ライライ・ロングバケーション

「んあ」

畳に寝転んで、宿題との激しい戦闘を繰り広げていたみかんの耳元で、けたたましく携帯が鳴った。当然だが宿題のほうがまだ圧倒的有利。それはさておいて、自分の携帯はまだ持たせて貰えそうにないみかんは、液晶画面に表示された着信元の名前を見て、台所にいる持ち主に向かって叫ぶ。

「たかーみね!!電話だ!!リンジー!!」
「ああ!?ウッソマジであっ無理だ手離せないわ!みかん出れるなら出ろー場をつなげー!」
「ああーい!」

宿題から目を離す口実ゲットだ。自分の手では持て余す大きなスマートフォンを両手で引っ掴んで、画面を横にスライドさせる。初めて電話を取ったときに、どうしたらいいのか分からなくてギャン泣きした自分はもういないのだ。トーゼン、成長ってやつだね!する相手も特にいないドヤ顔をしながら、みかんは電話に出る。

「もしもし?リンジー?」
『……あれ。みかん……みかんか』
「うん!タカミネいまご飯作ってんの」
『あー。あー……そっちはそういう時間か……悪い』
「いいよー気にしないでー、なんかタカミネが場をつなげーって言ったからみかんしゃべるけどいい?いいよね、しゃべるね」

電話の向こうにいる人の顔は、みかんもよく知っている。よく知っているもなにも、昔……えーと、だいたい10年くらい前、びっくりするほどお世話になった。具体的に言うと、ごはんをもらったり、毎日泣きついたり、病院に連れて行ってもらったりした人だ。
リンジー。水族館の飼育員だった人。今の仕事は確か、テクニカルスタッフ。こっちの言葉だとダイガクノジッケンホジョイン?よくわからないけど、実験する人なのは教えてもらった。リンジーはすごい。ってタカミネが言ってたので、きっとものすごくすごい。

『あ、いや、……まあいいか……うん、いいよ』
「やーったー。みかん今ねえ、宿題飽きてきたころだったからねえ、ちょうどよかったんだあ。リンジー元気?ぴんぴんしてる?」

宿題の提出日が割と近いのは、考えないことにする。ヒユキおじさんが言うには、タカミネよりはずっと(宿題をやろうとするので)えらい、ってことだったので、みかんはとってもえらいのだ!宿題終わらないけど。終わらない気しかしてないけど。あっこれあとでめちゃくちゃ怒られるやつな気がしてきた。

『……元気だよ。心配ない……宿題は大丈夫なのか、それ。ノエが聞いたら卒倒しそうだな』
「うーん大丈夫!みかんえらいからね」
『終わんなきゃえらくないかもなあ』

みかんのお父さんは、タカミネでもないしリンジーでもない。本当のお父さんは、みかんがまだまだずっと魚だったころに、車に轢かれて死んでしまったのだという。だからか知らないけれどタカミネは、みかんが車の前とか近くで、危なさそうなことをすると、ものすごい剣幕で怒ってきた。
みかんのお母さんはどうしているのか、って? タカミネとリンジーの言うことは、全然違う。タカミネは、お父さんを探して出ていって、どこにいるのか分からないって言う。リンジーは、頭がおかしくなって飛び出していった、って言う。どっちも間違ってはいないけれど、どっちも嘘をついている。みかんはそれを知っている。

「えーでもね。タカミネは宿題やんないで怒られてたってね、おじさんが言ってたからね、みかんえらいよ」
『それは……そうだな……』
「オイみかん!余計なこと話してんじゃねえぞ!」

みかんだって嘘つきだ。
みかんは人間ではない。人魚だ。人間の世界にいてはいけない魚だ。けれど、リンジーがいろんな人に協力してもらって、いろんなところで嘘をついて、今ここでタカミネと暮らしている。みかんのみかん、って名前も、本当の名前ではないし、普段はみかんのお父さんは、タカミネだってことになっている。鷹峰みかん。それが、今のみかんの名前で、本当の名前じゃない。
誰かに名前を名乗る時、鷹峰みかんと名乗るたび、みかんは嘘をついている。

「話してなぁいー!」
「うっせえ聞こえてんだよ、みかんのぶん減らすぞメシ」
「やあだー!!」

嘘をついてはいけません、って教わった。
けれど、嘘を塗り固めて、生かされている。
必要な嘘もあるんだって、言われたけれど。

「……リンジー?」

電話口から少し注意が逸れた間に、断続的に、咳き込む音が聞こえた。

『……ん、悪い』
「んーん」
『今日のメシは』
「メンチカツ!!」
「ちげーよコロッケだよ!!」
「えーーーーータカミネ嘘ついた!!みかんに今日メンチカツだって言ったよ!!」
「メニュー変更!!隣からじゃがいも山ほど貰ったのが全部悪い」

聞いてない。聞いてないって言ったらきっと、聞いてこないほうが悪いって言うのだ。でもお隣さんのじゃがいもはおいしいので、メンチカツじゃないのは残念だけどコロッケでもハッピー!!みかんはリンキオウヘンってやつだ。
タカミネがキッチンから戻ってきたので顔を上げると、皿に盛り付けて食卓に運ぶように言われた。つまり電話を代われと言うことだ。電話口の向こうの相手のことを全く顧みず、携帯を放り投げるように渡して、おいしそうな匂いのするキッチンに走っていく。山盛りのコロッケは、ヒユキおじさんたちとシキねえちゃんとタカミネと自分の5人で食べきるには多すぎるような気もしつつ、みかんはたくさんごはんが食べれるので全然余裕な気もした。

「んまそう」

一個くらい摘んでもバレなかろう。お駄賃のつもりで小さめのやつを選んで口に一つ放り込んで、それから食器棚から人数分の皿を出す。ひとよりずっといい耳が、向こうの部屋の電話の会話を拾ってくる。

「……」

みかんは嘘つきだ。毎日全力で嘘をつきながら暮らしている。名前からして嘘つきだからだ。それと一緒に住んでいるタカミネも、この家の人もみんなそう。それから電話の向こうのリンジーだってそう。
リンジーはみかんが分からないと思って、元気だよなんて言ったみたいだけど。

「もっこ食べようかな」

お皿を出してご飯を盛っていたらお腹が空いたので。は、ほんとだけどちょっと嘘。
リンジーがみかんに嘘をついているのが分かって、ちょっと悲しくなったのをごまかしたい方が、ずっとほんと。
そう思って揚げたてのコロッケに手を伸ばしたら、電話を切った気配がする。あっやばい。慌ててコロッケを口に放り込んだら、ちょうどこちらにやってくるタカミネと目が合ってしまった。

「ほはっは?」
「みかんそれ何個目だ」
「ひっこ!一個目!!」
「嘘つけ」

仕方ないじゃん。揚げたてコロッケにはどうやってもみかんは勝てないのだ。嘘です強い意思があればちゃんと勝てる。今なかっただけで。
自分の茶碗にご飯を大盛りにしている間に、千切りキャベツを大皿に乗せた上にどんどんコロッケが積まれていく。

「リンジー元気だった?」
「うん」
「ほんと?」
「ほんとほんと」

タカミネは嘘をついている。みかんはそう思っている。でも、嘘をついているような顔には見えない。もしかしたら、ある時点から見てみたらほんと、とかなのかもしれない。そこまで考えるとめんどくさくなってくるので、みかんは考えるのをやめた。
今はごはんの方が大事なのだ!これはほんと。

「みかん宿題は?」
「んー。だいじょうぶ!」
「嘘だな。飯食ったら続きやれよ」
「ちぇっ!だまされないか」
「俺は宿題やらなくて怒られてたプロだからな、もうめちゃくちゃわかる」

嘘で固められ放題の家だ。みかんも、タカミネも、がんじがらめにされている。
それでも全然息苦しくなくて、冷たくもなくて、むしろ暖かいくらい。嘘の中からだってほんとは生まれる、ってくらい、みかんはタカミネのことが大好きだ。それはもちろん、なによりもほんとのこと。


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サークル名:まよなかラボラトリー(URL
執筆者名:紙箱みど

一言アピール
俺が!俺達が!!人魚過積載トラックまよなかラボラトリーだ!!
人魚と水族館と海を愛でつつうちのこかわいいジェットエンジンで爆走するサークルです。最近二人乗りになりました。
ジェンガを綺麗に積んでおいて盛大に崩す方です。アクリルガラスシリーズをよろしくお願いします。

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