空の社、祭りの夜

 今日は地元の御社の夏祭り。

 普段は遠くの学校で寄宿舎生活を送る僕も、この日だけは地元に呼び戻されて祭りに加わる。
 お祭りと言っても祭事が何かあるわけじゃない。ただ神輿が回り出店が並んで人で賑わうだけ。
 赤い提灯が並び日が暮れたというのに境内は煌々と明るく、社務所の前では席が設けられ人々が酒を酌み交わし賑やかにしている。出店にもたくさんの人が集まり、色々な食べ物や射的や輪投げなどのゲームを楽しんでいるのが見える。
 僕は地主である父の名代で御社にお神酒を届けて、神殿の前で手を合わせるが、ここに何が祀られているのかも知らない。、誰だかわからない神様に何を願えばいいのかもわからない。
 同じように並んで手を合わせている人々も、ここに誰が祀られているかなんて誰も知らないだろう。

『ここは空っぽの御社』

 そんな言葉が不意に頭に浮かぶ。
 いや、そんなことはない。この御社だって確か祭壇の奥にはご神体だという鏡とか天照大神の御札だとかがあったはず。
 でも、なぜかその思い浮かんだ言葉が拭い去れない。

 ここは空っぽの御社。誰も居ない社。お前たちが犯した罪の顕現。

 罪?
 この立派な御社が?
 何の罪が……

「よう、久しぶりだな」
 不意に声をかけられて声の方を向くと、白いシャツに黒の学生ズボンといういでたちの男が立っている。
 歳は僕と同じくらいのようだが、僕よりもはるかに背が高く、白いシャツに覆われているのにそれでも張り詰めて見えるほど立派な体躯をしている。
 男は僕を知っているかのように声をかけてくるけど、僕はその顔に全く覚えがない。
 ここは地元とはいえ、小学校に上がるころには寄宿舎のある学校へ入れられて年に数回戻ってくる程度だから知り合いなどいるはずがない。多分。
 しかし、にこにこしながら僕を見ている男を見ていると、何か見覚えがあるような、どこか懐かしいような不思議な気持ちになってくる。
「あ……ごめん、僕……」
「なんだ、忘れちまったままか」
 男はそういうと僕の前に立って、僕の頬をするりと撫でた。
 大きな手、日に焼けた笑顔、僕の頬を撫でる手のひら、ざわりと乾いたその感触。
 頬を撫でられ、そのまま髪に触れられるとびくんと体がすくみ上る。
 頭の中に何かが過る。白い光が強く閃く。
「あ……」
 貧血でも起こしたように視界が急激に狭まり、その代わりにチカチカと花火のような瞬きが何かの像を結ぼうとする。
 遠い日の、お祭りの夜、緋色の着物、墨染めの袴、御社の祭壇、そこから続く……
「……深い井戸」
 僕の口から勝手に言葉が紡がれた。
「思い出したか?」
 男は笑みを崩さずに僕に問う。
 その笑顔を僕は確かに知っている。でも誰かは分からない。
 同じように頭の中に色々と閃くあらゆるものを知っているけれど、それが何かは分からない。
「分からない……」
 背筋から力が抜ける様な気がしてぐらりと体が傾く。
 男は素早く僕の体を抱き留めるとしっかりと腰を抱きかかえて僕を支える。
「そろそろ思い出してもらわねぇとな」
 男は僕の腰を支えたまま、ずかずかと本殿に上がり込む。
 靴を脱いだ様子もなく、木でできた段を上がるとそのまま畳の上に踏み込む。
 しかし、それを咎めるものは誰もなく、まるで僕たちの姿が見えていないかのようだ。
「ま、待って……」
「喋ると舌を噛むぞ」
 男はそういうと僕の腰を抱く腕により力を入れて抱き寄せるようにする。
 僕はその胸に顔を押し付けられるようにして抱きしめられ視界を奪われる。
「少し辛抱しろ」
 何も見えなくなると同時に動きが荒くなる。
 まるでどこか足場の悪いところを歩いているようなごつごつとした上下の揺れを感じながら、僕は急に不安になり落とされないようにと男の胸にしがみついた。
 御社の本殿にそんな荒れた場所などあるはずがないのに。
 しかも本殿に上がってからずいぶんと移動している気がする。そんなに広い場所ではない。賽銭箱のある正面から眺めてもすぐそこに祭壇があるような狭い場所だ。それとも祭壇を避けてどこかへ移動しているのだろうか?
 やがてひんやりとした空気に包まれていることに気が付いた。
 今は夏で、さっきまでは日が暮れても汗ばむほど暑かったのに、その汗がすっかりひいて冷やりとした風を感じる。
(風? 御社の中で?)
 明らかに何かおかしい。
 僕はどこへ連れていかれるのかも分からず、ただひたすらに男にしがみついた。
 この男が僕をどこかへ連れて行こうとしているのに、何故かこの男に危険は感じない。この男だけは大丈夫。僕を必ず守ってくれる。そんな気持ちがあふれてくる。

「着いたぞ、シノブ」

 男が僕の名前を呼んだ。
 秋津 忍あきつ しのぶが僕の名だ。それを知っているということはやはり知り合いなのだろうと思うが、まったく誰かが思い出せない。
 男の腕から離れ、足をつけたのは石畳。
 顔をあげてあたりを見ると周りは綺麗に積み上げられた石壁に囲まれている。どこかの石室のようだ。
「御社の中にこんなところがあったなんて……」
 そう言って空を見上げると夜空と月が見えた。
「え?」
 明かりもないのに顔が辺りが見えるのは満月の明かりだった。
「まだ思い出さないか? ここはお前たちが俺を殺した井戸の底だ」
「ッ!?」
 男の口から物騒な言葉が紡がれる。
「あれが、俺を殺した剣だ」
 男が指さした先に何か黒いものを刺し貫いた抜き身の剣が見える。
 日本刀とは違う。武骨な作りだが細かな飾りのある美しい剣だ。
「な、なんで……殺した……僕が!?」
 僕は一歩また一歩と後退る。その黒く蹲ったものが今にも剣に貫かれたまま僕を襲ってきそうで……
「おっと、逃げてもらっちゃ困る。お前は俺を助けなきゃならん」
 男に腕を掴まれて僕は逃げ場を失う。
 強い力で引っ張られて、剣の前まで連れてこられた。
 恐ろしさに直視を避けているが、どうやら何か石造のようなものに剣は突き刺さっている。
「この剣は刺したお前しか抜けない。こいつのおかげで俺は不自由でならん。抜いてもらおうか」
「ちょっと待って! こ、これを僕が剣で刺したって、まったく身に覚えがないんだけど! それにこれ、抜いちゃいけな……」
 僕の言葉を遮るように男は僕の体を剣の方へと力任せに押し出す。

「今より500年前の今宵と同じ祭りの夜にお前が犯した罪よ。シノブ。」

 神殺し。
 空っぽの御社。
 胸の中がざわめく。
 この知らない男を僕は知っている。

 僕が殺した、戦神様。

「神殺しの罪を、今、贖え」

 男の目がギロリと光る。
 それは人ならざる者の目。
 その背後には月明かりに照らされた男の影。巨大な蟲の姿。まるでムカデのような悍ましい形。

 僕は男に言われるままに剣の柄を握った。
 僕に拒否権はない。
 これを引き抜いたら、大事になるとわかっているのに。

 遠くで祭りの喧騒が聞こえる。
 夏のお祭りの夜。


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サークル名:SKIN-POP BOOKs(URL
執筆者名:貴津

一言アピール
人外BL小説サークルです。触手や多腕などニッチな話が多いですがグロではなくいちゃラブ恋愛系でございます。

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