~すごくあたらしい歴史教科書~日本史C


誰も知らない歴史教えますー。をキーワードに、18名の著者による歴史・時代小説アンソロジー。弥生時代から昭和初期まで網羅。

アンソロジーなので、一編ずつの感想です。Twitterより転載。自分の史学知識が少ないため、史実を踏まえた読みはできていません。長文すみません。

1:紅侘助さん『刻の彼方より』
当初短編で語り手三人、という構成に戸惑い、小説としては物足りなさを感じる部分もあったが、戯曲的小説と気が付き納得。戯曲ならば、この構成が最適でしょう。そこを踏まえて繰り返し鑑賞することにより、読みが深められる味わい深い一編。さらに、意図されてはいないと思うけれど、最後の一文が、ある意味『日本史C』全体を象徴しているので、時系列順の偶然とはいえこれが冒頭作品なのは趣深い。

2:白藤宵霞さん『あかのくさび』
誰かも指摘していたけれど、確かに荻原規子風古代史もの。呪いのように、赤色に絡みつかれた少年の悲劇。荻原規子作品で、少年たちがヒロインに救われなかったら、こんな末路もかくや、という印象。柔らかい文体で、悲劇が穏やかに展開される。

3:ななつほしなみさん『楽土の幻』
自分の知識不足が悪いのだが、鎌足の改名について知らなかったので、途中混乱した(笑)主役の行く末が気になるうちに、他者を救うことにより彼自身も救われるラストに感動。71ページ三行目のセリフ最高。盗みたい気にさせられる。

4:唐橋史さん『袈裟を着た人』
元ネタらしい日本霊異記を読むのが間に合わなかったので、理解が不充分になり申し訳ない。盗っ人主人公が仏の化身のような老尼に出会い、因果応報的な出来事の果てに改心と救いを見出す様が、淡々とした筆致で描かれる。仏像に想いを寄せる姿に共感を覚える。

5:たまきこう『闇衣』
悪女・策士な薬子イメージが覆る一編。一人称の語りに引き込まれ、薬子の願いを応援したくなる。決意による自己犠牲は、客観的には悲劇だろうがハッピーエンド。愛する人を願い通りに守れたのだから、読後感も満足。

6:斎藤流軌さん『賭射』
予告文で楽しみにしていた内の一つ。梅咲く季節の幻想譚。胸に虚ろを抱えた初老の親王が、皇家の鬼を名乗る異形との勝負を通し自らの過去と現在を肯定する。途中で鬼の正体が推測できるが、ラストはしんみり王道。身に沁みる、しんみりほの優しい幻想譚。

7:翁納葵さん『祈りの焔立つ時~俊寛異聞~』
この辺りは自分の知識もある時代なので、作品理解がしやすい。鬼と名乗る男の一人称。内面の鬼に肉体すら取り込まれた末に導かれた悟り。救いも鬼も己の内にある。自らを見返しての悟りこそが、信仰による救済か。『袈裟を着た人』と呼応する作品でもある。

8:緑川出口さん『おやこ六弥太』
男子変生の法を題材にした一編。小平六の方言が、敬語を使う六弥太の神秘性(異形性)を引き立てている印象。異形かと疑いながらも、信じた友であるなら構わない、となるラストに笑みを誘われる。

9:すと世界さん『業火に咲く花』
予告で一番楽しみにしていた作品。宝治合戦直前の三浦光村が主役。互いの正義を信じてぶつかり駆け回る先は、滅亡という名の地獄。果てなく続く人の業。歴史をもって現代を打つ、正統派歴史小説。読後感は重苦しいが、泣ける勢い。

10:向日葵塚ひなたさん『歌え、連ねよ花の笠』
道後温泉の土一揆。神の湯を蘇らせるため、一致団結する村人たち。作中で流血がほとんどないため、歌と笑顔溢れる陽気な世界にどっぷり浸かれる。ラストの花下連歌祭シーンでは、こちらも歌い踊りたい気持ちになる。温泉最高。
人間が流血の争いの果てに地獄へ至る?と、権力に抵抗しながらも流血を巧みに回避する10は、誰も意図していなかったはずなのに、隣り合って互いを引き立てている。どちらが人間の本性なのか。
個人的には、見えない糸に導かれたような神配置。

11:上住断靱さん『銀蛇』
第一次天正伊賀の乱題材。和田竜著『忍びの国』を読んだことがあるので、百地三太夫は一応知っている。ニンジャとも忍者とも違う、由緒正しい(?)忍びのお話。百地三太夫と織田信雄のキャラ立てのおかげか、読後感もスッキリ。無知な自分は解説付きなのもありがたい。

12:狩生みくずさん『奥州女仇討異聞』
『おやこ六弥太』でもそうだが、方言使用が中々効果的。奥州農村育ちの妹と、吉原遊女だった姉。作中人物と同じく、仇討なんて無謀だろ、と思わされるが、ラストで明かされるどんでん返しな設定。仇討シーンが略されているのが残念。キャラ立ては抜群。

13:庭鳥さん『白い脚』
曽根崎心中誕生異聞。偶然目撃した事件から、作品を作り上げていく近松が丹念に書かれていく。おきん婆さんが、サポート役としていい味を出している。創作活動のワクワク感がよく描写されていて、近松と情熱を共有して楽しめる一編。

14:巫夏希さん『二刀流の提灯男』
和製ジャック・オ・ランタンかと思いきや、痛快伝奇ヒーロー譚。十兵衛と雪斬の設定が面白いし、狂言回しの源蔵もキャラが出来ているので、シリーズ物か長編でもう少し読んでみたい。ストーリー自体は王道の昇天話。気軽に楽しめる掌編。

15:鋼雅暁さん『異国の風』
貧乏御家人次男坊ミーツ阿蘭陀人。江戸に出てきたカピタンが襲撃されるシーンもあるが、主軸は主人公が体験する未知(異国文化)との遭遇。登場人物の心理描写や社会通念の書き方が巧みなので、こちらも当時の感覚を追体験できる気になる。

16:なぎささん『海より深く空より青く』
戊辰戦争下をかいくぐり、新天地を求め日本を飛び出す男女のお話。原田左之助の名前くらいは一応知っている。互いに引け目を感じる出会いを引きずりながらも、結ばれる二人。左之助さん、途中から甘いキャラに変貌してませんか。恋ゆえか。

17:アルトさん『沼辺に佇む』
西園寺内閣総辞職前日の掌編。自身の内閣の行き詰まりを自覚しながらも、飄々とした様子の西園寺公望がいいキャラ。さりげなく明治天皇への追憶を忍ばせ、穏やかながら、もの悲しい終末観を漂わせている。357ページ8行目は笑える。

18:保田嵩史さん『端倪すべからず』
説教強盗が主役の、安楽椅子探偵モノ。強盗に入った家の主人にまつわる謎の答えとは?
…ネタバレせずにうまいこと言おうと思ったが、難しい。この家の主人、強盗よりしたたかではないか。

以上、18作。好みの差はあれど、巧拙つけ難い良作揃いでした。


発行:史文庫
判型:B6 386P
頒布価格:1000円
サイト:史文庫~ふひとふみくら~
レビュワー:鎌倉北条氏応援隊