瑠璃色の夢

「瑠璃の目は、ホンマに綺麗な色やね」
そう言って微笑む母を、涙をこらえて見つめる。
今日の夜には、彼女を見送らなければならないのだと思うと、瑠璃の胸は締め付けられるようだった。
花街の裏路地。藤胡蝶の店。
「前の色も綺麗やったけど、今の色もウチは好きやわ」
にっこりしながら、母は瑠璃の頬に触れる。堪らず、涙が一筋零れ、母の指を濡らした。
「母様。母様は、ここに来て、良かったの?」
「ここって?お店のこと?……それとも、この都のこと?」
「それは……」
両方だった。母は元々この国、ヤマトの人ではない。
この世界は、すべて胡蝶の夢のようなものだが、『あちら』に送られない人も存在する。
ヤマトとは違う国の中には、人が死なない国もある。母がいたのは、その『死のない国』だった。
「ウチはね、この都に来て、お父様と出会って、アンタを産めたこと、良かったと思っとるよ」
母がなぜ、この巫女姫が治めるヤマトに来たのか、瑠璃はよく知らない。ただ、元いた国に居られなくなったのだと、聞いていた。
「アンタだけやないね。カラスのことも、産んで良かったわ」
鴉というのは、瑠璃が藤胡蝶となったあとに生まれた、瑠璃の弟だった。
「あの子、反物屋としてまだまだ駆け出しやけど、よう頑張っとると思うんよ」
まぁ、親の贔屓目かもしれんけどね。と母は苦笑しつつ、瑠璃の頬をそっと撫でる。
「もし良かったら、あの子のことも、見守ってやってや」
「良くないわけ、ないじゃない」
ポロポロと涙を零しながら、瑠璃は母の手に自分の手を重ね、頬に押し当てる。
「瑠璃。アンタはほんに、優しい子やね。そんなアンタにこんなお役目は、しんどいこともあるやろうけど、でもな、ウチはアンタがきちんと強くなってるの、知っとるよ」
お父様も、アンタが迎えに来てくれたんやろ?と、母は優しく問いかける。それに、瑠璃は小さく頷いた。
「えらい安心した顔で亡くなってはったさかい、きっとあの人もアンタのこと心配やったのが、きちんとお役目を果たしとると思って、嬉しかったんかも、しれんね」
実際には、瑠璃のことは、この店ではない場所ではすっかり忘れてしまう。自分にそんな娘がいたことすら、わからないのだ。それでも、父が安らかに眠ったことを、瑠璃自身、ホッとした気持ちで受け止めたことを覚えている。
「ウチも、笑うて逝くえ。アンタなら、大丈夫や」
母はそう言って、瑠璃の涙を親指の腹で拭った。
「……うん。母様、今日は海に行くのよね」
「そうや。ウチは海が好きなんよ」
だから最期は、海を見たいと、母は言った。
「それに、これまでアンタを一度も海に連れて行かれへんかったから、最期にアンタにも見せたいんよ」
母が瑠璃と名付けたのは、生まれた赤子の目が綺麗な瑠璃色だったから。それは、母の好きな海の色に似ているという。
「瑠璃。この二十年、ウチの夢を守ってくれて、ありがとうね」
おかげで、幸せやったわ。と柔らかく微笑む母の顔に刻まれた皺に、一筋だけ涙が光る。
それを見た途端、瑠璃は母に抱きついていた。
「……母様!」
ぎゅっと抱きしめた母の身体は、少女のような瑠璃の身体より小さくて、でもとても温かかった。
「ホンマは、アンタをおいて逝かなあかんのは、悲しいけど、でも、ウチはアンタを信じとるよ。だって、ウチの娘やから」
ぽんぽんっと、瑠璃の背中を優しく叩きながら、母はそう言った。
「母様……ありがとうね」
しばらく泣きじゃくったあと、そっと呟いて、瑠璃は母から身体を離す。
「綺麗な海、私も楽しみやわ」
母の口調を真似て、瑠璃は微笑んだ。母は嬉しそうに微笑み、頷く。そして、店を出ていく。

翌朝、都から川を下った先にある浜の近くの旅館で、母は一人で亡くなった。海を見ながら、穏やかに眠ったようだったと、鴉は旅館の主人から聞かされた。確かに母の顔は、とても安らかであった。


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サークル名:藤墨倶楽部(URL
執筆者名:坂本蜜名

一言アピール
ファンタジーから怪奇もの、サスペンス、和風、ホラーetc…多彩なジャンルの書き手による一次創作の合同誌と個人本を発行しています。サイトから試し読みもできますので、ぜひ!
※本作は、個人本『藤胡蝶』のスピンオフ作品です。

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