水族館的サマーフェスタ

人魚がよく分からない服を着せられている。
リンジーの初見の印象は、全てがそこに収束した。

「……なんだそれ」

カラフルな柄の布だ。薄手の紺地の花柄で、コートと言うのが一番近いのだろうけど、コートと言うにはラフすぎるし、袖は広いし、コートは着るときに上から別の布を巻かない。腰の辺りに巻かれている布も、やたらにカラフルな色をしていた。
声に反応した人魚が顔を上げた。リンジーだと分かるとすぐにそっぽを向いた。

「お、リンジーちょうどよかった。どうかな」
「どうかなって何が」
「ベルすけ!似合うかな」

人魚がドヤ顔をしている。気に入っているらしい。

「……いや、まあ、いいと思う。いいと思うんだけど、何を着せてるんだ?」
「……あっ。あっ?そこから?マジ?」

アルカールカ水族館は、世界でも数少ない、人魚のいる水族館だ。その中でもよく人馴れし、水槽の中だけにとらわれず、水族館の中を歩き回って訪れた人を驚かせる人魚は、アルカールカのベルテットメルフルールただ一匹だ。

「見たことない」
「マジか。マジかー。まあそうよね……浴衣だよ。浴衣」
「ユカタ?」
「いえす浴衣。こっちの夏の風物詩……っつーか、夏によく着る服?」

タカミネがくるくる指を回した。浴衣という服を着せられた人魚がその場でくるくる回った。よく懐いている。

「かわいいっしょ」
「どうしたんだ、その……ユカタとやら」
「夏のネタにいいかなーって思って親に安いの買って送ってくれって頼んだ」

塩水で濡らされるからすぐ痛む。普段人魚が着せられている黒のキャミソールだって、しょっちゅう買い換えては新しい物を着せているのだ。今アルカールカの人魚飼育部には野郎しかいないので、野郎でも買いやすいやつを。
濡れる前提で安物を頼んだら、何枚か送りつけられたのだという。一番気に入ったらしい柄を着て、人魚はご満悦そうだった。

「へえ」
「ちなみにいらねえって言ったのに俺の分もある」
「ふーん」
「二セットあるからリンジーも着ような、明日持ってくるから」
「おう。……ん?」

疑問符。つまりは自分も、今人魚が着ているような花柄の布を身に纏わなければならないのだろうか。ちょっとそれは罰ゲームすぎやしないか。むしろ何の罰ゲームだ。
そこまで一気に思い至り、渋い顔をしていたリンジーを見て、人魚が似たような顔をしている。しばらくそうやって顔真似をしてから、相手の変な顔が面白いようでぴいぴい鳴きながら笑っていた。

「……何変な顔してんの?」
「花柄は嫌なんだが」
「……エエーッマジーぃ?嫌?そんなにー?」

妙な間。
指すところは簡単だ。何かこちらが勘違いをしているのだ。現に会話相手は面白さに耐えられないといったような顔をしていたし、あわよくばハメようとしている魂胆が見え見えだった。

「タカミネ」
「はい」
「殴っても」
「よくない」

あっと言う間の陥落だった。そもそもそういうレベルのやり取りでもない。いつもだ。悪ふざけができるような仲だ。

「いやーでもリンジー普通に女物でもいけるんじゃない?でかいけど」
「それ言ったらタカミネのほうが向いてることになるけど。そう変わらないだろベルと」
「それマジ結構気にしてるからやめてくんない!?」

あと一センチ欲しかった、という嘆きとともに、タカミネが肩を落とした。そう背丈の変わらない人魚が、隣で慰めるように肩をトントンしている。
改めて人魚の方を見た。鮮やかな薄い緑の髪は、耳の下あたりから徐々にその色を濃くして、毛先に向かうにつれ青色へと置き換わる。細い首を包む紺地の服は、その肌の白さと、鮮やかな髪色をずいぶん強調させているように見えた。多少日に焼けたとは言え、リンジーも肌は白いほうだ。それと比べてもなお、人魚の肌は白い。タカミネなんかは、今隣に並ぶと特に人魚の白さが際立つ。
人魚と仲良しなほうの飼育員はタカミネ。嫌われている方はリンジー。そこには確かに役割分担があるし、互いにその立場を譲らない。そうあることが適切だと、互いに思っているのだ。

「いいじゃん、人魚とお揃いで仲良しだ」
「いいかリンジー。女物の浴衣は三枚届いた。この意味がわかるか?」

皮肉を言ったように取ったのか、露骨に嫌そうな顔をした人魚がリンジーの眼前に迫った。別になんとも思わない。彼らにあまり情を向けすぎるのも、持たれすぎるのもよくないと思っているからだ。
タカミネは真逆の立場でいる。人魚の肩を叩いて掴んで後ろに引きながら、何やら耳打ちした。いくつか拾えた単語に頭を抱えたくなった。人魚の顔がわかりやすく明るくなり、それからリンジーの方を向いてべーっと舌を出した。

「おい」
「いやーだって勿体無いしさあー。大丈夫だってでかくても、な!女装!」
「冗談も大概にしろよ!?」
「えーいいじゃーん。洋服みたいに露骨に足だのなんだの出ねえからいけるって!」

和服で女装のほうが絶対楽だって、などと宣うタカミネの隣で、人魚は心底腹立たしい顔をしていた。恥ずかしい目に合えばいいと思っているのだ。

「ぜーったい嫌だからな!見ろお前ベルの顔!!ざまあみろみたいな顔してやがる!」
「ねーしょうがないよねーベルすけリンジーとお揃いしようぜ」

ふっと人魚の顔が真顔に戻った。お揃い。嫌いなほうの飼育員とおそろいの服を着る。それが実行された時の嫌度合いが、リンジーを貶めることよりも嫌だったらしい。小刻みに顔を横に振っていた。ないわ……みたいな顔をされていた。そのほうがよっぽど心に来る。

「……そんなに嫌?」
「タカミネとお揃いのほうがいいってよ、なー?」

適当に投げかけた言葉に、人魚が頷くことはついに無かった。

「……えっ俺とお揃いも嫌?マジ?だいぶ心に来た」
「よかったなおめでとう」
「よくない~俺泣いちゃう~泣かないけど」

人魚飼育部総員二名、満場一致で女物の浴衣は却下。そういうところに落ち着いて、互いに目配せして頷いた。冷静になれば人魚の展示用なんだから、飼育員が着飾ったところでどうにもならない。
そのうち人魚が和服を着て、館内を走り回るのだ。浴衣の分、水浸しにされる床面積が有意に増えそうなのからは、二人揃って目をそらした。


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サークル名:むしむしラボラトリー(URL
執筆者名:紙箱みど

一言アピール
性癖ジェットエンジン複数搭載の暴走特急サークルです。乗員一名。人魚は鈍器でおくすりだし性癖はロードローラー。
人魚と飼育員が気になりましたら、ぜひに本編ことアクリルガラスシリーズのほうもよろしくお願いします。

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水族館的サマーフェスタ” に対して1件のコメントがあります。

  1. 浮草堂美奈 より:

    人魚がいる水族館というアイデアがスゴいです。愉快な掛け合いの中、浴衣の人魚がひらひら舞う姿が目に浮かびます。

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