リビングデッドフラワー

MIST OF WAR 2次創作
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出会いは、霧の深い日だった。戦場の中に凛として咲く花が君だった。
この世界に来て間もない僕の、一目惚れだった。
君は自由な人だった。ウォーハイドラの乗り方も男の乗り方も自由で気まぐれで、だからこそ僕は君に惹かれた。敷かれたレールを歩き続けることに飽きて、何もかもを放り投げて飛び出した僕の目の前の新たな指標が君だった。
僕の執拗な『攻撃』(あえてこう言おう)に晒され続けた君が、困ったように首を縦に振るのに、そう時間はかからなかったと記憶している。僕がそう思っているだけかもしれない。
僕らは結婚した。僕らは一人の子供をもうけた。僕に似た髪の色と、彼女に似た顔つきの男の子だった。
幸せだった。幸せは続くと思っていた。――けれど、ここは硝煙の臭いと電磁波が満ちる、戦いの世界だということを、僕はすっかり忘れきっていた。僕もハイドラライダーになったというのに、だ。

その日帰ってきたのは、彼女の上半身“だけ”だった。

僕は発狂した。この手に収めたはずの花が、無残な姿になって帰ってきたのだ。
見知らぬ誰かが轢き潰し、ずたずたにし、無限の苦痛を味合わせて、そして殺した。顔も存在も知らない誰かが僕らの幸せを破壊した。僕は正気を保ち続けることができなかった。
愛しい人の顔に、何の傷もついていないことだけが、その場の幸いだったのかもしれない。僕は、かつて交わした約束を思い出していた。

『あたしが死んだら、生体部品にでもしてちょうだいな。あたしはやっぱり、死んでも戦場がいい。そういう女なのよ』

気持ち的には、残った花びらを掻き集めてなんとか花にするような、そんな作業だった。言葉で表すのなら、一言だった。僕は彼女の首を鋸で落とした。
悪趣味なハーバリウム。培養液に放り込まれた、もう二度と目を開けることのない横顔は、――それでも美しい。
見る人が見たら、正気の沙汰じゃない、お前のやったことは狂っている、生命への冒涜だ、なんて言われるのだろうか。そんなこと、分かっている。
そもそも僕たちははじめから人殺しで、それの矛先が偶然にも僕の大切なものに向いただけで、それ以上でもそれ以下でもないのだ。ハイドラライダーは人殺しだ。得体の知れない不可思議な機械を乗り回し、そして全てを破壊していく。機体の向こうの人間も、人間模様も、家族も、トリガーひとつで破壊できる。僕たちはこの世界で生きていくにあたり、そういう生き物として振る舞うしかない。残像領域とは、そういう場所だ。
そうでなければ、生体部品も、生体電池も、バイオ融合も、手段として公式にマーケットに並ぶわけがないのだ。己を、あるいは他の何かを犠牲にしてでも、金を稼ぎたい――そういう人間たちの坩堝だ。もしくは、そうするしかない哀れな人間の。

『――認証完了。私はゼノハイラプテラ。あなたの戦いをサポートします』

僕の機体はいわゆる超軽量機で、生体部品――僕の妻のハイラ――を積むにも骨が折れた。極限までに切り詰めたスペースと装甲、そしてできる限りの軽量化を施した高出力のエンジン。最期の場にするにはあまりにも頼りない、薄っぺらい操縦棺。まず積む隙間をどうにかして探し、次に今までのアセンブルとの整合性をできるだけ落とさないようにし、必要がありそうならマーケットを覗き、パーツを買い替え――そこに、『ゼノハイラプテラ』が生まれた。
Xeno-hyla-ptera。元々『ゼノプテラ』という機体名だった僕の機体は、生体部品を搭載するのと同時に名前を変えた。『ゼノハイラプテラ』――異質な翼のハイラ。
僕はこれから、ハイラと一緒に空を飛ぶ。手を入れて加工した花を積んだハイドラは、平均サイズ以下の小さな小さなハイドラだ。激しい銃撃戦に向いているわけでもなく、かといって肉弾戦に向いているわけでもない。『ゼノハイラプテラ』が得意なことは、索敵だ。
誰よりも速く敵を見つけ、知らせる。この霧の世界で、何より重要視されるもの。そして軽視されがちなもの。僕はもともとそれを専門にやってきていて、ハイラは前に出て戦うアタッカーだった。だから、彼女が先に死ぬことは、理に適っていた。僕は霧に隠れ潜むようにして最前線を行き、レーダーに反応があればすぐ後ろに退いてしまうのだから。
それが、これで変わるかは、正直分からない。もちろん、今から格闘機に転向するのも、射撃機に転向するのもアリだ。けれど、どちらも考えていなかった。僕にはどちらも適性がない。それは、シミュレーターでの模擬戦で痛いほど分からされていた。妻に。

『超広域索敵状態、数値を満たしています。同様に、粒体律動状態、濃霧領域可能です』

僕は領域殲滅兵器を選んだ。

『俺に何かあったら、ユーインのこと、よろしくな』

結論から言うと、僕たちは、【禁忌大戦】を生き延びることができなかった。
僕は血迷ってしまった。あるいは、僅かな可能性を見出していた。見出してしまった。
僕の決定に、答えてくれる『妻のハイラ』はもういない。従順なAIになった『ゼノハイラプテラ』しかいない。時空震に耐えきれなかった僕の身体は、物理的に蒸発した。苦しむ間もなかった。ハイラもこれで死んでしまった。そう思っていた。

(――僕はまだ生きている?)

僕の視界に入ったのは、一人の子供だった。ハイラによく似た赤毛の子供だった。

「中に何がありますか?」
「……何も。何もない……いや、なんか落ちてる……なん……?首からかけるやつ……?……あ、あと、臭う……」
「首からかけるやつ。……ドッグタグと推定します。回収します。他には何かありますか」
「……なんか……布切れみたいな……」
「布切れ。より詳細に伝えてください」
「いや、……布切れ……」

いや。僕はもう死んでいる。会話でそれを確信した。
僕の肉体は残っていない。綺麗に吹き飛んでなくなった。臭っているのは血の匂いだろう。そしてここが、『ゼノハイラプテラ』の操縦桿の中だということも理解した。
――ハイラはまだ生きているのだ。僕は振り返った。操縦棺のすぐ後ろに、生体部品はあるはずだった。
その手は、何にも触れることはなかった。操縦棺を突き抜け、生体部品の入っている培養槽に手が届いているはずなのに、何にも触れることはなかった。少し考えれば分かる当たり前のことが、破壊される。
ふと、計器を見た。指している日付は、年は、【禁忌大戦】から五年も経っていた。目眩がした。五年も手を入れられていない生体部品が、無事でいるとは到底思えなかった。
悪趣味だと毒づいてから、それは自分だということに気づいた。僕は、僕が、引き起こしたことだ。僕が何もかもを作り上げた。僕が、――僕が全てを。
誰かに強く手を引かれるような感覚があった。気づいたら、僕の視界は“『ゼノハイラプテラ』の外”にあった。ジャンク漁りのチンピラどもと、相対する『ゼノハイラプテラ』。――そして、僕。

「逃げることを提案するよ。確率的に、いや、僕の直感もそう告げている――ゼノハイラ!」

誰かに口を動かされている、そんな感覚がした。
僕は確かに死んで――残像になった。残像は、本来このような意思を持たない、死した人間とハイドラを模倣し、繰り返し繰り返し死ぬ、そういうものだと認識していた。僕は、どうやら事情が違うらしい。
僕は、これをチャンスだと見た。あわよくば、悪趣味なハーバリウムを取り戻すための。――それをきちんと処分するための。仮に中身がもう腐っていようと、僕にとってそれは、どこまでも美しい花だ。誰かの手にかかるくらいなら、僕がやる。

「名前、……悪いけど何もない。強いて言えば、“ニシュカ・パーシスタンス”」

誰かが自分の口を借りてそう名乗るのを、僕はぼんやりと聞いていた。誰だか知らないが、何の気があるのか知らないが、この機会は徹底的に利用し尽くしてやる。そう思った。

花の匂いなんてしない。
異臭とオイルと血錆の臭いしかしない。
それでも【異質な翼のハイラ】は飛ぶ。


Webanthcircle
サークル名:まよなかラボラトリー(URL
執筆者名:紙箱みど

一言アピール
人外と人魚と強い女と苦しむ男専門店のまよなかラボラトリーです。
これはMIST OF WAR5期の自キャラの話。(当日きっと本になってい……なってるよね?)

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