海に投げ入れられるのは誰か
今年の夏は、一人旅行だと決めていた。八月の下旬、俺は船で離島へ向かった。夜七時の最終便に乗る人の姿はまばらだ。乗った時は出ていた夕日が沈み、そのうちに辺りが暗くなった。甲板に出ると、月と星の明かりが町中で見るより煌々としてとてもきれいに思えた。パソコンと睨みあう毎日から解放されて、早くも癒された気がする。
ふいに船が減速した。特に放送らしきものもなかったが、もう到着だろうか。予定時刻はまだ二十分も先だが。
「昔は、女の人は船に乗せんかったとよね」
近くで声がして、見れば若い女性が二人、手すりによりかかり、海を眺めて並んで立っていた。やけに身長差のある二人組で、なんだかおかしい。イントネーションからして、旅行というよりは帰省だろうかとあたりをつけてみる。
背の高い方が、先ほどのつぶやきに答えて言った。
「船だか海の神様が女で、船に女がおると嫉妬して海が荒れるけんが、乗せんかったとよ」
「なんで神様が、そげんことで、嫉妬して海荒らしたり船沈めたりするとやか」
「馬鹿にされたとかないがしろにされた思って腹を立てんさるっちゃなかと。それとか、自分のテリトリーに入ってくるなみたいな感じでさ」
「人間より偉いのに小さかね」
「船に女の人が乗ってて海が荒れた時は、女の人を生贄に海に捨てたりしたけんね。
「
「あんたもやん」
まあね、と小さい方も答えた。
「それじゃあ、もし今この船が沈んだら、私らのせいとか言われるとかね」
「私ら以外にも女の人おるし、田舎やけんてこの過疎化にそんなこと言っとったら商売がなりたたんよ。名誉棄損で訴えられるし。漁師さんとかなら縁起担ぐの分かるけどさ」
小さい方は、少し背伸び気味に船の下を覗き込んでいる。
「でもさ、人間に嫉妬するって、神様より幽霊のすることっぽいやん。海の神様っていうのは、ほんとは死んだ人が神格化したとかなんやない?」
知らず聞き耳をたてていたが、さらりと妙な単語が出てきて驚いた。なんだか似つかわしくない話をしている。少し気味が悪い。
「海で死んだ女の人がえらい執念深かけん、祀って鎮まってもらおうとしたっちゃなかと。そんで寂しいけんて人連れていくっちゃろ」
「寂しかけんが連れていきんさるんやったら、男連れていけばよかけんね」
背の高い方も眼下の波を見ながら言う。
「せっかくお盆外したのに、やっぱおるもんやね」
つられて俺も眼下の海を見た。船体を波が叩いている。そこにまぎれて、何か蠢いているのが見えた。暗い海の中、白い飛沫の中に、何かひらひらとしたものが動いている。それも、たくさん。たくさんの手が、船体を叩いている。すがりつくように。
うわっと思わず声を出して手すりを離し、後ずさった。
だが、女性二人の目線がこちらを向いている。彼女たちは無言でただ見つめてくる。夜の闇の中、白眼だけがやけに光る。声が聞こえる気がする。
誰か放り込まんといかんっちゃないと。
サークル名:桜月亭(URL)
執筆者名:作楽シン一言アピール
和風ファンタジーや現代ファンタジーを書いています。
短編は色々あります