だが、何のために?

arasuji
「懊悩」をテーマにした、著者10名によるアンソロジー。

kansou
全編読み応えのある短編集で、著者それぞれの味わいを楽しみながら、最初から最後まで引き込まれる。以下、各作品についての感想。
・『ザクラ』猿川西瓜氏
父親の仕事手伝いと社会見学を兼ね、ベトナムへ滞在する主人公。カルチャーショックに戸惑い、父と取引先の腹の探り合いに戸惑い、観光中にも心は日本を離れない。ベトナムの熱気が行間から匂い立ち、主人公を通じて疑似海外旅行を体験できる作品。
・『Zombitch!!!!――』山本清風氏
なぜかゾンビになったクラスメイト・行方に懇願され、彼女を殺す主人公・穂刈。何度殺しても生前の姿のまま蘇る行方。毎夜繰り返される人体損壊は、求愛行動の暗喩だろうか。悲劇と喜劇の境で屹立する純愛(?)小説。
・『小説 日本昔話』ふかやねぎ氏
鬼ヶ島から帰還後の桃太郎を主人公に、様々な昔話がクロスオーバーする、コメディ小説。使い切れない財宝を得て、遊び暮らすことに倦む桃太郎。「本当の愛」を求める姿にドキドキしながら、各所に挿入される昔話ネタににんまりできる。
・『後輩書記とセンパイ会計、無念の骸骨に挑む』青砥十氏
青砥氏が個人史で展開する後輩書記シリーズの一篇。今回の主役は、常人とは違う物が見える、ふみちゃん。『古戦場火』の皆さんが繰り広げる、『新鬼劇』が笑える。読むと確実にたこ焼きが食べたくなる。
・『万華鏡』小柳日向氏
四名の登場人物が織りなす、世界の縮図。自分の弱さから目をそらし、他人の弱さも指摘せず維持される、柔らかな関係。皆が皆、誰かと向き合い繋がっているように見えて、実際は孤独でしかない。世界や他者を理解するのは、自分自身を理解するのと同義かもしれない。
・『薄荷党日記』泉由良氏
日記体裁の散文。後半は完全に詩歌だが、一見小説形式に見える冒頭から、詩歌をイメージされているのではないだろうか。迷い悩みながらあがき続ける、表現者の叫びがほとばしる一篇。好みは分かれると思うが、個人的には溢れるエネルギーを感じて好ましい作品。
・『だが、なんのために?』上住断靱氏
冒頭の掌編『幸せにしてあげましょう』と繋がる一篇。自分のために自分の人生を生ききろうと決意する澄と、人生に行き詰まりを感じ「解放」を望む小幡。小説を通じ、一瞬交錯する二人の人生。死も一つの解放ではあるが、生きることにも解放への糸口はある。それを見つける手がかりは、共鳴する他者との接触なのだろう。
・『虹は心を見抜けない』稲荷古丹氏
人の感情を色で認識し、書き換えられる特殊能力を持つ主人公。後輩女子の懇願に負け、能力を使い彼女の恋を成就させるが、結果惨劇を招いてしまう。誰にも知られない能力故に、誰にも咎められず、許されることもない主人公。気安く能力を使った代価は、永遠の懊悩。
・『坂上悠緋の描いた懊悩というなにか』坂上悠緋氏
一夜の夢は、完全な虚構か、現実と紙一重の世界なのか。「私」と「あたし」が紡ぐ、終わりなき始まりの焦がれ。読者の想像を試すような謎かけめいた、短編。
・『若き物書きの悩み』蟹川弘明氏
文芸創作者なら、おそらく一度は体験したことのある、「書いても書いても至らない点に気がつき、書けなくなってしまう」状況。相談しても周囲は無意味な批評や自分自身への言い訳ばかり。主人公が彼らに向ける批判が、こちらにも刺さる。永遠に会うことのない誰かに伝えたい想いを乗せて、今日もあまたの文芸作品が生み出されていく。届かなくとも伝えようという意志を諦めないことが、創作の意義だろうか?

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発行:大坂文庫
判型:文庫(A6) 358P
頒布価格:1000円
サイト:大坂文庫
レビュワー:江間アキヒメ

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