斜陽の国のルスダン(2)

arasuji

13世紀グルジア。女君主ルスダンはヨーロッパで初めて「モンゴルの禍」に接触した。
援軍を求めても応える者はなく、女王は孤立無援の戦いに身を投じる。

天真爛漫な少女時代。
最愛の兄の死。
立て続けに襲来するモンゴルとホラズム。王都トビリシの陥落。
そしてルーム・セルジュークから人質としてやってきた王子との絶ちがたい絆。

美しく淫蕩な愚昧の王か――。聡明なヨーロッパの防衛者か――。
ユーラシア諸国にその名をとどろかせた女王の数奇な運命。

(第3回 Text-Revolutions Webカタログより転載)

※過去の感想はこちら
斜陽の国のルスダン


kansou

 物語性のある美しい表紙です。帯もよく見るとただの黒じゃなくて美しい模様が入っているのです。あと、表紙のカバーの中と付録のサンスクリットみたいな日本語の書体も何か好き。別冊付録も嬉しいです。

 大きな危機を迎え傾きかけている国中世グルジアの女王のお話。もう一人で号泣してしまいました。
 以前グルジア史アンソロジーで並木さんがこれを題材にした短い漫画を描かれていて、そのイメージが初めにあったのですが、本当にあの絵のように繊細で美しい、こんな美しい歴史小説があるのかと思うような作品で、出会えて良かったと思います。もしかしたら少女漫画趣味ともいうのかもしれません(良い意味での、若い女性が特に好みそうな)が、かなり本格的な研究や考証をされた上でのしっかりした構想のお話で、結構誰でも読んで楽しめるだろうと思いました。非常に情緒的であり、また淡々と端的にまとまっているので骨太の長編大河ドラマみたいな雰囲気ではないのですが、文に余計な装飾が無いのに美しく、潔い感じの文章で引き込まれました。潔い……と感じたのは、山場はたくさんあってひとつひとつに思い入れを示しつつ、すぐ次に切り替わっていく潔さというか。こういう所が格調高く感じられるのかなあ。
 歴史ものに限らず、弱い立場として描かれる女性の、しかも若くて力のない人が頭を使って積極的に危機に立ち向かっていく話というのは下手をすると小賢しいような、逆に感情が激しいだけのありきたりな薄っぺらいものになってしまいそうでとても難しいと思うのですが、ルスダンいいですね。最後の方の決断とか、すごい素敵だと思いました。

 しかし歴史小説はいけない。結末が決まっているというのは、運命が決まっているという風にも感じられて。運命、というのは普通のお話の、現在進行の形の時間の流れの中ではあんまり意味が無いようなもので、何とでも辻褄合わせて言えるものだけれど、歴史の場合は事実がそこに閉じ込められているのだから、どうしてもああ、いまこんな風に楽しそうでも後でどうなることやら……と思ってしまって、だからまず最初の楽しそうな辺りで泣けます。あどけない頃のルスダン王女と、ルーム・セルジュークの美しい王子の微笑ましいやりとり、ここ私は本当泣けてしまいました。(´;ω;`)宝塚のエリザベートでも私は♪おひる~には~しん~せ~き……の歌のところでぼろぼろ涙をこぼしてしまいましたがああいう感じというか。
 ……あまり内容を詳しく書いてしまうともったいないので実際読んで頂くべきだと思います。どきどきわくわくする感じの爽快な話ではないのですが、その中でギオルギとかナサウィーとかとても味のある面白い人たちがいて、最初から最後まで楽しめました。
 ディミトリはちょっと不思議な人で、というかあんまり我が強くないから具体的にどのような人物なのかこの短い小説の中ではわからない部分も多いのですが(というか多分すごくいろんな悦びや悲しみで構成された人なので、こういう人だと最後まで断定したくない感じ。それはルスダンだけがわかっていればよいと思う)、落ち着いたいい人で線が細く野心が無いというか分をわきまえた頭脳派、と思ったら結構力技も使ってるから存外男っぽいのか、馬に乗る人だし。でもやっぱり帝王さまに愛されてると華奢な美少年のイメージになっちゃうし。下の立場からルスダンの魅力を単に引き立てているというよりも、弱かった彼女と同じ列に並んでいるような弱ーい立場の謙虚な少年であり、そして誰よりも強くルスダンを守る男でもあり。

 物凄いたくさん人が死んで、古い残酷な物語の雰囲気を含むから読むのがしんどくなる時もあるのですが、上記のように淡々と進めてくれるのでなんとか耐えられる……
 私は結構毒を含んだ文章が好きだけれど、そんな自分を思い違えていたのかというくらいこの清純な印象のお話を夢中で読んでいたのでした。もちろんなまなましい光景は小説を読んでいても目に浮かぶのだけれど「淫蕩」と言われるルスダンがあくまで清純に、といっても彼女は別に無知な小娘ではなく、逆に酸いも甘いも噛み分ける賢い女というのでもないのですが、清濁知っていてもそれでも尚清純である女性に描かれているように思いました。そしてどんな歴史書にも載っていない、弱く美しい無力な少女であり、そして冷たく心底強い女王でもある、これこそがルスダンだと言っても私はいいと思う。ああそうか、彼と彼女は似てるのだ。弱くて強い。最後、胸に突き刺さってくるような美しい歓喜を、もう本当涙なしには読めませんでした。最後は特に何度も読み返して、とても好きでした。

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発行:銅のケトル社
判型:文庫(A6) 146P
頒布価格:600円
レビュワー:なのり

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