炎に宿す魂の祈り

 辺りが少しずつ暗くなる中、火が灯っていないランタンを片手に、亜麻色の髪を首もとで結った少女は町の郊外に向かっていた。少女以外にもランタンを手にして石畳の上を歩いている人が多数いる。子どもから老人まで年代は様々、男女比はほぼ半々という割合だ。二人以上で歩いている人が大半なため、一人で歩いている少女はその様子を見ると寂しくなった。
「熱を出しちゃ、しょうがないよね……」
 母親と二人で来る予定だった。だが母親が体調を崩してしまったため、セシリール一人で来たのである。
 今日はマルドゥーラ町で毎年行われる、死者の魂を迎え入れる降臨祭(こうりんさい)。ランタンに火を灯して魂を迎え、三日後に死者の魂がいるべきところに還す祭りだ。
 大好きだった祖母を一昨年亡くしたセシリールにとっては、彼女と過ごした出来事を思い出す日でもあった。
 町の傍にある森に入ると、人の行列が見えてくる。その集団の後ろにつき、彼らの動きに従って進んだ。前にいる人の背中をぼんやり眺めていると、隣から声をかけられた。
「ねえ、あなた一人?」
 焦げ茶色の髪を緩く巻いた少女が横にいる。十五歳のセシリールよりも一、二歳上に見えた。問いに対して頷くと、彼女はぱっと表情を明るくした。
「あたしもなの! 本当は兄さんと来るつもりだったんだけど、仕事って言われて。よかったら並んでいる間、話さない? こういう日って誰かと話をしていないと、気が紛れなくて……」
 はきはきとした物言いをしているが、最後の方は視線を下げていた。彼女も降臨祭で親しい人の魂を降ろす予定なのだろう。彼女の言い分はもっともで、一人でいると祖母のことを思い出してしまい、不意な拍子で涙が零れそうだった。
「いいですよ。私も誰かと話をしたかったので」
「ありがとう! あたしはコルナ。よろしくね」
「セシリールです。よろしくお願いします」

 二人で歩きながら他愛ない話を始めた。コルナの話題は豊富で、相槌を打つだけでもあっという間に時が流れていく。ふとした拍子であることを話すと、彼女の目は大きく見開かれた。
「セシリール、それ本当? 降臨祭で使う粉を自分で調合したって」
「本当だよ。父さんが働いているランタンを作る工房で出た木くずや鉄くずを集めて、火にまぶしたら綺麗な色がでたの」
「つまり何気なくいじっていたら、マナが取り込まれたってこと? かなりすごいことだよ……」
 マナとは自然界に漂っているエネルギーのことで、神秘的な事象を起こす根元として人々は見なしている。普段は目に見えず利用できないが、少々手を加えれば物に宿して扱うことができた。だがマナを物に宿すのは容易なことではない。経験と努力と少しの才能が必要と言われていた。
 代表的なものは人々の列を照らしているランプ。溢れんばかりのマナが供給されているため、ほぼ無限に光を発せられる。
 セシリールは視線を下げて、頬を軽くかいた。
「本当に偶然だよ。成分が良かっただけだと思う」
「どんな色?」
 目を輝かせながら聞いてくる。セシリールは半歩下がった。
「地味な単色。若干くすむだろうし……。売っている粉を使った方が綺麗に色づく」
 市販のマナが含まれている粉は、値段は高いが鮮やかな色を発する。今回は節約のためにセシリールが作った粉を使うだけだ。
「そうなんだ。じゃあこの話は実際に色を見た後にしよう」
 それ以後、マナについては触れずに会話を続けた。
 やがて列の切れ目が視界に入り、炎を分け与えている人たちが見えてきた。彼らの背後には煌々と焚かれている炎がある。
 二人は列の一番前になると、ランタンの蓋を開いて係りの人に手渡した。彼は松明に炎を移し、それをランタンの中にあるロウソクに灯した。温かな炎が燃え上がる。
 明るくなったランタンを手にして、セシリールとコルナは列から外れた。脇道を通り、森の中を歩く。暗がりの中を足下に注意して進んだ。
 森を抜けると、美しい満月が映っている湖に辿り着いた。至る所で様々な色の炎がランタンの中で燃えている。脇道から出たばかりの場所は人で溢れていたため、離れたところに移動した。
 人気(ひとけ)がなくなったところで腰を降ろそうとすると、突然森にある茂みが音をたてて動き出した。二人はびくりとしつつ振り返る。すると唸り声をあげた一匹の大型犬が現れた。両足を伸ばせば簡単に人を覆える大きさである。
 セシリールは大きさに驚きつつも、犬であったためほっと息を吐いていた。だがコルナは眉をひそめている。
「……マナの香りにでも惹かれてきたのかな」
「どういう意味?」
 きょとんとしていると犬が激しく吠え始めた。鋭い犬歯を見せながら唸っている。そしてじりじりとこちらに寄ってきた。
「どうしてこっちに来るの? 私たち何かした?」
「ただの動物じゃない、マナの影響を強く受けてしまったマナ生物だよ。しかも悪い方に……。面倒なことになった」
 コルナはセシリールに自分のランタンを押しつけて、肩掛け鞄から大ぶりのナイフを取り出す。それを赤い瞳のマナ生物に先端を向けた。
 自然界のエネルギーの影響を極端に受けた、通常の生物よりも能力的に優れている生き物をマナ生物という。外見的特徴は動物であれば瞳が赤い。
 犬のマナ生物がゆっくり歩み寄ってきた。二人は一定の距離を保つために下がる。あの歯に噛まれたら痛いどころではすまない。大怪我か息の根を止められる。
 コルナはナイフを持っていない手で鞄の中を探った。
「最悪……。今、手持ちがない。あたしだけじゃ、どうにもならない。――セシリール、ちょっといい?」
「何?」
「火を与えているところに行って、応援を呼んできて。そこにいる人なら――危ない!」
 彼女はセシリールを覆うようにして、押し倒した。マナ生物が跳躍し、二人の真上を飛んでいく。倒れた衝撃でランタンが地面に転がった。
 コルナは素早く片膝をつけて起き上がり、マナ生物を睨みつけた。
「完全に敵と見なされて――」
 照準を定めたマナ生物は、二人に向かって突進してきた。犬歯と大きな舌をだらりと下げている。彼女は舌打ちをしつつ、ナイフを突き出した。
 瞬間、マナ生物が進む方向の地面に矢が突き刺さった。マナ生物は慌てて足を止める。
 セシリールたちは矢が放たれた方に視線を向けた。その方角から一人の青年が駆け寄ってくる。弓と矢筒を担いでいる彼の手には小瓶が握られていた。
 マナ生物は青年の姿を確認すると、一目散に彼に向かって走り出した。
「逃げて!」
 眼鏡をかけた青年はその言葉を無視し、マナ生物に近づいていく。すぐ傍にまで来ると、蓋を開けた小瓶を振りかざした。青色の細かな粉がかかっていく。浴びた犬はその場に止まり、まるで石像のように動かなくなった。
「まだ魔物にはなってないな」
 青年は固まったままのマナ生物に手を触れた。
「正しき姿に戻れ――」
 するとマナ生物がその場に腰を下ろした。うなだれていたが、ほんの少したつと顔を上げた。彼は口元に笑みを浮かべ、犬の頭を撫で始める。
「よしよし元に戻ったな。騒ぎになる前にさっさと行け」
 そう促すと犬は立ち上がり、尻尾を揺らしながら森に戻っていった。
 一部始終を呆然と見ていたセシリールは、未だに腰が抜けたままだ。コルナはランタンを立たせて、自分の服をはたいている。横になっていたが幸いにもロウソクは倒れていなかった。その間に青年が近寄り、放った矢を回収していた。
「怪我は?」
 青年の問いに対し、セシリールとコルナは首を横に振る。彼は「わかった」と端的に言い、背を向けて立ち去った。
 颯爽と去った青年の背中をぼんやり眺める。横顔が凛々しかった。マナ生物と対峙して緊張したのもあり、鼓動が速くなっていた。
「今の人、何をしたんだろう」
「マナの加護を解き放っただけだよ」
 コルナがあっさり答える。目を丸くして彼女を見ていると、手を差し伸ばされた。
「夜が更ける前に魂を降ろそう」
 セシリールは彼女の手を取って立ち上がった。

 今度は火が焚いてあり、人気がある場所でランタンの蓋を開いた。まずはコルナが小瓶に入っている粉を炎に振りかける。赤い炎が爽やかな緑色に変化した。
「父さんの魂を降ろしたくて。目の色はあたしたちと同じなの」
 コルナの瞳は新緑を思い出させるような綺麗な色だった。
「父さんはすごい人だった。たくさんの人をまとめて慕われて。あまり仕事のことは話してくれなかったから、後で知ったんだ。もっと話をしておけばよかった……」
 彼女は自分の番を終えると、ころりと表情を変えた。
「さあ、セシリールの炎を見せて!」
 彼女の声に押されながら、セシリールは自身が作った粉を振りかけた。初めは特に色の変化はなかった。だが上部から少しずつ黄色みがかっていく。最終的に炎の色は赤から月を思い出させるような色に変わった。祖母と一緒に月夜の散歩に行った時を思い出して、色は作りだした。
「おばあちゃんと過ごした時の中で印象的な色にした。ただ、すぐに変色させる力は持たせられなくて」
「じっくり変わった方が、情緒があって降臨祭ではいいと思う。あたしは好きだな」
 静かに笑みを浮かべた彼女は、自分のランタンの炎に再び視線を落とした。
 色が付いた変わった炎と見えるが、実際はマナが宿っている炎。マナをたくさん含んでいれば生物が凶暴化する以外にも、現実ではあり得ない事が起きるのではないかと言われていた。
 例えばマナを含んだ炎に魂が宿るのではないか――と。
 そのような想いもあり、降臨祭は始まった。魂となった人にまつわる話をし、忘れないようにする。同時にその人は魂の存在でしかないということを再認識する。ある種の区切りをつけるためにも降臨祭は必要だった。

 多様な色の炎は、各々のランタンの中で揺らめく。
 心が揺れ動きつつも懸命に生きる、生き物のように。


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サークル名:桐瑞の本棚(URL
執筆者名:桐谷瑞香

一言アピール
成長、恋愛、戦闘などの要素を含んだファンタジー小説を執筆。大長編冒険ファンタジー『魔宝樹の鍵』や、少年少女の成長を主に当てた『宝珠細工師の原石』シリーズを刊行しています。
今回のアンソロはテキレボ6新刊の過去編にあたる話。新刊はセシリールと青年が力を合わせて空を彩っていく話を予定しています。

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炎に宿す魂の祈り” に対して1件のコメントがあります。

  1. 納豆 より:

    読んでいて光景がスッと浮かんでくるようでした。
    ランタンの温かくて切なくて、ほっこりした灯を眺めている気持ちになりました。
    明るいコルナの「こういう日って誰かと話をしていないと、気が紛れなくて……」の一面や、「だがマナを物に宿すのは容易なことではない。経験と努力と少しの才能が必要と言われていた。」の「少しの」とういう言葉と、「マナの影響を強く受けてしまったマナ生物だよ。しかも悪い方に……。」のところが印象的で惹かれました。

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