幻灯京奇譚

 私には、使命があるのでございます。
 それは何かと問われれば、大恩ある旦那様のためにお家を守り、盛り立てることに他なりません。近頃は人間種族に感化されましたのか、私どもの間でも女権拡張運動家などと名乗る者が現れ始めたようですが、全く恥知らずな戯れ言としか思えません。そもそも私達猫族と申しますのは元来が自由奔放、勝手気儘が信条で、今更雄も雌も社会で果たす役割にそう大きな違いなどあろうはずもございません。
 偉そうに運動家を自称する連中が実際何をしているかと言えば、日がな一日煮干しを貪り、会議という名の昼寝に耽っているだけなのです。何という厚顔無恥、何という寡廉鮮恥かれんせんちでございましょう。猫族たるもの、休みたいときに休み、遊びたいときに遊ぶのが正しい姿ではありませんか。そこに理由を求めるなど、誇り高き猫族の風上にも置けません。
 当然私には猫族たる矜持を捨て去ることなど考えることもできませんから、今も昼寝から目覚めたばかりでございます。目を覚ましたからにはしゃっきりと気持ちを切り替え、旦那様のために誠心誠意尽くさねばなりませぬ。着物を整え、帯をしっかりと結んでお店に出ます。戸を開け暖簾を掲げ、立て看板を引っ張り出せば、此処こそは私と旦那様の二人で築き上げたお城。帝都でも指折りの魔術商店、花笠堂はながさどうでございます。
 往来は既に人の流れも甚だしく、お天道様の具合から察するに、お昼を少し過ぎた辺りといった案配でしょうか。時間など気にせず好きなときに好きなことをするが良いよと仰って下さった旦那様の計らいで、この店には時計と名のつくものは一つも置かれておりません。何とお優しい心遣いでしょう。
 日々のご恩に報いるため、今日も立派に店番を勤め上げんと気合いを入れましたところ、早速戸を叩く音が聞こえました。慌てて番台を飛び降り、戸を開けましたところ、其処には骸骨姿の老紳士が立っておられます。
「イヨウ、お嬢ちゃん。ようやく店を開けたかい。十二階塔が開いちまうんじゃないかと肝を冷やしたぜ」
「アラ、鮫島様、ご挨拶ですこと……いくら私でも、そこまで寝坊は致しませんわ」
 どうだかねえ、と鮫島様は意地悪げにカタカタ笑います。黄泉比良坂よもつひらさかにお住まいの方々は大抵陰気なものですが、この御方は数少ない例外のようで、いつも闊達でお元気なのです。先程仰った十二階塔とは浅草でも有名なカフエーのことですが、鮫島様は今日も足を運んで女給との逢瀬を楽しむおつもりだったのでしょう。いつもより少しばかり洒落た背広姿でめかし込んでおりますから、そのぐらいは鈍い私にもわかるのです。
「しかしお嬢ちゃんよ。相変わらずの別嬪だ。ミヤ坊もいい嫁さん見つけたもんだぜ」
「またそのようなことを……それこそカフエーにでも行けば、私なんぞはなにも引っかけない美人ばかりでしょうに」
「何を言うかねえこのお嬢ちゃんは。波打つ濡れ羽色の髪、名月の如き金色の瞳、白磁の肌に薔薇の唇、まさに花のかんばせたァこのことだ。名店花笠堂の看板娘だろう、お前さん」
「いつから文学の徒となられたのですか……人間種族にいささかかぶれ過ぎですわよ?」
 鮫島様は本当に良くして下さる方なのですが、会うたびにこのような冗句を仰るのが悪い癖です。そもそも私達猫族に限らず、此処帝都に住まう人間種族以外の者なら誰でも、顔貌の美醜などという儚い価値観で誰かを値付けすることなどあり得ません。所詮上っ面の皮一枚、老いれば弛み焼けば骨でございますから。鮫島様も重々承知のはずなのですが、仕事柄人間種族と関わることも多い御仁故に、妙に毒されているのでございましょう。
「本当に、困った方。冗談も程々にして下さいまし……ホラ、そんなことより、自慢の品を見ていってくださいな。今日は丁度、活きの良い呪い金魚を仕入れたんですよ」
「ほォ──こらまた珍品を仕入れたもんだな。だが生憎、こないだの胎喰虫(はらやぶり)の卵が余ってんだよ」
「おや、いかがなさいました。そろそろ使い切る頃と思いましたのに……真逆、効き目がありませんでしたか?」
「いやあ、逆だよ逆。効き過ぎたんだ。最近の若ェ衆はなってねェな。ひ弱もいいとこだぜ」
 ひよっこ相手ばかりで嫌になるよ──そう仰って、鮫島様は憤懣やるかたないと言ったご様子で豊かに蓄えた顎髭を摩ります。
 今はこうして好々爺然としておられますが、鮫島様はこの幻灯京を統べる鬼号連番のお一人なのです。実態なき妖異、変幻自在にして神出鬼没の霊異、伝承と口伝にのみ立ち現れる無貌の王──《鮫島事件》の再現怪異。亜米利加の落とした八発の幻祇げんし爆弾、其れにより召喚された八柱の王の一席。本来ならば、私の如き木っ端妖怪が拝謁することすら不遜極まりないことなのです。
 幸いと申しましょうか、旦那様とは旧知の間柄ということで、私も親しくさせていただいております。鮫島様御本人は全く気さくなお人柄ですから、こうしてお店を贔屓にして下さっているのです──最近はダンスホールとカフエー通いにご執心なようで、以前よりも足を運んで下さる回数が減ってはおりますが。
 旦那様は幻灯京が平和な証だよと仰りますが、店の売り上げを任された身としてはいささか不安もございます。何せ大切なご贔屓様ですもの。勿論こんな恥知らずなことは口が裂けても言えませんから、胸に秘めておくしかありませんが。
 しかしそう思うと不思議なのは、商品目当てでないのだとしたら、鮫島様は一体如何様な御用件でこの花笠堂の戸を叩いたのでありましょうか。お優しく義理と情に厚い方ではありますが、其れ以前に八柱の王のお一人です。暇を持て余すこと、他愛ない世間話に興じることなど、お立場が許しはしないでしょう。
 私の心などとっくにお見通しなのか、それともただ単に私が顔に出やすいたちなのでしょうか。可笑しそうにカタコトと笑って、鮫島様が語り出しました。
「ああ、別に与太話をしに来たわけじゃあねえ。面白い奴がいたんでな、ちょいと連れて来たんだ──おら、さっさと入ってこいよ。両足ついてんだろうが」
 鮫島様が客人をお連れすることなど、滅多にあるものではございません。どのような恐るべき怪異をお連れしたのかと内心恐々としておりますと、店内に現れたのは驚くべきことに一人の人間でありました。年の頃は四十か、五十か、とにかく若いとも老いているとも言い難い、くたびれきって生気のない顔の男性です。顔面蒼白で落ち着きなく貧乏揺すりを繰り返す様は、捕食される寸前の小動物のようで、猫族たる本能を色濃く残す私としても嗜虐の心地を誘われます。
 商売柄どのような種族の方もいらっしゃいますが、それでも魔術素養のない人間がこの店を訪れるというのは珍しいことです。私がいささか面食らっておりますと、鮫島様がいかにも可笑しそうに呵々大笑されました。
「安心しなよお嬢ちゃん。別に客として連れてきたわけじゃねえ。こいつはな、知り合いから借金のカタで譲り受けた、人間種族の中でも特別珍しい奇形種──シャチク、ってやつさ」
「シャチク──でございますか」
「ああ。何でも滅私奉公するために生み出された奇形種なんだとさ。人間ってなあ、つくづく面白ェこと考えやがるよなあ」
「滅私奉公のため……ああ、人豚のような奴隷種族でございますね」
 人間種族の中でも最堕落した者達を人豚と呼び、物好きな怪異は奴隷として買うことがあると聞きます。通俗かぶれもここまで極まったかと内心呆れておりましたら、そんな私の浅はかさを笑い飛ばして鮫島様が「違う、違う」と仰りました。
「お嬢ちゃんの考える奴隷種族じゃねえ。こいつらはな、望んで奴隷になりたがる──どころか、置かれた環境をわざと劣悪に変化させて、仲間もどんどん陥れていく、そういう奴らなんだ」
「……はあ、しかし、それでは──」
 ──種族として成り立ちませんでしょうに。
 私の疑問に、鮫島様はいよいよ可笑しさも頂点に達したようで、何度も骨の掌を打ち鳴らしました。
「全くお嬢ちゃん、ご明察。不幸の渦に自ら飛び込む馬鹿どもだ。おかげで今や絶滅寸前、人間種族の中でも希少種になっちまった。どうだい、惰眠と午睡の君たる猫族代表として、こいつに一つ説教してやったら」
「説教して治るものなら、そもそも種族として独立などしませんでしょうに」
 ──私に何か言えることがあるとしましたら、
「──それこそ、お体を大切になさいませ、としか言えませんわ──」
 ひぐう、と不思議な泣き声でシャチクが鳴きます。何か私の言葉が気に障ったのか、何やら俯いて体を震わせ始めました。どころかぽろぽろと大粒の涙を流し始めましたので、それこそ痛恨の忿怒といった様相でございます。体を労られて尚怒り狂うなど生命として甚だ間違っているとしか思えませんが、だからこそのシャチクという種族なのでございましょう──私の無神経な一言は、どうやらシャチクの自尊心をいたく傷つけてしまったようです。
「──いやあ、お嬢ちゃん、期待通りだぜ」
「ああ、鮫島様のお持ち物ですのに、傷物にしてしまったようで、何とお詫びして良いか」
「いやいや、良いのさお嬢ちゃん。これで良い。成る程──こいつらはとにかく、救われることに慣れてねえってわけか──」
 ──まずは救ってやらなきゃ痛みも感じないもんなあ──。
 喉を鳴らし、鮫島様は大層満足された様子で何度か頷かれます。これでこいつもまともに傷付く人間になれたってわけだ──と何やら感心されました後、まったく満足そうに帰られました。はて何をしに来たのか、私如きにはさっぱりわかりません。
「全く、変わった方ばかりですこと」
 少しのお務めですが、いささか気疲れしてしまいました。
 少しばかり──午睡を貪ることと、致しましょう。


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執筆者名:神楽坂司

一言アピール
少し不思議だったり、幻想的だったり、そんな雰囲気の作品が多めです。不思議でちょっとだけ温かくて、けどどこかで背筋がゾワッとするような、そんな物語を目指しています。

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