神にささげる肉

 あっ、先生お忙しい中時間を作っていただき、ありがとうございます。
 お電話の時にも名乗らせていただきましたが、わたくし、岸屋文章きしやふみあきと言いまして、そちらの名刺に書いてあります通り、フリーのライターを生業にしております。本日は藪完治やぶかんじ医師に色々とお話を聞かせていただきたく、お時間を頂戴いたしました。
 恐れ入ります。では、お言葉に甘えさせていただき、座らせていただきます。
 あっ、ちょっと待ってください。いま、テープレコーダーと筆記類を用意しますんで。
 ……済みません、お待たせしました。
 では、取材をはじめさせていただきます。改めて、よろしくお願いいたします。
 藪先生は国立医大を首席で卒業され、その後外科医としていくつもの難しい手術を行い、若き名医として名を馳せており、最近では移植手術なども執刀し、多くの方の命を救っていらっしゃるとお聞きしております。
 いえいえ、ご謙遜なされないでください。実際、先生は彼女の命もそのゴッドハンドでお救いになっている。
 すでに多くのメディアで語っていらっしゃると思いますが、今回も大宙おおぞらまつりのお話をしていただけますでしょうか。
 ええそうです。アイドルグループ『コズミック★カーニバル』の不動のセンター大宙まつりの話です。
 当然先生はご存じでしょうが、一年前、彼女は内臓の疾患が見つかり、急な入院をすることになりました。当時、ファーストアルバム『カーニバル・カーニラブ』をリリースした直後で、人気知名度も急上昇の時期でした。
 ええ、そうですね。先生のおっしゃる通り、誕生日の直後でもありましたから、彼女のショックはひとしおでしょう。
 でも、今から思えば、あの時でまだ良かった。あれよりも発見が遅れていたら、命を落としていた可能性が高いんですよね?
 ほぼ一〇〇%ですか……。九死に一生を得るとはこのことですね。あのタイミングだったから、先生が担当医になられたわけですし、まさに神に愛されているということなのでしょう。
 他のメンバーも決して彼女に劣っているわけではなくて、両脇の伊吹りんごや宮本絵夢みやもとえむも容姿や歌唱力なら負けていない。それでも大宙まつりがコズミック★カーニバルの不動のセンターなのは、彼女が発する眩いまでのエネルギーと神々しい光が、人を惹き付けるからでしょう。神の寵愛を受けているとしか、やはり思えません。
 え、違う?
『コズミック★カーニバル』ではなくて、『コズミック★カーニヴァル』?
『バ』ではなくて、『ヴァ』ですか。失礼しました。
 いやあ、藪先生もお詳しいですね。
 ああ、患者のことは知っていて当然ですか。いやあ、頭が下がります。
 閑話休題。手術の話を伺いたいのですが、今回の手術の困難だった点などをお聞きしたいと思います。
 え、ああ、はい。すべてが困難でしたか、まいりましたね。では、聞き方を変えて、病を発見した時はどのように思われましたか?
 ええ、そうですね。国内では病例の少ない難病ですからね。移植以外に現段階で完治する方法はないのでしょうか?
 え、はい。ああ、そうですね。移植は治ったとは言えませんね。でも、他の方法がないのも事実なんですね。そうすると、ドナーの問題が今回の手術の鍵だったわけですね。
 時間もですか。なるほど、病の発見が遅れていたらとお話しされていましたね。
 ドナーと時間。
 でも、適合するドナーがすぐに見つかって良かったですね。もしもドナーが現れなかったら……。
 ええ、そうですよね……。
 他には、何か苦労されたことはありましたか?
 え、重圧ですか。先生ともあろう名医が。
 ああ、なるほど。大宙まつりのファンからのプレッシャーですか。彼女のファンは狂信者とも揶揄される熱狂的な人間が多いですからね。彼女を女神ミューズと祭り上げる風潮もあります。
 え、脅迫文ですか。「失敗したら殺す」ですか。それは穏やかではないですね。
 そうそう、ファンの言動と言えば、ネット上では彼女の手術が失敗したら自分たちも後追い心中をするという声もあったそうです。それを考えると、藪先生は一回の手術で大宙まつりだけでなく、そのファンの命も救ったと言えますね。
 いえいえ、謙遜はやめてください。
 え、謙遜ではない?
 ドナーがいたから手術は成功したと。自分は何かを生み出すことのできる神ではなく、切ったり、縫ったりするだけのただの人間だと。
 ふふふ……。
 ああ、失礼。先生の言葉を笑ったのではありません。今日のお話で、ずいぶんと『神』という単語が出てくるのに気が付き、それでつい笑ってしまったんです。
 でも、思い返せば『神』という符牒は彼女の名前の中にもありますね。『まつり』――漢字にすると『祭』です。字の成り立ちとしてはで神のにささげるという意味です。神へのささげもの。ほら、神様が出てきた。不思議な符号ですね。
 ついでにもう一つ思い付きを言えば、祭りという字を勝手に解釈すると、月は肉体、又はカタカナのメとスを一文字に組み合わせた字で、示は手術台。つまり、メスで台に乗った患者に執刀する風景にも見えませんか。この場合、神は肉を受け取る側ではなく、手術を施している手ですね。まさにゴッドハンドです。
 いえ、茶化しているつもりなんて毛頭ございません。本当です。何を隠そう、実は私もコズミック★カーニヴァルのファンなんです。
 え、ファンの癖に名前を間違えたって?
 やだなあ、わざとに決まっているじゃあないですか。ちょっと藪先生を試したんですよ。先生がどれくらい彼女のことを知っているのかと思って。でも、誕生日やグループ名の正しい発音など、よく知っておられた。ファンはきっと貴方が担当医で良かったと、みんな思っていますよ。
 今日は貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございました。記事のゲラが出来ましたら、お送りしますので、目を通してください。問題点があれば修正いたしますので。
 ああ、最後に確認なんですが、大宙まつりが入院したあと、先生が受け持っていた患者の数名が脳死と判断をされたと聞きましたが、偶然ですよね?
 それでは、ありがとうございました。


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サークル名:妄人社(サイト等なし)
執筆者名:乃木口正

一言アピール
本格も変格も大好きなミステリ・サークル。今回のアンソロは変格よりの作品――というより、ただの駄洒落との疑いはありますが、まあ、どこかに楽しんでいただける要素があれば何よりです。そして、もし楽しんでいただけたら、当日是非お立ち寄りください。

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