告白

「失礼します」
「どうぞ」
 おそるおそるカーテンを開けると、ベッドの上の人物と目が合った。
 穏やかな表情をしたその人に、見覚えはない。
「××さん?」
 どこか嬉しそうに、相手は問いかけてくる。
「……はい」
「呼び出したりしてすみません。来てくれてありがとう」
「あ、いえ」
「いやいや、遠いところすみません」
 にこにこと微笑みを絶やさない相手に対して、こちらは逆に困惑を隠せなくなる。
――これが僕を呼び出した本人、なのか?
 言動からすると間違いない。しかし。
「何もありませんけど、まぁ一服してください」
 傍らの棚から缶コーヒーを取り出してこちらに渡してくる。
「……どうも」
「あはは。驚きましたよね。無理もない」

 ツイッターのとあるアカウントからDMが届いたのは一週間前のことだった。
 内容はただ、今日の午後、ここに来てくれないかと。
 年末が繁忙期の職場に勤める僕は、前借りでまとまった冬休みがもらえたと呟いていたし、それを把握した上での呼び出しだったんだろう。
 京都の片隅にあるこの病院。同じく関西住まいとはいえ、用もない土地へのちょっとした小旅行に抵抗がなかったわけじゃないし、「秘密を打ち明けたい」とぼかされた用件に不審を覚えなかったわけでもない。
 それでもわざわざこんなところまで来たのは、ただただ僕が暇だったからだ。
 秘密とは何なのかまったく気にならないと言えば嘘になるし、同じイベントに出たことがある顔見知りのフォロワーが入院しているなら見舞いに来るくらいはしたっていいだろう。もしかしたら深刻な話かもしれない。相手は件のイベントで企画の主催をしているから。
 何故僕なのかはわからないが、比較的近場にいて都合のいい時期に休みだと呟いていた。それだけで十分だったのかもしれない。
 そんな風に一週間かけて組み立てた『そこに行ってもおかしくない理由』。
 根本的な間違いに気づいたのは、ここに来る途中だった。

――あれ? 騙された?
 いたずらだったのかもしれない。しかし、それにしては指定された場所が詳細すぎる気がした。何か理由があるのかもしれないし、それなら聞いておいたほうがいいのかもしれないと、引き返さずにここまで来た。
 けれどあらゆる希望的観測を裏切って、僕を呼び出した人物はそこに座っていた。

 当然のように、顔見知りだったはずの相手の姿はそこになく。
 ベッドで身を起こしているのは初老の男性。
「あの、」
 何度も口を開いては、言葉に詰まる。
 どちらさまですか、という言葉を口に出してもいいものだろうか。
「お会いするのは初めましてですね、××さん。私は――――」
 彼は自己紹介する。おそらく本名。それはもちろん聞いたことのないものだったけれど、それに続いて出てきた名前は。

「ツイッター上の名前を、『桂瀬』といいます」

 あまりに堂々とした様子に、こちらが戸惑ってしまう。
「えっ、と」
 前述の通り僕は桂瀬氏と会ったことがあるし、おそらく今のはそれをわかった上での発言だ。
 相手からすれば衝撃の告白なんだろう。
 どこから突っ込めばいいのか。
――気づいてないと思ってるのか?
 いや、さっきまで気づかなかったのは事実だが。
「それは、嘘、ですよね」
 DMを送ってきたアカウントは、件の桂瀬と同じアイコンを使ってはいるものの、「kasturase」というぱっと見気づかないようなIDになっていた。フォロワー以外からのDMを受け取れるようにしていたのが仇になったようだ。それも僕が選ばれた理由だったのかもしれないけど。
 それでも、それに気づいても引き返さなかった理由は。指定された場所にいるのは呼び出した人とは無関係の他人かもしれないと覚悟してまで、ここにきた理由は。
 わざわざ偽のアカウントを作って僕を呼び出し、相手が何をしたかったのかが知りたかったのだ。何もなかったとしても、笑い話やいたずらの注意喚起くらいはできると。
 しかしそれなら、正直、今の言葉は失敗だったかもしれない。指摘などせず、このまま騙されている振りをしたほうがその理由を知ることができたのかもしれない。けれどもう引き返せない。僕はただじっと相手を見据え、出方を待った。
「あぁ。やっぱりバレましたか」
 警戒をさらりと受け流し、自称桂瀬は笑う。けれどそれは一瞬。
「偽アカ作って連絡したのは謝ります」
 その目は、
「けど、信じてください」
 その口調は、
「今言ったことは嘘ではないんです」
 言葉を続けるごとに真剣になっていく。
「……秘密を、告白します」
 彼は、絞り出すように。

「あなたの知っている桂瀬は、桂瀬じゃない。彼女は、私の代役だったんです」

 話の方向が、見えなくなってきた。
「は? 何? 代役?」
「昔なんとなく決めたペンネームを使い続けてましたが、私はこの通りおっさんですから。だからイベントに出る場合はいつも彼女に代役を頼んでました。架空の人物、『桂瀬衣緒』を演じてもらってたんです」
「え、っと、じゃあ、ツイッターは?」
「私でした。あの企画を立ち上げるまでは」
「それ以降は……今は違うってことですか?」
「手が回らなくなりましたから。その辺りから体も悪くしてしまったので、彼女と手分けして管理してました。……今から考えれば、それが間違いだった」
 男の表情が曇る。
 なるほど。つじつまは合っているのか。けれど、まだ何が目的なのかわからない。
「きっと企画を始めて、知名度が上がったからだと思います。彼女は私に成り代わろうとしている。なにせ今までのことを……ツイートも、個人的にやりとりしたDMも、全部知ってるんです」
 青ざめた顔で震えながら。
「その気になれば簡単に乗っ取れる」
「待ってください」
 だんだんと大きくなる声。これ以上興奮される前に、制止した。
「……言いたいことはわかりました。でも、だからなんですか。僕に、助けてほしいとでも?」
 これは無慈悲な言葉なのかもしれない。けれど、それが本当だったとして、彼女は別に犯罪者というわけではない。正直何もできないし、何をしたいのかも未だ見えない。
 我に返ったのか静かになった彼は、一度ゆっくりと目を閉じる。
「あなたを呼び出す少し前、余命宣告を受けました」
 一瞬、息が詰まった。
「あほらしいと思うでしょうが、言ったとおりですよ。私は秘密を告白する。それだけです。信じていただければ、それで」
「……信じると思いますか?」
 それが本当なら、どうして本物のアカウントから連絡してこなかったのか。紛らわしいIDを取得して騙すようなことをしなくても、簡単に今の話を証明できたはずなのに。
「信じてもらえないならそれまでで構いません。アカウントのパスワードも変えられてしまったし、もう私に証明できる術はありませんから」
 彼はそう言って、肩を落として見せる。
 つまり、パスワードを変えられてしまったから偽のアカウントを取ったという主張だ。
「それでも、このまま私という存在が消される前に……消える前に、告白しておきたかった。本当のことを、誰かに知ってほしかったんです」

 何が本当で何が嘘なのか、わからない。
 僕の知る桂瀬衣緒がここにいない以上、彼の言うことは一方的な証言だ。真実はわからない。そもそも会ったばかりの怪しい人物の言うことを信じろというのが無理な話だ。もしかすると彼は正気ではないのかもしれないし、余命の話ですら本当かどうかわからない。
 なら、結論はひとつだ。
「……すみません」
 信じたところで出来ることはない。それなら、この胡散臭いおっさんの言うことをすべて嘘だと思ったほうが気が楽だった。
「僕には、信じることはできません」
 コーヒーごちそうさまでした、と席を立つ。
 信じるフリでもしておけばいいものを、我ながら不器用なことだ。
「そうですか。残念です」
 案外あっさりと彼はこちらに興味をなくし、無気力な顔を窓に向ける。つまらなそうに吐き出されたため息から感じられたのは、演技を解いてどうでもよくなった演者の投げやりさだけだった。
 カーテンを閉め、僕は無意識に息をつく。やはり全部嘘だったのだと、騙されなかった自分に安堵していた。
 けれど。

「馬鹿だねぇ……調子に乗ってあんなツイートしなかったら怒らせずにすんだのに」

 誰相手でもないうわごとのような呟きに、僕は思い出した。

 何故僕が普段それほど関わりのない桂瀬からのDMを本人からだと信じてしまったのか。
 アイコンやIDの偽装だけじゃない。

 #いいにくいことをいう日
 悩んだけど重大な秘密を告白する。
 あとでフォロワーさんひとりだけにDMしようと思う。

 二〇一六年一一月二九日二一時三九分。
 DMが来る少し前のあのツイートは、確かに僕のタイムラインに表示されていた。桂瀬衣緒本人のアカウントだったのだ。

 あれが、彼が『彼女』を怒らせたツイート?
 彼があのツイートをして、怒らせた――いや、告白を恐れた彼女にパスワードを変更された?
 そして慌てて、偽のアカウントを取得して僕に連絡してきた?
 ――まさか。

「……偶然、だよな」

 そんな独り言で、小旅行は後味悪く幕を閉じる。
 病院を出るその瞬間、女性の形をした桂瀬衣緒が、僕の脳裏でくすりと笑った。


Webanthcircle
サークル名:SiestaWeb(URL
執筆者名:桂瀬衣緒

一言アピール
どんでん返しと伏線回収を目指して微妙に失敗した感じの若干ミステリ風味の創作文章ものを主に書いています。が、今回はなんか変な話になりました。
その中身、本当にその人ですか?

Webanthimp

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