拝啓 大好きだったあなたへ

「分かった。じゃあ私、元カノさんに手紙書く。だから、ハルも書いてみなよ」
「……えー、なんで」
「なんでも何もないでしょ。ハルがずっとそうやって引きずってると、私もどうにもならなくなっちゃうの」
「そりゃ……そうだけどさ」
「分かったなら書く。今度便箋買ってくるからさ」
「……」

 ひょんなことから、今カノの勧めで元カノに手紙を書くことになってしまったのは、実際の所俺自身の行いが原因だ。
 きっかけは、彼女が家に上がり込んできた時のこと。
「ハル、これ誰との写真?」
「あ。それは、その」
「……元カノでしょ?」
「……はい」
「ねぇハル」
「うん」
「そりゃハルを好きになったのは私からだし、ハルが私のことをちゃんと好いてくれてるのは分かってるし、そんで事情も事情だし、今までさんざん見逃してはいたけどさ」
「うん」
「やっぱり、それでも引っかかることはあるんだよ」
「……うん」
 見つかったのは、元カノと遊園地で撮ったツーショット写真。
 普通処分するか隠すかするだろ、という批判はごもっともだが、どうしても自分でしまい込む気にはなれなかったものだった。
 俺の元カノ、にあたる存在は、二年前に突然自殺した。
 彼女が自殺するほどに何かに思い詰め、苦しんでいるということを、彼女の友達は分かっていたらしいが、それでも彼女を止めることはできなかったらしい。
 それで俺の方はというと、思い詰めていたということそのものをほとんど悟ることすら出来ていなくて。彼氏失格としか言いようがない、と自分の鈍感さ、未熟さを呪っていた。
 そんな自責の念を拭いきれないまま、それなりに時間が経って、高校を卒業して大学生になって。彼女に向ける感情も少しずつ薄れてはいったが、それでも自分の中に色濃く残ってはいた。
 そんな時自分に告白してきたのが、一個下の後輩、優奈ゆうなだった。
 優奈のことは別に嫌いじゃなかったし、それなりの信頼は置いていたが、当然交際という考えに至るはずもなく、その時は断った。
 しかし優奈のアプローチは続き、元カノの事情を正直に話しても彼女の気持ちは変わることがなかった。そして最終的に俺が根負けし、交際することになった。
 交際を始めてからは優奈にもちゃんと向き合って、自分なりに誠実な付き合いを続けてきたつもりではあった、のだが。
「恋愛は上書き保存か名前を付けて保存か、って言うじゃん」
「聞いたことはあるけど」
「で、男性は名前を付けて保存で、女性は上書き保存になる傾向が多いんだって」
「俺もさっさと上書き保存しろ、って?」
「違うよ! ……なんていうかな。ハルにとって元カノさんは、強制終了されて中途半端に残ったデータなの」
「……」
「だから、名前を付けて保存しても、上書き保存しても、消去しても、そこはどれでも良いから。何かしら然るべき処理をして、『整理』するべきじゃない? ってあたしは思うわけ」
「……そう、だな」
 そして『整理』の方法として優奈が提案してきたのが、手紙を書くというものであった。
 対話する間もなくいなくなってしまったのはもうしょうがないんだから、せめて伝えたいことくらい伝えたらどうか、と。
 そんな子供騙しを、と思いつつも、言ってることは正しいなとなんとなく理解してしまう自分もいた。

「へー。まだそれしまってないんだ。へぇー」
「……だって、まだ整理できてないし」
「うわそういうこと言っちゃう? ……ま、それもそうか」
 一週間後、予告通り優奈は便箋を持ってやってきた。
 まだ飾られたままの写真立てを見て嫌味を言ってきたものの、さほど本気で嫌がっている様子はないようだった。
 ……もっとも、その事実に甘えているということ自体が、本来はダメなんだろうけども。
「はい便箋。あたしはもう書いてきたから」
「もう書いたの? 早いな」
「ハルよりは書くこと少ないだろうからね。読む?」
「読む、って読んでいいもんなのか」
「どうせ『何書いた』って聞くでしょ」
「……どうだか」

 差し出されたのは、クローバーの柄のついた可愛らしい便箋と封筒。
 片方は未記入。
 もう片方は、既に優奈が書いた手紙が封筒に入れてある。
 さっさと封をしてしまえばいいのにわざわざ渡してきたということは、暗に『お前も読め』と言っているようなものだろう。
 しぶしぶ中身を開けて、手紙を開く。
【こんにちは、恋敵さん。あなたへの文句と愚痴をぶちまけるために、この手紙を書きました。一方的でごめんね。】
 冒頭から挑発的な文面を……と思ったが、挑発的なのは本当に最初の最初だけで。
【一度あなたと直接会ってお話してみたかったけど、結局その機会はなさそうで、残念です。】
【モヤモヤした気持ちも何もなく、純粋にハルとの恋愛を楽しんでいたのはあなただけ。すごく羨ましい。】
【あなたがいたらあたしは彼と付き合えていなかったけど、あなたがいなくなったから彼は満足に笑えていないんだよ。】
【どうして、あなたじゃなくてあたしなんだろうね。】
 その後はひたすら、俺と元カノに対する優奈の率直な思いがつらつらと綴られていた。
 優奈は一体どんな気持ちでこれを書いたんだ、と問いたくなったが、それがあまりに無粋で失礼だということは流石に分かる。
 だから、つとめて冷静に、でも真剣に、彼女の激情を読んだ。

「……」
「読み終わった?」
「一応」
「そ。じゃ、次はハルが書く番だからね。頑張って」
「分かったって」
「そしたら、あたしは外出てるから」
「ん、てっきり隣で見てるかと思った」
「そこまで無粋なことしないよ。じゃ、夕方もっかい来るねー」
「……はいはい」
 優奈は相変わらずの眩しい笑顔を俺に向けてくれるが、今の自分には少々眩しすぎて、思わず目を背けたくなった。

 足早に出ていった優奈の背中を見送り、改めて机に向かう。
 可愛らしい柄の便箋からここまでの圧力を感じるのは、人生で多分今日が最初で最後だろう。
 この手紙で、彼女に何を伝えるべきか。
 恐らく俺が何を書いたところで、彼女も、優奈も、俺自身も、『いやお前がそれを言うのかよ』って気持ちになるのは変わらないんだろうけど。
 それでも、ここまでお膳立てされたんだから、俺はちゃんと書かなきゃいけない。自分の気持ちを『整理』するために。彼女にも、優奈にも、真っ向から向き合えるようになるために。
 というわけで、脳裏に浮かんだ言葉をそこら辺の紙に書き出してみることにした。
【何も分かってあげられなかったし、力にもなれなかった。自分の無力さが情けない。本当にごめんなさい。】
【ただ、何も言わず急にいなくなったのはそっちが悪いと思う。今度会ったら、謝ってほしい。自分が好かれてないんじゃないか、信頼されてないんじゃないか、って不安になりました。】
 怒り、悲しみ、苛立ち、苦しみ、不安、などなど。
 つらつらと書いてみて、確かにそれらも伝えたい感情なんだけど、なんというか、しっくりこない。
「……結局俺は、あいつに、今更、何を言いたいんだろうな」
 目を閉じて考えて、ふと、ようやく一つの感情に行きついた。
 それは、過去の俺にとって彼女がなんだったか。それだけのこと。
「……今更、だよな。ほんとに。呆れられそうだ」
 口からそんな言葉が漏れつつも、その時にはもう俺の心は決まっていた。優奈にはとっくのとうに呆れられているし、呆れられる回数が一度二度増えたところでどうでもいい。
 少し呼吸を整えてから、ボールペンを手に取った。

【今の俺は、別の人を幸せにするために、別の人と幸せになるために、生きています。】
【でも、正直に言えば、今でもあなたのことは、大好きです。】

「ここなの? 彼女さんのお墓」
「そうだよ」
「へー。普通って感じ」
「そりゃ墓なんだから、普通だろ」
 夕方になって優奈が何やら荷物を持って迎えに来たかと思ったら、彼女のお墓に行きたい、とせがまれた。
 拒否する理由もなく、そのまま二通の手紙と一緒に連れ立って家を出て、彼女の墓までやってきた。
 なにせ彼女の墓には数日前にも来たばかりだ。毎年盆には欠かさず来ている。忘れるはずもない。
「はいこれ」
「何?」
「オガラっていうの。これで火を焚いて、天国に帰る人をお迎えしたり、お見送りしたりするんだよ」
「へぇ……知らなかった」
「ここら辺じゃあんまやんないのかな。うちのおばあちゃん家のあたりでは毎年やってるんだけど」
 慣れた手つきで優奈は器を取り出し、その上にオガラと呼ばれていた植物の茎を切って並べていく。自分も見様見真似で同じように並べていく。
 ひとしきり準備が終わったところで、優奈が手紙を取り出した。
「そしたら、この手紙をくべちゃおうと思います」
「えっ」
「え、そんなに予想外?」
「いや……そういうわけじゃないけど」
「そもそも、ハルはどうやって手紙を届けると思ってたの」
「川に流したりすんのかな、って」
「あー。それもありだったか」
「ありなのかよ」
「場所によっていろんな風習とか言い伝えとかあるしね。そっちの方が良かったなら、そっちにする?」
「いや、いいよ。ここまで用意してくれたし、それに」
「それに?」
「……何かの間違いで誰かに拾われたら、恥ずかしいし」
「……確かに!」
 そんなしょうもないやり取りをしながら、お互いの手紙を取り出し、オガラの上に乗せた。

【ハルの元カノさんへ】
傍葉かたはへ】

 並んだ二つの宛名が、空を仰いでいる。
 もう間もなく、二通の手紙が天に昇る。

「そういやさ」
「うん?」
「今の今まで彼女さんの名前、教えてもらってなかった」
「そうだっけ」
「そうだよ! やっぱあたしも、ちゃんと彼女さんのこと、名前で書けばよかったかなーって」
「……今ならまだ、書き直すの間に合うんじゃないか?」
「うーん……」
 俺の提案に優奈は少し思案する様子を見せたが、すぐに首を振り、にっこりと笑って見せた。
「いや、いいよ。それはハルの特権だし」
「……そっか」
「それにハルは、ちゃんとあたしのこと名前で呼んで、彼女さんのことは名前で呼ばないようにしてくれてたもんね。そういうとこも、彼女の特権かなって」
「……それは考えすぎじゃないか?」
「ノリ悪いな。そういうことにしとくんだよ」
「そっか。そうだな」
 彼女の特権、か。
 今、俺と優奈は付き合っている。
 とても単純な話だけど、今この場の俺たちにとっては重要なことだ、と思った。
 それこそ、今日ここで、彼女の影を追っていた自分とは一区切りつけるのだから。

「じゃ、いくぞ」
「いいよ。やっちゃえ」

マッチを擦り、手紙の上に置く。
白い煙が想いを乗せて、彼女の許に旅立った。

【拝啓 俺が大好きだったあなたへ】
【拝啓 彼を大好きだったあなたへ】
【もし二年前、好き合っていた時間が嘘じゃないのなら】
【もし二年前、好き合っていた時間が嘘じゃないのなら】
【どうか見守っていてください。】
【どうか見守っていてください。】

サークル情報

サークル名:Chocolanian
執筆者名:黒歌詞
URL(Twitter):@dlyrica_coc

一言アピール
普段は高校を舞台にした平和で甘酸っぱい系の青春恋愛小説「Couples o’ Cups」シリーズ(既刊2冊)を書いています。作風は某児童文庫の作品の影響を多分に受けています。
テキレボEX2の新刊及びWebアンソロに提出した作品は、普段とちょっと趣が違う、抒情的な雰囲気の作品となっています。新刊も既刊も合わせてどうぞ。

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