた言葉を修正しそびれてそのまま口にしてしまったので、フラットに不思議そうな顔をされた。慌てて弁解する。
「あぁいや、違う、何でもない。……い、いいのか?」
 念のため確認してみると、フラットはにっこりと頷いた。
「そうおっしゃると思って、既に当日の書店購入の手筈を整えております」
「!?」
「駄目と言ったところで『嫌だ! 俺は発売当日に読みたいんだ!』なんて駄々をこねられて、当日に突然お姿をくらまされたら、困るのはこちらですからね」
「お、おぉぉ……!」
 有能。俺の側近マジ有能。
「その日のうちに読みたいお気持ちは、私にも分かりますから」
「ありがとう……ありがとうフラット!!」
 俺は弟の手を握って喜びを表現する。はいはい、と苦笑混じりにそれを受け入れるフラット。
「というわけで、シャープには当日の護衛をお願いしますね。二人とも、きちんと変装してもらいますよ」
「ったくめんどくせェ、堂々と買いに行きゃいいじゃねェか」
「陛下と騎士団長が揃ってお買い物だなんて、騒ぎにならないわけがないでしょう。目立てばそれだけ、貴方の嫌う『面倒な事態』になりますよ。それで良いのなら止めませんけど」
「……しゃーねェな」
 それは困る、とハッキリ顔に書いてシャープが押し黙る。
 俺は今から心が浮き立ってきた。一人だったら部屋中をスキップして回りたい気分だ。
 作家の方々は、俺や弟妹たちのことをどんなイメージで描くのだろうか。格好良く、凛々しく、イケメンでモテモテに描いてくれちゃったりするのだろうか。そしてそれを読んだ人々がますます俺たちへの好感度を上げてくれちゃったりもするのだろうか。妄想が広がる。
 俺が直接本を買いに行けるなんて夢のようだ。作家先生だけでなく、出版や流通に関わった者、そして書店員に満遍なく礼を言いたい。数冊買って隣国の国王にも届けて差し上げよう。いやそれはちょっと浮かれすぎか。どうなんだ。むむむ、ちっとも冷静になれる気がしない!
「ファンレターとか届いてしまったらどうしようか」
「多分そーいう手紙は王宮こっちじゃなくて作家の元に届くンじゃねェか?」
「じゃあ俺も書こう!」
「あの、本名で書いたらイタズラだと思われますから、匿名でお願いしますね」
 早速俺は作家人数分の便箋と封筒の手配をして――気が早いと笑われたが――、近い未来に手にする本へと思いを馳せた。

——

 ヘオンの協力を得て末妹ソファラが宣伝スピーチをしてくれたおかげか、ムジーク王国内での売れ行きは上々だそうだ。
 他の弟妹――レミーやシド、スラーも、当日に手に入れた本を寝る間も惜しんで読んだと聞いた。
 それぞれの反応を、ここに簡単に記しておこう。

 シャープは「へへ、オレ兄貴より出番多いじゃねェか」と勝ち誇った笑みを浮かべ、
 フラットは「皆さんの、私たち兄弟のことについての把握っぷりはお見事ですねぇ」と驚きと共に感心し、
 へオンは「……もう少し、下の妹には優しくするべきかな」と照れながら独白し、
 レミーは「洗礼のお仕事してるわたしを、素敵に描写してもらえて嬉しいわ」とニコニコしながら言って、
 シドは「あんな面白野菜、トーン兄貴に食べさせてみても楽しかったかもね。本当にあったらおれも食べてみたいなぁ!」と瞳を輝かせ、
 ソファラは「アタシが言いそうなことばっかり書いてある! 言った覚え無いのにすごいな!」と興奮気味に話し、
 スラーは「とっても面白かったです! シド兄さまのトマト、本当においしいんですよね」と頬を紅潮させながら報告してくれた。

 かくいう俺も、楽しく読ませてもらっている。作家本人からのメッセージページにまで愛が詰まっていて、一文字たりとも逃すものかと目を皿のようにして見ているぞ。
『ムジーク王国散策記』……俺の息抜きコレクションのひとつに加わりそうだ。素晴らしい作品をありがとう!

サークル情報

サークル名:勇者斡旋所
執筆者名:卯月慧
URL(Twitter):@uduki_sosaku

一言アピール
今回のテキレボEX2でイベント初頒布の公式アンソロジー『ムジーク王国散策記』について、参加者様が作ってくださった宣伝ボイスドラマに着想を得た作品です。恥ずかしげもなく宣伝全開でお送りしました。
キャラに興味を持たれましたら、過去のテキレボアンソロ投稿作品も是非ご覧ください。(『卯月』検索で出てきます)

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