言伝は時計にのせて

arasuji

    どうして口下手に生まれついたのだろうか
  機械が相手でなくてももっと雄弁でありたいものだ
  口下手は口数が少ないから口下手なのではない
   気持ちの表し方を知らないから口下手なのだ

機械の修理などを手がける機関調律師を志す『私』は、実務を積んで腕を磨くため大学の友人のつてで簡単な仕事を回してもらっている。
春先のある日、『私』は碩学級の機関調律師、平岩氏の邸宅にある柱時計の調律を依頼された。
伯爵夫人は亡夫を「仕事ばかりの人だった」と評するが……。

(第3回 Text-Revolutions Webカタログより転載)>

kansou

気になっていたはいたが、なかなか手に取る機会がなく。
ゆっくり出来るときにようやく買わせていただいた。

巻末の「サークル紹介」にもあるとおり、「スチームパンク”風”」の小説だった。とはいえ、私自身はスチームパンクに触れる機会は多くなく、実はあまり見分けが付いていないが。

ゼンマイと蒸気、電気や内燃機関(エンジン)が発明されていない(と思われる)世界。明治後半から昭和初期辺りを彷彿とさせる帝都やら、特高警察やらの響き。貴族と下民、大学校。使われる言葉遣いも少しばかり慣れない(難しめ)の物があるが、判らないほどではなく。雰囲気作りにまた一役を買っている。

そして『機関調律師』
主人公の目指す物であり、物語のキーとなる碩学伯の職でもあるが、この漢字の並び。音。普通楽器に使う『調律』を『機関』につかうなんて、なんてこう…心の片隅を確かにくすぐる。

そんな世界観を端々にまで行き渡らせた『言伝は時計にのせて』は、内容も丁寧な……冒険もの、と言うのが一番感想として近いだろうか。
時計の故障修理から始まる謎と冒険、そして。

淡々としがちでもほっと出来る素敵な結末。

他の作品ともあわせて世界を描く群像物、とのことだが、伯が婦人が私が。何を感じ、何を思い、帝都で暮らすのか。本筋と合わせ、彼らが生きている感じがいい。
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発行:蒸奇都市倶楽部
判型:文庫(A6) 68P
頒布価格:300円
サイト蒸奇都市倶楽部
レビュワー:森村直也