付喪神の見る夢

 八月十三日、形だけでもお盆を迎えようと精霊棚が作られた。精霊馬が飾られ、夕刻にはおがらを焚いて迎え火もした。朱く染まった空に煙がのぼっていくのを見て、なんだか寂しいなと大和守安定は思う。
「お盆って、こんなんだったっけ」
 部屋に戻って、ぽつりと安定は口にする。
「こんなんじゃないの?」
 部屋で丁寧に自分の爪の形を整えて磨く加州清光は適当に返事をする。
「ねえ、じゃあさ、今、沖田くんがいるってこと?」
「うん?」
 突拍子のないことを言う安定に清光の手が止まる。
「沖田くんの、魂? がさ」
「そう、かもしれないね」
 清光は正直返答に困る。
「僕たち、付喪神じゃん」
「うん」
「沖田くんが見えてもいいと思うんだよね」
「え、うん。そう、だね」
 清光は、安定がまた困るようなことを言い出すのではないかと、嫌な予感を覚える。
 二二〇五年、歴史を覆さんとする時間遡行軍と戦うために、政府は審神者の力によって刀剣に宿る付喪神を人間の形で顕現させた。そのうちの二振りが加州清光と大和守安定だ。加州清光と大和守安定は新選組一番隊組長沖田総司の刀だった。
 清光には少し不思議に思うことがある。自分の本体である刀、加州清光は折れる前のものだ。今のこの時代に、加州清光はすでにない。人間でいうなら、死んでいるに等しい。その自分が亡き沖田総司の魂を迎えて送ろうとしている。
 もっとも、ここに沖田総司の魂があるのならのことではあるけれど。
「ねえ、沖田くん、探さない?」
 清光の嫌な予感は的中した。
「え、どこ、探すの?」
 もし、自分たちに魂の存在が見えるなら、同じように顕現してこの本丸で生活している他の刀剣男士の目にも見えるということだが、そんな話は聞かない。かつての主の姿が見えたなら、大騒ぎに違いない。が、そんな騒ぎはまだ起こっていない。少し考えれば分かることだが、安定は沖田総司のことになるととてつもない夢を見る。
「うーん、沖田くんなら、やっぱ道場?」
 行こうと誘われる。相棒である安定の誘いを清光は断れないし、見えないんじゃないのとかいないんじゃないのとか夢が壊れるようなことは言えなかった。
「今日はもう遅いから、明日ね」
「えー」
「夜に部屋にいなかったら国広が心配すんじゃん」
「うー、わかった」
 なんとか説得に成功し、清光は安堵したが、沖田がいないと分かった時、どうやって安定を納得させるかで清光は悩み、なかなか寝つけなかった。

 八月十四日、新選組の土方歳三の刀だった堀川国広と一緒に洗濯の仕事をし、終わってからすぐに沖田(魂)の捜索が始まった。残念なことに、清光たちには出陣の命令がなかった。主に頼んでおけば良かったと清光はこっそり思う。
 二振りはいつも手合わせの場として使っている道場へと向かう。向かっている途中でも、安定はきょろきょろと空や辺りを見回していた。清光は安定のためにも沖田を探したいが、転びやしないかと心配で、安定の足元ばかり見てしまう。
 道場の観音扉を開けると、源氏の重宝である刀、髭切と膝丸の兄弟が手合わせ中だった。
「あれ? どうしたのかな?」
 安定と清光に気がついた兄の方の髭切は刀をおさめてしまう。
「邪魔してごめんね。沖田くん探してるんだあ」
「おきたくん?」
「新選組の沖田総司のことだろう」
 膝丸もため息をつきながら、刀を鞘におさめつつ寄って来る。
「何か無くしたのか? フィギュアとか」
「沖田くんグッズじゃなくて、魂」
「「魂?」」
 兄弟そろって首をかしげる。
「今、お盆じゃん。だから」
「ああ、そうだね」
「幽霊というやつか。そのようなもふがっ」
 清光はとっさに手ぬぐいで膝丸の顔を叩いた。
「何をする!」
「蚊がとまってたよ」
 あるはずないとか言おうとしたでしょそれ言っちゃだめだからと清光は膝丸の首に手ぬぐいをひっかけて引き寄せ耳打ちする。
「ここにはいないみたいだねえ」
「ここだと思ったんだけどなあ」
「彼なら、もしかしたら、何か知ってるかもしれないよ?」
「彼?」
「えっと、なんだっけ」
 髭切は名前を覚えるのが得意ではない。顕現してからすでに半年は経っているというのに仲間の名前を覚えられずにいた。というか弟の名前ですら忘れるほどだ。
「えーっと、むっつり青江くん?」
「にっかりだ、兄者」
「そう、にっこり青江」
 膝丸の訂正もむなしいが、清光たちはもうつっこんだりはしない。
「青江かあ。あんまり気乗りしないけど、聞いてみる!」
 安定は、ここに来たら教えてよね、帰らないように引き留めておいてよね、と言って清光と道場を出た。
「しかし、会ってどうするというのだ」
 ぱたぱたと慌ただしく出て行く二振りを見て膝丸は疑問を口にする。
「愛した故人には会いたいと思うものだよ」
「兄者は会いたいのか」
「ううん」
 愛してないからねとにっこりと笑って返す兄に、膝丸は肝を冷やす。自分は愛されているだろうかと不安になってしまう。膝丸は源義経の愛刀だった。膝丸も義経には会いたい。けれど、源頼朝の刀だった兄にとっては好ましくはない。だろうと思う。今の膝丸にとって、一番大切なのは兄の髭切だ。もし、義経が頼朝を討てと言ったのなら、できないと言うことになる。慕った主に罵られるかもしれないと思うと、それは苦しい。
 膝丸は安定のことが少し心配になった。
「大丈夫だよ。彼が、いるからね。えーと……」
「加州清光だ、兄者」
「あ、僕も探してあげようかなあ」
「兄者は沖田総司の見目を知っているのか」
 手合わせがだれてきていた髭切は膝丸の声は聞こえないふりをして道場から出て行く。
「兄者!」
 追いかけずにはいられない膝丸は兄に続いて道場を出て、これ以上の手合わせは諦め、散歩に出かけることにした。

「青江さーん」
 安定はさっそくにっかり青江の部屋を訪ねる。
「珍しいね。どうしたんだい?」
 のんびり茶を飲んでくつろいでいる青江は、にっかりと笑う女の幽霊を切った刀だった。
「沖田くん、見なかった?」
「沖田総司かい? 見ないけれど」
 見てないかああと安定はだべっと畳にうつ伏せる。
「会いたいのかい?」
「会いたい!」
「会って、どうするんだい?」
「えー、写真撮ったり? 話せたりしたらいいけど」
「心霊写真なら、撮れるかもしれないけど」
 そんなのが欲しいのかい? と青江はそんなものには飽きたし面白くもないと暗に言う。
「それに、普通は、物のところじゃなくて、人間のところに行くんじゃないかな」
 青江の言葉に安定は青くなる。
「青江! 違うから! あの人に子孫なんてもういないし、きっと、よその本丸をまわってて、ここ大和だし江戸のお墓から距離あるし」
 清光は慌ててフォローする。
「でもさ、もし自分を助けてくれって言ったら、どうするんだい?」
 死者の魂のすべてが綺麗とは限らない。青江は残酷な事実を突きつけた。
 安定はやっと、自分がどれだけ恐ろしいことをしようとしていたのか気がついた。
 清光でも思う。言われなくても、助けたいに決まっている。けれど、自分たちはすでに池田屋事件の時代へ飛んで、仲間たちと確かめ合った。歴史を変えさせはしないと。あの時は、沖田総司本人には会わなかった。それは禁忌であったから。だから、想像もしてなかった。会って「助けて」と言われたらどうするかなんてことは、小指の爪の先ほども。

 八月十六日、送り盆だった。
 結局、あれから沖田の魂を探すことはしなかった。
 清光はすっかり消沈している安定に声をかける。
「安定、主が送り盆にって、花火用意してくれたんだって。一緒にやろ?」
「花火?」
「そ、手で持つやつ」
 様々な手持ち花火が三十本入っている、賑々しい袋を見せる。
「ああ、去年遊んだやつ」
 安定は寝そべっていた身体を起こす。
「あの人、きっとここにも来てたよ。僕たちを、ちゃんと、見にさ。だからさ」
 送ろう、と清光は蝋燭に火をつける。水の入ったバケツも用意した。
 広い庭の真ん中あたりには多くの男士が集まって花火を楽しんでいる様子が見えた。背丈の小さい、子供の姿をした短刀の子らがはしゃいでいる。青や橙の光が幻想的に彩っていて遠目でも綺麗だった。
 清光は袋から紙が縞模様に巻かれた花火を取り出して、火をつける。パチパチといくつもの星が飛び出して流れ星のようだった。
 安定も袋から銀色のガマの穂のような花火を取り出して点火した。シュワーっと勢い良く噴水のように光が流れる。
「助けてって、言われたら、僕、どうしてたかなあ」
 安定は独り言のようにつぶやく。
 池田屋事件で沖田は病魔に襲われながらも鬼神のごとき強さを見せつけ、膝をついた後も敵を寄せつけなかった。池田屋事件では少なくとも、手助けなど要らなかった。
「俺もそれ、考えたけどさあ、あの人、絶対そういうこと言わないと思うんだよね。言うとしたら、先生を助けてって、言うんじゃないかなあ」
「そうだね」
 ぽろりと安定は涙をこぼす。
「そうだね。きっとそうだね」
「あの人も局長も、どうやっても助けられないんだけどさ」
「うん」
 寝返っても助けられるか分からない。ここにいる仲間や他の本丸の自分と戦うことはできない。寝返ったら必ず後悔する。
「それにさあ、時間遡行軍って、ぜんっぜん可愛くないしい。絶対に嫌なんだけど」
 安定はぶっと吹き出す。
「あはは、そうだよね! 全然可愛くないよね! 僕もあれは嫌だなあ」
 僕次これやろ、と安定は花火を選ぶ。
 清光はほっとする。清光も適当に花火を選んでまた火をつけた。金平糖のような光がいくつもはじけて消えていく。
 そして、花火の煙がゆるりと橙の色が消えた空に昇っていくのを清光は見た。


Webanthcircle
サークル名:Natural maker(URL
執筆者名:真乃晴花

一言アピール
刀剣乱舞二次創作、和泉守兼定×山姥切国広中心で活動中です。一次創作も少し。アンソロ掲載作は刀剣乱舞二次創作です。新選組、沖田総司の刀、加州清光と大和守安定のお話です。

Webanthimp

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください