とある商人とイカサマ劇

 日没を報せる鐘が街に鳴り響き、人気の殆どない裏通りのとある一画に男達がぞくぞくと集まってくる。彼らは一様に頭から頭巾といったものを被っており、その表情を一切窺い知ることはできない。
 そんな彼らが次々と入っていく建物を、『彼』は一区画外れた脇道から顔を覗かせて覗き見していた。彼から見える範囲だけでも、建物入り口をはじめ周囲には守衛と思しき屈強な出で立ちの男が何人も立っている。
 彼は後ろに控えている奴に指示を出すと、壁を颯爽と登り一瞬のうちに屋根へと駆け上がる。そして屋根伝いに例の建物へと近づくと、どこかから侵入できる箇所はないかと目を光らせた。テラスへと降り立ち、鍵が開いている扉を探ってみるが流石にそれは無いようだ。
「仕方ないか」
 彼は、建物の中でも比較的大きなダクトに目星をつけ、そこに思い切り頭を突っ込んで侵入を試みる。勿論、途中で罠が張り巡らされていないか細心の注意を払い、仕掛けられた魔法を丁寧に無効化していく。そうして建物内部に見事侵入を果たした彼は、警備の人間に見つからないように物陰に隠れるなどしてやり過ごしながら、目的のものがどこにあるのか気配を探っていく。廊下を行き階段を降り、地下へと辿っていくと一つの扉にぶち当たる。やや開いていた隙間から身を捻じ込むと、その向こうは広い劇場となっていた。舞台では数人の男達が何やら物を運んで準備している。
 ――例の刻限まで残り一刻、急がねば――。
 彼は舞台脇まで息を殺して近づくと、丁度男達の視線が一斉に舞台から外れる瞬間があった。それを見逃さず裏まで一気に飛び込むと、更に下へと続く階段を降りていく。その先は、一列に並んだ扉が続く薄暗い廊下だった。
 彼は、首からペンダントのようにして下げた方位磁針を床へと置き、目標がどこにあるのかを再度確認する。針が指すのは奥から三番目手前にある扉。そこの前まで行くと、方位磁針の蓋に予め仕込んでいたごく小さな石を扉前に置いて祝詞を素早く唱える。扉が一瞬眩い光に包まれたかと思うと、施錠の外れる音。彼はすぐさま中へと入りこんだ。
「やはりここだったか。にしても、これはまた大胆不敵というべきか……」
 彼が目にしたものは、手足に枷を嵌められて呆然とした表情を浮かべる人間達であった。

『こちらの世界から行方不明になった人間を探す手伝いをして欲しい』
 彼が普段取引をしている探偵二人組からそんな話が来たのは一昨日の事、いつものように頼まれていた商品を搬入したときの事だった。訊けば、彼らが普段住んでいる世界へ不可解な次元の穴が開けられ、その現象と同時に行方不明者が出ているという。その痕跡を調べると、『彼』が普段様々な異世界を行き来する際に使っている通行許可書、その証文に似た働きを持つ文様が空間に刻まれていたという。しかし、彼の様に正式な商人が持つ通行許可書ではなく、どうも偽造されたものらしかった。
 彼と同じ商人。しかし相手はどうやらモグリ。
 これらの状況から、彼は一つの嫌な可能性を頭に浮かべた。つまり、次元の穴を空けた奴の狙いは、人間をあちらの世界から引きこみ……別の世界の商人へと商品として売り飛ばそうとしているのではないだろうか、と。

 以前から、あらゆる世界の物を非合法で売買するマーケットが存在することを彼は噂には聞いていた。が、実際こうして目の当たりにすると、眩暈を覚えるようだった。
 こんなことをしでかす奴らが同業の輩であるなどとんでもない。
 そう思いながら、彼は捕えられた人達の枷を次々と開錠していく。しかし、拘束を解いても彼らの意識は未だハッキリとはしないようだった。
「……薬を盛られたか、催眠でもかけられたか。兎に角、このような所に長居は無用だ」
 突如背後で扉が開けられる気配に、彼は慌てて近くの物陰に身を顰めた。
「っ! お前ら、どうやって枷を外した?」
 犯人一味と思しき男がさらってきた人の近くに詰め寄る。部屋に入ってきたのは三人。彼は小さく舌打ちをした。果たして、己だけで太刀打ちできるか。

 リィーン。

 ふと、近くで澄み切った鈴の音が響くのを彼の耳が拾う。指示していた奴がうまく建物内に侵入できたようだ。
 彼はすぐさま祝詞を唱えて此方の居場所を相手に伝えると共に、さっと飛び出して一番近くにいた男の顔目がけて一閃を振るう。
 左目付近を思い切り引っ掻かれた男は堪らずたたらを踏み、残りの二人に支えてもらう格好となる。
「痛っ、なんだこの『猫』! 一体どこから忍び込んできやがった!」
 その言葉が終わるや否や『彼』はすぐさま第二、第三撃をお見舞いしてやる。すっかり頭に血が上ったらしい男達は、武器を携えて彼を部屋の端に追い詰める。後ずさることもできない状況へと陥り、男達のうち一人がナイフを高々と振り上げる。
「失礼。こちらで取引される品々を確認したいんですがね。そちらにいらっしゃる大勢の方々が今夜の目玉、ですかな?」
 全員が扉の方向に視線を向ける。そこには、やや太り気味で人の良さそうな笑みを浮かべた中年の男が立っていた。その空気をまるで読まない呑気な調子に、男達が剣呑な様子で詰め寄っていく。
「……貴様、見ない顔だな。今夜に新顔が来るとは聞いていないが」
 男達の中でもリーダー格と思しき奴が声を上げる。と同時に、残りの二人も逃げ道を塞ぐように素早く中年の男を取り囲むように背後に回る。
「悪いが部外者にここを知られた以上、生かして帰す訳には行かない。恨むなよ」
 言うが早いか、彼は手にしたナイフを構えると中年男の懐に飛び込み腹をそれで貫く。分厚い肉が裂かれる嫌な音が響く。と同時に
「恨まないでくれよ。お前らみたいな非合法の連中が出しゃばると、こちとら真っ当な商売している側の連中は信用を失うもんでな」
「!」
 ナイフで刺されたにも拘らず平然としている中年男と、人間の言葉を喋る猫の様子に、男達が驚きを隠せない様子でいる。すかさず『彼』は中年男に叫び声を上げ指示を出した。
「そいつら全員収納しろ、一番奥の『特別室』へだ!」
 その声を聞くや否や、中年男は自らの両手をへその部分へと持ってきたかと思うと、そこに手を突っ込み観音開きの扉よろしく自らの腹を開いた。中には臓器があるかと思いきや、真っ暗な空間が広がるばかり。
 その途端、その暗闇の中から強烈に吸い込まれる力が部屋一帯に働き、掃除機よろしく様々な物が呑み込まれていく。男達は慌てて逃げ出そうとするも成す術なく、あっという間に中年男の体内へと呑み込まれていった。中年男が自分の腹を再び閉じると、物陰に隠れていた猫がその前に姿を現し、安堵で大きな溜息を尽いた。
「やれやれ、今回の為に一際大きい鞄を用意しておいて良かったよ」
 人語を話す猫が右手(?)を上げると、鞄と呼ばれた中年男は彼を抱き上げ肩に載せ、再び腹を開いて人質達を先程と同様に体内へ納めると、何食わぬ顔で部屋を後にした。

 ◆◆◆

「いや、今回は本当に助かったよ。後少しでも救出が遅かったら、さらわれた連中は二度と此方の世界に戻って来れなかっただろうしな」
 いかにも貧乏くさい事務所の一角にて、長髪の男が湯呑に入った茶を啜りながらそう呟く。
「いや、俺としても『商人』の犯行となったら黙っていられんよ。このモグリ共は後に津田達に突き出してやる。連中を『仕舞った』のとは別場所に行方不明者を『格納』し、この鞄と共に脱出する今回の仕事。支払は大目に頼むよ」
 そう応えて、向かいに控えている猫が机に置かれたミルクを啜る。その後ろにあるソファには中年の男が座っているのだが、先程から会話に参加することはおろか身じろぎ一つせず、電池の切れた人形といった感じでそこに控えていた。
「ま、『ソカック・ケデスィ商会』の店主の正体がまさかこんな猫だとは、馴染みでなければ誰も想像しないさ。な!」
 長髪の男はそう言って傍らの女性にウインクを投げる。

 そう、いつも猫を連れ歩き、水タバコをふかしているちょっと太った中年の男商人。
 パッと見は普通である彼が、実はあらゆる世界を股にかけ移動し品物をやりとりする商人の一人であることを知る者は少ない。ついでに、本物の店主は連れて歩いている猫の方であり、店主と思われている中年男をはじめとした従業員の殆どは、実はヒトを模して造られた鞄であり、それらを全てこの猫が操っている。
 この、何ともとんでもない大がかりな嘘をでっち上げる様子は、事情を知っている者から見れば滑稽そのものだが、そのことで様々な窮地を切り抜けてきた実例も多くあるため馬鹿には出来ない。
 何故そんな変わった『彼』の存在を、この長髪の男と助手と思しき女性はすんなり受け入れているかというと、彼ら自身もまた特殊な部類に入るからに他ならないからなのだが。

「ところで鳴海、報酬についてだが……」
「ああ、言われたブツについてはちゃんと用意してあるよ。確認してくれ、ケディ」
 鳴海と呼ばれた男はそう言うなり、机の上に麻袋をいくつか並べて口を開く。猫のケディが袋を覗き込むと、中には様々な香辛料やハーブが入っている。
「ふむ。ネズの実に胡椒に、おっとこれは高麗ニンジンまで入っているじゃないか。気が利くじゃないか鳴海。これならどの世界でも重宝されるだろうよ」
 彼は頷きながら、後ろに控えていた人形にそれらを運び出すように指示を出す。
「鳴海。お前、この植物も大半はお前さんの能力で大きく育てた奴じゃないのか? いっそのこと儲からない探偵業なんざ辞めて、農家にでも転向したらどうだ」
 猫にそう突っ込まれ、若き探偵社社長は盛大に噎せ返り、男装の麗人助手は呆れて雑巾を取りに行った。


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サークル名:すてばちや(URL
執筆者名:末広圭

一言アピール
ほのぼの日常もの、異能力アクションもの、ほんわかBLなど、その時々において気の向いたものをサイトに掲載しております。今回のお話は新刊と微妙に絡ませてますが、これだけでも楽しめます。

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