春日山幻想怪奇譚


 現代の奈良春日山を舞台に、思春期にさしかかりつつある主人公の男の子と、その亡き母を巡る幻想と怪奇の物語。

 死んだはずの母を目撃し、さらには様々な怪奇現象に遭遇する展開は王道ホラーなのですが、そこに複雑な年頃である主人公の、友情や家族愛が横軸に描かれていて、怖いけど切ない、悲しいけど危ない、複雑な心境と事件が重層的に描かれていきます。
 ぜひこれを「怪奇系スタンド・バイ・ミー」と名付けたいです。
チャリンコで春日山原生林を「冒険」する少年たちの、生き生きとしてみずみずしい日常がとても印象に残ります。彼らの話す奈良弁もすごく効いてる!
 ホラーものとなると、どうしても現実離れした設定のせいで、リアリティがなくなってしまったりするものですが、本作は現代の奈良市内を舞台にしていることもあって、まさしくすぐそこで起きていることを記録しているような説得力があります。
 また「抜粋」などの演出によって、創作と現実の境目を曖昧にしているので、それはそれで怖い感じがして凝っています。
 本能のレベルで、人間以外のものの領域がわかる奈良という舞台装置が効果的。

 本書にはこの表題作に加え、『ちょっとしたおねがい』という短編も収録されています。こっちはもう、シンプルに過ぎるくらいの作品なのに、正直言ってものすごい怖いです。フィクションなのかさえ怪しい演出に、自分の想像が暴走していくのがわかります。怖い話が好きな人にはオススメです。


発行:鹿ソウル
判型:A5 30p
頒布価格:不明
サイト:なし(小説担当者Twitter)

レビュワー:唐橋史