ハロウィーン祭の当日

巨大なジャックオランタンが、縦横無尽に浮遊しながら来校者を歓迎する何とも怪しい校門をくぐれば、私はたちまち魔法学園のハロウィーン祭の参加者となる。
私が住んでいる町からそう遠くはない丘の上に建つ魔法学園は、魔法が外に流出してはならないと言う理由で、普段は関係者以外の入校を固く禁じている。
だが、十月三十一日に開かれるハロウィーン祭は別だ。
ハロウィーン祭とは、かつては魔女が仲間内だけで楽しむ催しだったらしい。
しかし、当時は最高峰の魔女であったこの魔法学園の創立者が、神秘的で得体の知れない存在と世間に認識されているこの職業を、他の人にもっと深く知ってもらう名目で、この日だけは校内を開放している。
魔法学園の見習いは十一歳から十九歳までの娘で、入学金を支払えて女であれば身分を問わずに誰でも入学が可能で、在学中の九年間を三分割してそれぞれ初等科、中等科、高等科に分けられる。
それから当てられた科の勉学を三年間もこなし、進級試験に受かれば次の等科へと進める。
だが、落第すると、その時点で今まで培ってきた魔法を剥奪されて退学となる。
それは、何とも厳しい制度ではある。
しかし、卒業試験を含めてそれらを三度も通過していった見習いは、魔法学園を卒業すると、各方面からその魔法を有難がられるのだから非常に素晴らしい。
そして何故、庶民のパン屋で生まれた一介の町娘でしかない私が、閉ざされた魔法学園の内部にこれほどまで詳しいかと言えば、初等科の三年間のみ通学していたからだ。
自分でこう言うのもなんだが、成績はそれほど悪い方ではなかった。
だが、やはり進級試験は通常のそれと比べて特別に難しく、割合にして九割五分ができて合格の所を、私は与えられた課題の三分の一程度しか成功できずにあえなく退学となった。
それからは、家業のパン屋を手伝いながら教会が開いている通常の学校に通い、毎年、十月三十一日を迎えると魔法学園のハロウィーン祭へ遊びに行く。
参加者の多くの目当ては、中等科二年目が演じる歌もセリフも古代魔語で展開される魔法を交えたオペラだったり、高等科三年目が施術する心や軽度の怪我と病気に効果があるヒーリングだったりする。
しかし入学の経験が無い一般人は、魔法とは瞬時に効果が表れ、尚且つ派手な現象と認識されているため、比較的に地味なそれを学んでいる初等科の出し物は、全ての学年で残念ながらあまり見向きはされない。
だが、私は初等科一年目の見習いたちが作る魔法水晶のタルトが、ハロウィーン祭に来た目的だ。
魔法水晶のタルトとは、ガトーショコラを詰めて粉砂糖を振りかけたタルトの上に、水晶の形に切った透明な琥珀糖を並べ、それに魔法で着色をして、効果をしっかり定着させるために魔法冷蔵庫で三日間も寝かせて完成する。
かける魔法は赤、青、緑の三種類で、それぞれに恋愛成就、学業成就、和睦達成の効果がある。
この魔法は基本中の基本と言われており、それ故に初等科一年目の見習いは創立からの伝統として、必ず魔法水晶のタルトを作ってハロウィーン祭で参加者に振る舞う。
そこかしこに浮かぶ小さいジャックオランタンや、色画用紙で作成された赤いリボンを首に巻いた黒猫で飾られた校舎内に入り、真っ先に初等科一年目の教室に来室した私は、魔法水晶のタルトの選別を開始する。
いつもなら、ノートや羽ペンや魔法の杖や教科書を乗せている机を一つに固め、その上に魔法水晶のタルトを色ごとに並べて配置し、それを参加者は選び取って会計の魔女見習いに渡して支払を済ます。
制作した各人の個性とでも言うのか、タルトによって水晶の配置や大小は全て異なるので、私は今年の気に入りを各色で一つずつ選び、会計の魔女見習いの元へ持っていく。
「ご購入して頂き、ありがとうございます。三つで十二キガムになります」
「はい」
私はポシェットから財布を出して会計の魔女見習いに対価の金額を払うと、選択したタルトを持ち運ぶための紙袋に入れてもらい、それを受け取ってから教室を退室する。
私が入学した年は確か、同い年の魔女見習いが、全部で三百七十二人はいたと記憶している。
しかし、中等科へ進級できた見習いは、その三分の一ほどだった。
高等科に進む際には、さらにその数は三分の一に減少したと聞いている。
そして卒業試験を通過できた娘は、そこから僅か半分程度らしい。
担任から退学の判定をもらった彼女らは皆、一様にその現実を受け入れがたくて号泣し、また、ここまで魔法ができない自分を強く幾度も責めていた。
私もその中の一人であったから、その気持ちは胸を剣で刺される痛みほど、非常に理解ができる。
そして毎年、初等科一年目の見習いたちが作った魔法水晶のタルトを購入した帰りには、当時の私が何の揺ぎも無く抱いていた一流の魔女への憧れと、それが叶うと信じて疑わずに魔法の訓練に勤しんでいた日々。
どんな事情があろうとも、失敗は決して許されない進級試験で思い知った現実の厳しさ、退学の際に荷物をまとめて、寮を後にした時に込み上げてきたやるせなさと悔しさ。
それから学んだ、自ら選択した職業に対しての適性が無い相手への思いやりを、私は山羊が何度も胃から草を口に戻して噛むように、幾度も反芻をする。
だから、魔女になれなくても私は良かったと言えば、それは確実に嘘となる。
中等科に進んで、初等科三年目の頃に面白そうだと感じていた古代魔語や召喚魔法を学びたかった。
高等科では様々な回復魔法を覚え、金銭的に裕福ではないのに、入学を許してくれた両親に施してあげたかった。
卒業をしてからは、老若男女を問わずに慕われる素敵な魔女として活躍したかった。
だが、それらは叶う事が無く、私は両親の家業を手伝い、毎日、早起きをしてパンを無数に焼いている。
魔法学園を退学させられ、現実を徐々に受け入れられてきて三ヶ月が過ぎた頃に、私は一年目の時にハロウィーン祭に向けて作った、魔法水晶のタルトを店の工房で再現した。
あれの材料自体は、魔女や魔女見習いにしか扱えない特別な物ではなく、入手しようと思えば一般人でも容易に可能なので、琥珀糖の水晶の着色を食紅などで代用すれば形だけは作れる。
しかし、私は完成した見てくれのみの魔法水晶のタルトを前にして、強く後悔をした。
やはり魔女見習いを続けて魔女になりたかったのだと強く再認識させられ、同時にもう二度と魔法が使えないこの現実に対して、絶望を抱いた結果しか生まれず、それ以来、魔法水晶のタルトを作らなくなった。
私が毎年、ハロウィーン祭に赴けば、必ず魔法水晶のタルトを購入する理由はきっと、あの時にしか持てなかった太陽ほど輝かんばかりの希望と期待を、今一度、身に染みこませたいからなのかもしれない。
そして、進級試験によって志半ばで魔法学園から零れ落ちてしまった私のような彼女らへ、常に支援の手を差し伸べられて、退寮で気がついた学びを伝えられるようにしたいからかもしれない。
一般人へ戻ってから、幾度目かの今年のハロウィーン祭で私はこのように気がつき、さらに未来へそれを生かそうとしている。
もしかしたら魔法学園とは、入学をすれば在校者にも退学者にも、自らを成長させると言う魔法を教えてくれる場でもあるのかもしれない。
そうであるなら、退学したのも悪くは無いのかもしれないと思いながら、私は校舎を後にして巨大なジャックオランタンに見下ろされつつ、魔法学園から退園した。
さて、家で気に入りの魔法水晶のタルトを食べて店に戻れば、また工房で両親とパンを焼こう。

ハロウィーン祭の当日 終


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サークル名:夢紫乃書(Twitter/サイト等 なし)
執筆者名:夢美夜紅々

一言アピール
テーマが祭でハロウィーンが近いと言う事で、魔女を材料に書きました。
ちなみにハロウィーン祭の準備の様子が、無配のポストカードで読めます。
気になる方は、当スペースにお立ち寄り下さい。

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