SINGULARITY(2)

arasuji
アンドロイドやロボットなど、AI(人工知能)を題材としたアンソロジーです。

執筆者(敬称略)

せらひかり,鹿彩もす,凪野基,水成豊,たまきこう,真北理奈,巫夏希,狐塚あやめ,まるた曜子,玉蟲,明日浦景,志津,真空中,朝昼兼,籠り虚院蝉,高柳総一郎,笠原小百合,なな,ウッパ,氷砂糖,神田春,育美はに,阿部屠龍,kud,神儺,青波零也,日野裕太郎,鳥井蒼,青柳たみ,猫春

(第23回文学フリマ東京webカタログより転載より転載)

※過去の感想はこちら
 SINGULARITY


kansou

全体的に、物語世界の未来(または現在)がそれほど明るくないことを暗示する作品が多く、それは現時点でそれぞれの作者さんがAIというもののポテンシャルをはかりかねている、というか想像がつかない、という裏返しでもあると感じました。
また、そのことがファンタジー寄りの作品が多かった一因かとも思いますし、もう一歩踏み込みが足らなかったと悔しく思っておられる作者さんも多いのではないでしょうか。私もですが。
過渡期(いつ過渡期でなくなるのかはともかく)に編まれたアンソロジーとしてたくさんの方に読まれて欲しいし、三年後、五年後、十年後にも同じようなアンソロジーが編まれて読み比べられる機会ができれば、すごく面白い試みだと思います。
以下、作品個別の感想です。

「空の王」
外の世界と箱庭。AIと人間をペアにしているのは互いの成長のためとして、人間側に「他の誰よりもすぐれている」なんて言い含めちゃいかんと思うのですけど……それを覆してこそということかな。
卒業して目の当たりにする学校の外は、より厳しい世界なのでは……と思ってしまうディストピア脳ですけど、大人になりゆく子どもたちが幸せであってほしいです。

「A.I」
土の味、と一言で表されるそこには、微生物から気象から「星」の全てが含まれていて。もしも人間たちが「星」に帰ってきたならば、聖域を守る彼女らはいったいどうなっちゃうんだろう。

「終端のアザーブルー」
爽やかな作風に織り込まれた、アルファの肉体は清掃ロボットには人として認識されないことだとか、小三郎たちを観測する上位存在が完全に否定されていないことだとか、地味~に暗い部分もあるんですけど、アルファの明るさで救われました。果て、限界だと思っているその先のことは常々考えていかないと。

「Blue Ark」
もう少し説明が欲しかったですが、青のイメージが鮮やかでした。湊もまた、誰かに作られた存在で、この物語は観察者の視点から書かれていると感じたのですけど……。孤独でなくなる日はもしかして来ないのでは。

「トレーサー・アンド・パートナー」
このシステム、合理的の極みのようでいて、人間の本質や価値とはという問いかけと切り離せないように思えてちょっと怖かったです。こんなふうにユーザーに理解できないトラブルが起こると対処のしようもなくなるわけで……。技術とインフラが問題を解決してゆく展開は爽快で面白かったです。

「こっぺりあ狂騒曲」
原典を詳しくは知らないのですけど、コッペリア=壊れるイメージがあって、でも狂「騒」曲というくらいだから……?と様々に想像できるタイトルも、雰囲気たっぷりの大坂の街の描写も素敵。

「予想家ミキチャンの華麗なる転身」
作者さんの競馬愛がひしひしと伝わってくる作品。血統が~と細やかにデータを並べてギャンブルとして楽しむ方もいれば、特定の馬に愛着を持って楽しむ方もいるのだと最近知ったけれど、奥深いなあという印象です。予想家ミキチャンの裏には人間がいて……とか、智臣の愛着でミキチャンが実際に人間になって……とか想像するのも楽しい。

「イブの記録」
よいゆりでした……。無限回にも思える試行は愛情なのでは。目的を与えられなかった知性が解き放たれて、彼女はどこへ行くのでしょうか。

「サジェストの奏でるハーモニー」
某商業作品と手触りが似ている、と思っていたら、作者さんがファンだそうで。なるほど納得です。(そしてピザはあれかな……と思わないでもないアレがあります)意志を、判断を他者という自明に任せて、薄っぺらになったヒトは、その構造が白紙に戻るまでそのままなのでしょうか。

「ハンネスの遺言」
明らかにロボットであるヴィムに感情を見いだそうとしたのは、機械知性もまた人間の知性と同種のものであるとライナーが期待したからだし、そうでなければまったくの理解できないもので、それは恐怖そのもの。望むようにしか見えない歪んだ認知と期待のなか、ライナーは明日からどう生き、自らの感情と折り合いをつけるのだろうと思いました。

「罪の子ら」
ああ、これは切ない。ヒトはどんなものにでも感情を投影することができるのに、感情のある知性を作ってしまった。だとすれば人工知性たちが根源的な「なぜ」を問うことを止められない。ヒトが抱くその疑問と人工知性が抱く疑問は別種のものか、なんて誰にも答えられないのに。
冬枯れた庭にたたずむフィーヴィが悲しいです。

「泡の器」
このままクスノキはどこへ行ってしまうのでしょう。失くした半身の存在は最高峰の軍事AIを根本から変えてしまった。それが綾の「彼」への思いゆえなのか、もともとクスノキは「そう」だったのか。「変化は既に始まっていた」からの火災がきな臭さを感じさせます。

「stargazer」
_(:3 」∠)_

「アナタノタメニ」
主催さんが狙ってそうしたのかはわかりませんが「中と外」の物語から始まり「自己と他」の物語になり、再び「中と外」の物語に戻ってきたように思います。
ジュード夫妻が夢見た宇宙、主人たちの望みを叶えるべく、そして自身がそう判断したからこそボトムはロケットエンジンに点火したと思うのですが、ボトム自身の意志は撃ち落とされたことで確認できなくなってしまった。それが良いことなのか悪いことなのか、はたまた善悪を超越した飛躍の一歩なのか、読み手によって判断が分かれそうです。

「よく冷えた喋るトマトのはなし」
可愛いお話でした。みずみずしい描写が夏のくっきりした鮮やかさにぴったりで、マイクロチップの動力は?なんて野暮は置いといて。からっぽの機械の身体に詰め込まれるたくさんの花、きょうだいの抱擁など目に浮かぶようでした。

「幽霊星や宇宙を漂う真っ黒お化け」
絵本、童話風の可愛いお話。「イルカ」と聞いて某ワープロソフトの真っ先に消されるアイツが思い浮かんだんですが……すいません。

「お手伝いロボットとわたし」
エリザの外見については「きれいな姿」という以外に特に言及がないけれど、ヒト(女性)型の可愛らしい姿であっても、パーツを積み上げただけのようなものであっても愛着はわくのだろうし、機械、ロボット、人工知能だとわかって愛着を持ってしまうのが人間の心なんだろうなあ。

「カース・メイカー」
これは凄い。凄かったし驚いたし面白かった。全体が記録の再生方式になっているのも、作品の特性を活かした仕掛け。アルが発語できない言葉があるというのにも唸りました。AIを積んだ「製品」がさまざまな権利を得て社会に混じってゆくまでに当然起こり得るだろう「ヒトかモノか」の問いかけ、そしてその先にあるもの。見過ごされがちな矛盾を詳らかにした筆力に拍手です。

「心層学習」
これも面白かった。ロボット犬のAIというメカニカルな部分と、ルイとリョウの感情というウェットな部分がうまく噛み合っていると感じました。
ルイとリョウ、ごはんの趣味が合って苦もなく並んで食べられるってなかなかないから、良いペアだと思うんだけどな……。もしかしたらそのほかのカップルが交わすような絆ではないかもしれないけど、二人がずっと近くにいられればいいなあって思います。

「進化」
テンポがよくて絵(とか動画)にしたら映えそう。その分情報量が多くてちょっととっ散らかった印象で、わかりにくい部分もあったのが残念。マラソンのくだりとか絶対面白いのに!

「こんにちは、703号室のともだち」
旦那さまを失って探索を続けるカヴァンツァ・デカルツァの前に現れたお手伝いさん。カヴァンツァ・デカルツァが彼女にした設定変更は、もしかするととても残酷だったのかもしれないけれど、機械知性である彼らにとって知識を得るということは善行だったんだろうなあ。
ほのぼのした雰囲気の中に、孤独や破滅後の世の中などさらりと描かれていて、短いながら密度の高い作品。ひとまず、よかったよかった、と。

「四番目と草刈機」
イーファ(ディ)の目から見れば「めでたしめでたし」だけど、このイーファも「人間として正しく」ないと判断されれば強制停止されるのか……と考えると怖いですね……。イーファがこのまま「変わらない」のが一番なのかもしれないけど、それは誰にとっての正しさなんでしょう。ヒトは変わるものですから。変わると強制停止、変わらないのも停滞。どちらがいいのかな。

「きみの名前を呼ぶ」
ほっと一息のラブストーリー。展開はある程度読めたけど、それゆえの安心感がありました。これからはみおりとミオリのお相手で、碧生は大変そうだ(笑)

「雨情のからす唄」
首筋のコードがきれいないい子のアユムちゃん、アユムちゃんの遺伝子を使って生まれたペットのゴンちゃん……あたりでものすごく怖くなりました。巧妙に誘導されていくような教育、家庭環境。それを客観的に見つめて咀嚼できるハルカがいつか、強さを手にできますように。

「ピュグマリオンの唄姫」
指が唄の起動コードなのがえろす……! 恐らくオオルリを造った人も、シャオファンと同じく唄姫に人生を狂わされたんだろうなあ。個人的にはランイェン推しなので、件の本の入手には彼が暗躍していたと信じています(妄想逞しい)

「あなたのとなりで」
高校生たちの日常生活にふと現れたウム、その存在の異質さがよく描写されていたと思います。異質な存在がヒトにコンタクトする理由や意義も定義されていたのがSF者さんだなあと。ちよと百桜の女子高生パートはもっと長い尺で読みたかった。要素たくさんで詰め込み感があったのが少々もったいないけど、面白かったです。

「かれの消えた日」
種明かしが突然だったので、もう少し説明が欲しかったような、この長さがベストなような。とりあえずお父さんひどいなあ……。某シ●ジ君よりよっぽどひどいことになってる気がする。それでも、彼女と繋がってしまった彼の前途は四方八方どころか電子の世界にまで開けていて、さて彼はどう動くのでしょうか。

「さいごのひ」
関連作を読んでいたのでじわじわきました……。氷砂糖(作者ではないほうの)としては、マスターとの別れは「寂しい」ものであるとともに「必然」であり一種の「喜び」でもあるのだろうけれど、氷砂糖の一人称で物語が進むことや「高性能なものは『わたし』には必要ない」と言う控えめなところを含め、読者が氷砂糖を擬人化して感情移入するには十分な長さで。氷砂糖かわいいよ……。(ハンカチ握りながら)

「未完のポルタティーフ」
早瀬リーダーがポルタのことを「未完成」と言ったのは、たぶんポルタが彼女のシステム単体で完結するものではないからかなあ、と思いました。奏者がいて聴き手がいて音楽は完結するから。聴き手としてのヒトの未熟を「未完成」と称したのかなって。ヨルンとフリートが音楽を通じて一応の和解を見せたように、この輪が広がっていけばポルタの目覚める日はそう遠くないのかも。

「カバーイラスト」
フライヤーに描かれていた子の再登場におおっ、となるとともに、「林檎」=「知恵の実」であり「戻れない一線(一点)」であると解釈しています。クリアケースはAR/VRのイメージかな。すごいアイデア!

data

発行:ばるけん
判型:新書版 390P
頒布価格:1250円
サイトばるけん
レビュワー:凪野基