このお話はフィクションです。

「あーなるほどねー、それで死んじゃったんだー」
 自転車がダイナミックにトラックに激突する映像を見ながら、軽快な口調で、目の前の男は目をぱちくりとさせた。その手には黒い筒状のものが握られており、小型のプロジェクターになっているらしい。それで俺の一生を映していた。
 このおかっぱ頭でメガネをかけた小男の説明によれば、俺は今三途の川を渡る船に乗ってあの世まで向かうところの途中らしい。らしい、というのは、気が付いたらこの船に乗せられていたし、そしてすぐこの男に連れてこられたから本当のところはわかっていない。
「でもさーこれ悲惨だよ? なにしろ死の直前で嘘ついちゃってるからなあ。俺の見立てじゃまず有罪は避けられないね。危険運転致嘘罪(きけんうんてんちきょざい)で懲役三万年くらいかなあー、どうする?」
「三万年?」
 終身刑とどこが違うんだ。まあ、俺死んでるんだけど。
 そもそも危険運転致嘘ってどういう罪だ。嘘に至っちゃいかんのか。
「うん、ま、せいぜい三万年だね。俺も頑張ってみるけどさー、だって税金だし? 安いんだよねー報酬」
「ま、待ってくれ。話が見えない」
 さっきから「話が見えない」という言葉を十回以上は使っていると思う。この男の説明は手馴れすぎていて大事な部分がすっぽりと抜け落ちている。
「あれ、さっきからちょっとずつ思ってたんだけど、ひょっとしてひょっとして、お兄さんもしかして、死ぬの初めて? 死に童貞?」
「普通の人は死ぬの初めてだと思うけど? てか童貞って言うのやめて! 違うから!」
「いやいやお兄さん、隠しても無駄よ? 俺わかんだから。死に童貞でしょ?」
 男はにやにやしながら近づいてくる。なんなんだ。大体死に童貞ってなんだ。さっきまでわかんなかったじゃないかよ。
「いやー久しぶりに見た。転生帰りかと思ったらマジか。いやかわいそう。ほんとかわいそうだねお兄さん」
「せめてトオルって呼んでくれよ。二十歳で死んでるけど、名前はあるんだよ」
「じゃトオルちゃんね」
 ちゃん付けかい。
「悪い悪い、俺ね、人間時代やんちゃしすぎちゃって閻選警護人(えんせんけいごにん)やらされてんだけど、給料安いくせになぜかロクな奴あたったことなくてさ、みんな地獄からの転生帰りだったから、ふつーにこのシステム知ってんのかと思ったんだよ」
「どういう人生だったんだよ」
 というか閻選警護人って何だ。話の流れからして国選弁護人的なやつなのかそれは。
 などとどうでもいいことを考えていたら、男はわざとらしく咳払いをし、おかっぱ頭を激しく揺らした。そしてずれたメガネを直す。しっかしブサイクだなこの人。
「あのねトオルちゃん、君は今回初めて死んだわけだけど、死後あの世に行くのに審査があるわけ。まあ簡単に言うと、天国に行くのか地獄に行くのかを決めるみたいな感じだと思ってくれればいいかな。で、この船があの世に着いたら本審査なんだけど、今、ここで俺たち閻選警護人による予備審査があるのよ。……ここまでついてきてる?」
「ああ、わかった」
 俺が軽く返すと、男は少し目を丸くした。
「トオルちゃん本物の死に童貞だねー」
「なんで?」
「どんな転生帰りでも、だいたいここで三回くらいはアホな質問してくるからさあうん。……やっぱ頭のつくりが違うんだね奴らとは」
「いいから先を」
「クール! そういうキャラづけ大事! で、これが重要なんだけど、君の人間時代の一生を見れるのは俺だけなのよ。閻魔先生は俺からの報告を聞くだけ。つまり……」
「あんたが嘘をつけば俺は助かるってことか」
「とんだサイコ野郎だなお前!」
 某お笑い芸人にどことなく似ている彼は、その芸人よろしく鮮烈なつっこみを放った。
「まあ結論を言えばそうなんだけど、俺たちは嘘をつけないようにはなってるわけ。だってそんなことしたら大変なことになっちゃうから」
 まあそりゃそうか。
「で、今君の人生を俺がいい感じに、そういい感じにまとめて閻魔先生に報告するとするじゃん? そうするとだいたい懲役三万年になるわけよ」
「三万年って長すぎでしょ。長杉晋作ですよ」
「トオルちゃんそれ高杉晋作だから。あ、ちなみに高杉さんは懲役二億年だったかなあ」
「地獄にいるんだ! しかも二億年?」
「そりゃそうよ、同族殺しちゃってるし。むしろ殺し系の罪の中では軽いくらいよこれ。確かね、人間組織を正常化させるだけの大義名分があったっていうのと、その志半ばだったというのが情状酌量の余地があったって話」
「情状酌量の余地があって二億年なの?」
「うん。殺しは罪重いから普通五億年くらいじゃなかったかなあ。それに比べれば三万年なんて鼻くそみたいなもんでしょ?」
 スーツ姿の警護人は、いけしゃあしゃあとそんなことを言う。
「でも三万年なんだな」
「うん、三万年ってところ。運が良くて二万五千年くらいかなあ。ま、それ終わったらまた生まれ変われるから。輪廻に戻れるから」
「そういうシステムなんだ」
「そうそう、そういうことでござんす。さて、トオルちゃん、このままだと君はほぼほぼ懲役になります。でも、実はそれを避ける方法が一つだけあるのよ」
「まさか……司法取引的なやつなのか、それは」
 なんとなくそんな気がしたから言ってみただけだ。
 しかし、この男は「うっひょ?」と言いたそうなくらい驚いた顔をしていた。
「さすが! 死に童貞は違うね! ビンゴよビンゴ!」
 彼が言うには、今回の場合は、嘘をついたことが原因で俺は死んでいるうえに、余計な死をも巻き込んでしまっているらしい。だから、その場面で嘘をつかずに定められた年数――ここでは、三十年だということだ――を生きられれば、懲役三万年を避けられるとのことだ。
「まあ、普通は三万年くらいじゃリスクのほうがでかいから、懲役三万年を選ぶけど、トオルちゃんアレだもんね、童貞だもんね」
「いや、童貞ではない」
「間違えた、死に童貞ね?」
「たぶん、それはそうだと思う」
「しょっぱなの死で地獄行きって、あとあとの印象がよくないからねー、確実に輪廻に響くからねー」
「生きなおしたほうがいいと?」
「まあね。うーん、でも、無理にとは言わないよ? さっきも言ったようにさ、このデフォの状態から三十年長く生きなきゃいけないわけ。それより一秒でも短かったら懲役三万年以上は確定だからねー」
「嘘をついてないのに?」
「一回生きなおしちゃってるから。それに生きなおしたぶん、別の罪に問われる可能性が大なわけですよ」
「というか、今思ったんだけど」
 ふと気になった。本当に、ふと。
「無罪で天国に行ける人ってどれくらいいるの?」
 男はにやりと唇をゆがめて、
「んーそれ聞いちゃう? トオルちゃん、察そうよそこは」
 要は教えたくはないということか。
「いや、でも聞いとかないと判断できないし」
「あっそう。……うーん、まあ、三年にひとりくらいかなあ」
「少なっ!」
「あとはまあだいたい、軽いやつだと懲役三千年くらいからだし、さっき言ったみたいに上はもうキリがない世界だからさ、だからあんまりおすすめしないって言ってるんだけどね」
「でも、俺がここで懲役をくらうと」
「次の輪廻で不利になるね、確実に」
 なんだそりゃ。次の輪廻に配慮するのもなんだかむかつくが、そもそもこれは俺の人生なわけで。
「生きなおす! 生きなおせるなら絶対そうする!」
「うんまあそういうと思った。だってあんな死に方してるんだもん、俺だってそういうわ」
「でしょ?」
「うん」
 メガネの男は深くうなずくと、プロジェクターになっていた黒い筒をくるくると回した。
「はいはい、ではですね、トオルちゃんはこれから生きなおしってことで今手続きしましたから。三十年頑張って生きてくださいねー。ではでは、いってらっしゃーい」
 急に目眩がした。頭がくらくらする。
 目の前が真っ暗になった。

 気がつくと、俺は佳奈子の目の前に立っていた。周りを見回す。あの橋の上。自転車に乗っている俺。
 死ぬほんの少し前。つまり、嘘をつく直前に戻されたわけだ。
「馬鹿! なんでいっつもそうなの?」
 怒鳴られて、この後俺は嘘をついた。
 だから、言ったことの反対を言えば、少なくとも嘘をついたことにはならないはずだ。
「自分のことばっかり考え過ぎ! あたしがトオルのこと、どれだけ好きかわかってんの?」
「うるせえ! 俺は今から死ぬ!」
 そう言って俺は自転車を走らせ、橋を下った。
「ちょっと何言ってるの?」
 あれ、待てよ。
 何かがおかしい。

 聞き覚えのあるトラックのクラクション。
 もしかして、俺、なんか重大なミスしてない?
 そして。
 人生二度目の衝撃で世界は再び暗転した。

「いや、ごめんトオルちゃん訂正するわ。やっぱあんた馬鹿だわ。馬鹿でしょあんた」
 気がつくと俺は船の上に戻されていて、例の男に怒られている。
「いやねトオルちゃん、『俺は死なない!』って言わないで反対のこと言ったのはまあわかるよ。それ原因で罪に問われてるんだから。でも、そこでなんで走り出しちゃうかなー。走り出した結果あんたここにいるんじゃなかった? 確かにこれなら危険運転致嘘罪にはならないけど、もともとの罪があるから結果チャラ! 懲役三万年ほぼ確! 俺の努力と税金が無駄! わかった?」
「すみません」
 平謝りするしかなかった。
「まあ、それはそれでいいんだ、もう」
 例の男は一息つくと、意外なことを言った。
「よかったよー嘘ついて」
「え、嘘?」
「一世一代の賭けだったんだから」
 メガネがぎらりと光る。
「どういうこと?」
「いや、あの、うん、あのね、つまり黙っててごめん。実はさっきの、トオルちゃんがそのまま生き直したらどうなるか、っていうモニターモードだったのよ。いや、なんかいやな予感してさあ、とっさにやっちゃったんだけど、結果オーライだったね」
 筒状のものから出てきた映像をみて、男は少しだけ明るい表情を見せた。
「まあつまり、君に生き直しが絶望的に向いてないということがわかったわけだけど、これでもう一回チャレンジする? そうすると失敗した場合懲役五万年は堅いと思うけど」
「……そのまま、地獄に生きます」
「うん、その方がいいと思うよ。俺もここまできたら一蓮托生だからさ、君の懲役二万年目指して弁論頑張るわ」
 男は中指でメガネを直した。
 その横で、筒から出ている映像に文字が浮かんでいるのを、俺は思わず盗み見てしまった。

「閻選警護人 懲役情報 残り一億八千五百三十二万二千八百九十一年と四十五日 主罪 業務上過失致嘘罪 他五十九件 判決 懲役二億四十二万年」


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サークル名:まんまる書房(URL
執筆者名:ひざのうらはやお

一言アピール
同人誌批評から幻想小説、キャンパスライフ・ファンタジー、黒髪ロング一重まぶた微乳お嬢様系女子トリビュートなど偏厳自在のライター、ひざのうらはやおによるソロプロジェクトです。本人が球体の生物に擬態していることからその名がつけられました。今作は緩いコント調ですが、ブースでは様々な短編を「詰め放題」でご用意しております。

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