美しき難民たちと気まぐれな野望者と帰りたい交渉人

目覚めた場所は目が眩む程一面黄色に染まった花畑だった。
 瞼をこすり、辺りを見渡したが、自分が何処から来たのかもわからない。確か、俺は教室で歴史の授業を受けていたはずなのだが、何が起きたのか。
「気が付かれたか、異世界の方」
 野太い声をかけられて、そちらを見やる。するといつの間にか、自分の背丈の倍以上ある巨大な黄色花が鎮座していた。
 あっけにとられていると、その花の辺りから声が聞こえてきた。
「いきなりの召喚に戸惑うのも無理はないでしょうが、どうか、私の話を聞いてください」
 その巨大な花の中央に円らな瞳とぱっくり空いた口が現れて、そう言った。
 俺はその『顔』をまじまじと見つめて、やがて、
「花が喋ったぁぁぁ!!」
 と絶叫した。
「落ち着いてください」
 花は冷静に呼びかけるも、俺は取り乱したまま、逃げ出そうと背を向けた。すると、しゅるしゅると触手のような蔦が伸びてきて、俺の足を絡めとり、転倒させられる。
「逃げないで話を聞いて下さい。取って食ったりはしませんから」
「ほ、本当に? というか、お前は何なんだ?」
 質問されて嬉しくなったのか、花は不気味に微笑んだ。
「お初にお目にかかります。私は別の世界からやってきました、食人植物『マキシマムマンイーター』種の代表でございます。生憎個体識別名はありませんが」
 俺は花の話の途中で蔦を引きちぎり、逃走を試みた。
「うぎゃぁぁあ巨大人食い草だぁあああ食われるぅううう助けてぇえええ!!」
「ですから落ち着いてください。食べないと先ほど言ったでしょう」
「ひいいいいこんなところで死にたくないいいい!!」
 まるで話が進まないので、業を煮やした代表を名乗った花はふう、とため息をつき、仕方ありませんね、と呟いた。
 途端、ふわっと空中に何か粉がまかれて、それを吸った俺の心は次第に落ち着いていった。
 混乱が収まった僕を見て、代表花は優しく問いかけた。
「落ち着かれましたか、アロマセラピーに効くと評判の方法を試したのですが」
「な、何の粉を撒いたんだ?」
「それを言ったらまたパニックに陥られてしまうので割愛させていただきます」
 い、一体何を吸わされたんだ俺は……?

 冷静さを少し取り戻すと、蔦は俺の体から離れる。
「さて、交渉を再開させて頂きます」
「一切合切応じる気はないよ」
「我々はとある世界の人類に迫害され、根絶やしの危機に陥りました」
 勝手に話が始まった。仕方なく聞いてやる。
「まあ、だろうな」人喰い草と共存出来るはずがない。
「絶滅寸前のとき、博愛の魔女様が現れ、そのお力で残された同胞達と共に世界を跨いで逃げてきたというわけです」
「その魔女はどうしたのさ」
「私に異世界人と話せる力を与え、交渉相手の異世界の代表も適当に選んで呼び出すので、自分たちの力で新境地を切り開けと仰い、元の世界に留まりました」
 ランダムに呼び出すな迷惑だ。
「どうでしょうか、そちらの世界に我々が移住しても構いませんか?」
「いや、さっきも言ったけど無理だって。太陽系の外の星なら、まあいいけど」
「いえ、我々が住める環境があるのは地球という星だけだと魔女様は断言しました」
「人の住んでいない南極、もしくはアフリカの砂漠から出ない、ならまだ……」
「日本という国の土壌が最も適しているとお聞きしまして」
 リサーチ済みなのかふざけるな。
「貴方がその日本の住人なのですよね? そちらでは袖振り合うも他生の縁という言葉もあるそうですね。どうにか移住させて貰えませんか?」
「危険極まりない外来種を受け入れる余裕はありません。たとえ此処で食い殺されようと、俺は首を縦に振ることは絶対にありません。そもそも俺にそれを決める権利さえありません。よって速やかにお帰りください」
 丁寧にきっぱり否定。代表花は困った顔でため息をついた。
「やはり厳しいですか……」すると意を決したようにこちらをみやる。「わかりました、ただで受け入れてもらおうという魂胆ではらちが明かないようですね。こうなれば我々で何か先住の方々に役立つ仕事を担う、という条件なら如何です?」
「断食する、という条件なら考える」
「一族みな飢えて死ねと申されますか」
「うん」即答。薄情と罵られても構わない。「無理なら帰って。或いは俺を無事に帰して」
 全て夢だったと忘れ、笑って日常に戻りたい。
「そ、それでは」明らかに焦りを見せる代表花は、ついにカードを切った。
「貴方が食べても良いと許可した人のだけ食べますから!」
 話にならない。そんな条件をのむなんてどんな悪党だ。
 黙って首を横に振ろうとしたとき、
「その交渉の権利、あたしが貰ったぁ!」
 僕の背後で聞き覚えのある女性の声がした。
ぎくりとして振り返ると、同じ高校の制服を着たショートボブの女子生徒が仁王立ちしていた。きらきらと眼を輝かせて、高揚した表情をこちらに向けている。
「あー……武分、さん? だよね?」
 見間違えでなければクラスメイト。竹を割ったような快活な性格の奴だが、彼女も此処に呼ばれていたとは驚きだ。
「何やら林久がまた閉鎖空間で面白いやりとりしているから首を突っ込ませて貰ったよ」
 異空間の情報を察知して自力参加とはお前はどんな超能力者だよ。わざわざ乗り込んでくるとは酔狂極まりないが、ともあれ助かったかもしれない。
「なあ武分、交渉の権利をまるっとやるからさ、この侵略者どもを何とかしてくれ」
「任せろ林久」俺の名を呼んで、ぱちりと片目を瞑る。何て頼りになる奴だ、任せたよ。
 武分は胸を張り、腕を組んで代表花と向き合った。
「住処をやる! 世界中にな! だから一族全員、あたしの指定した人間だけ食え!」
 任せたら駄目な相手だった。
「本当ですか!」身を乗り出すように顔(?)を近づける代表花に、彼女は鼻を鳴らせる。
「ああ、大船に乗ったつもりでいろ! その代わりあたしの言うことは絶対だ!」
「おいおいおい!」武分の肩を掴みこちらを向かせる。「血迷ったか武分!」
 きょとんとした面で、彼女は首を傾げた。
「あたしは正気も正気。本気も本気」両手を腰に当てて満面の笑みを浮かべるがどうみても邪悪に染まっている。「こいつらを使って世界を牛耳る! あたしが! 悪党どもを一掃し! 前人未到の世界征服を成し遂げ! 面白可笑しく狂おしい理想の楽園を作り上げるの!」
 大声で欲望をぶちまけた。ちらりと代表花をみやれば、自分らが生きるためなら仕方ないかな、なんて妥協した顔をしている。この流れは拙い。
「落ち着いて考えてみろ武分」俺は脳をフル回転させて諦めさせる手段を模索する。「悪い奴らを食わせる……それはまあ、いいとして、食わせ尽くした後はどうする? 蔓延っていた悪人だって粛清を続けたらいつか枯渇するだろ」
「愚問だな」彼女は首を振る。「悪が滅びようと、天下を取ったあたしに歯向かう者は後を絶たないだろう。独裁者になるとは敵を作り続けること。だから餌は無尽蔵だ」
「もっと頭を冷やせ武分」何だか説得は無理そうな気がしてきたが、此処で俺が諦めたら世界は彼女と食人植物に乗っ取られる。不本意だが、世界の命運が自分に委ねられているのだ、頑張らねば。「いくら人を食う生き物といったって所詮植物。現代の科学力をもってすれば殲滅だって容易いだろうさ」
「む……むぐ」彼女は口を噤んだ。「くっ……スギ花粉さえ淘汰出来ない現代科学ごときと侮るな、か。せめて世界を一度に掌握できれば……」
「出来ますよ、恐らく」黙っていればいいのに代表花が口を挟んだ。「世界中に種を撒けば、種同士でネットワークを構築でき、一瞬で情報を共有できます」
「なんと! それは真か!?」「余計な事を口走るな外来種!」
 テンションが上がって手を叩く武分と、テンションが落ちて項垂れる俺。
「よーしそれなら綿密な作戦を考えないとな」うきうきとメモを取り出して書きなぐり始める彼女を横目に、俺は更に対策を講じる。まだ折れるわけにはいかない。
「君らは山奥に潜伏してもらい、私が種子を一年かけて撒いて、一気呵成に世界の首都と軍事施設を制圧させよう。うん……いける、いけるよあたし! 夢はすぐそこに!」
 メモ帳に大量の書き込みする姿を見ていると、もう彼女に傅いて忠誠を誓ったほうが自分の未来は明るいかもしれないと思えてきた。
 などと邪念が胸に生まれてきたころ、彼女は考えがまとまったのか、代表花に問いかけた。
「ところで、君らは一輪でどれくらい人を食えるの?」
「そうですね……」代表花は俺らを順にみる。「貴方がたなら、一人いれば百輪が一年もちますね」
「うん?」「あれ?」
 意表を突かれたように停止する俺たち。話を理解できなかったと把握した代表花は、少し考えて説明を始める。
「我々は人が無意識のうちに大気中へ放つマナエネルギーを頂いております。故郷の世界では魔道技術文明でしたので、マナの取り合いになりました。しかしそちらは科学技術が主流。魔道力は不要とのことでしたので移住の目星をつけたのです」
 メモ帳が手からぽとりと地面に落ちる。
「ふ……ん? 人をむしゃむしゃ食べるってのは嘘だったわけ?」
「だ、誰もそのような野蛮な捕食を行うとは申しておりません! あくまで人の余剰エネルギーを摂取しているだけです!」
「……」
 嗚呼、魔法とか気とか判らなくても判る。武分の全身からどす黒い不満の闇オーラが放たれている。彼らがそのエネルギー食ったら一瞬で枯れるだろうレベルの。
「あっそ」見下した顔で見上げて、武分は言い放った。「根絶やしにされてしまえ役立たず」
 白けた彼女は肩を落とし、「先に帰る」と言い残して、ログアウトするかのようにさっと消えていった。いや、帰るなら俺も連れていけよ置いていくな。
 残された食人花はがっくりと項垂れて、やがて俺に布袋を突き付けた。
「交渉決裂ですね……ならば腹をくくり元の世界に戻って共存共栄の道を探します。ですが……せめてこれだけは受け取って貰えませんか?」
 その袋には種が詰まっていた。俺は少し情が沸いてしまって、つい頷いてしまう。「撒くかどうかは期待するなよ」

 気が付けば教室の中。黒板に書かれた第一次世界大戦の内容が目についた。
 横を見れば、アンニュイな顔の武分が窓の外を眺めていた。
俺は机に入っていた布袋に触れながら、心の中でそっと呟いた。
「ネットワーク構築だけで世界をとれたかもしれない事は、黙っておこう」
(了)


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サークル名:漢字中央警備システム(URL
執筆者名:こくまろ

一言アピール
今回はゲームネタではなく新シリーズです。
異世界・異能力・非日常という在り来たりラノベものを展開していきます。
第9回あたりで新刊としてまとめたいところです。

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