イベントこわい

 イベントこわい、と彼女は言った。
「は? なんで? 楽しみだって言ってたじゃない?」
 俺がそう問うと、楽しみだけど怖いんだ、と彼女は言う。増々意味がわからない。
 自分が楽しんで書いた物語を本にして、それを自分で売るんでしょ? 同じような趣味を持つ人達と一緒に楽しむんでしょ? 好きなことをするんでしょ? 何を怖がることがあるのさ?
 すると彼女は、好きだからこそ怖いんだ、と言った。
 誰も見向きもしてくれないかもしれない。近くを通った人、全員が自分のスペースの前を素通りしていくかもしれない。搬入した本を全部持ち帰る事になるかもしれない。
 SNSを見ていると、どうしても人気がある人の発言が目立つ。イベントに参加している人はみんなたくさん本が売れるものだと錯覚してしまう。そんな中、自分の本だけが売れないでいるような気になってしまう。
 大体の人はそんなもんだって自分に言い聞かせても、悪い想像ばかりが膨らんでいってしまって、どうしようもなく怖くなるんだと言う。
 流石創作者。良くも悪くも想像力が豊かなようで。
「……と言うかさ、イベントに申し込む前に、怖くならなかったの?」
「なったよ」
 あまりにもあっさりと言われ、俺はがくりと肩を落とした。
「そんなに怖かったのに、なんでまたイベントに参加しようなんて思っちゃったのさ?」
 そう問うたら、彼女はムスリとした顔で言った。
「部屋の隅で在庫が山になってるからだよ、畜生」
 口調、口調。なんかキャラ変わっちゃってる。
 今までのイベントであんまり本が売れてないのが悔しいんだね?
 そう指摘すると、彼女は素直に頷いた。
 そりゃ、そうだよね。売れなかったら悔しいよね。
 話を考えて、どうしたらより面白くなるか悩みながら書いて完成させて。編集して、校正して、印刷所の手配までやって。頑張って作ったんだもんね。
 それが見向きもされなかったら悔しいっていうのは、創作者じゃない俺でも何となくわかるよ。
 そう言うと、彼女は勢いよく頷いた。今まで、相当悔しかったらしい。
「それでもね。イベントに申し込む時は、今度こそ! って思うんだ。今度こそ、たくさんの人に読んでもらえるんじゃないか、って」
 そう言われたら、俺は頷くしかない。
 たしかに、イベントに出れば一冊でも手に取ってくれる人がいる可能性がある。けど、出なければ可能性はゼロだもんね。
 彼女は、また勢いよく頷いた。そして、言う。
「それに、イベントに出ると本を売る以外にも楽しい事があるから」
「お、何なに?」
 問うと、彼女から「交流」という言葉が返ってきた。
「交流?」
「そう、交流」
 そう言って、彼女ははにかんだ。
「私さ、イベントっていつも県外に行くじゃない?」
「うん。うちの地方は、ジャンルの合うイベントが無いって前に言ってたよね?」
「そう。だから県外のイベントに行くんだけど、県外のイベントなんてそう頻繁に参加できないじゃない? だからさ、中々仲の良い人ができなくて。イベントに行っても、知り合いが少ないわけよ」
「う、うん……」
 知り合いが少ない、と言われても、なんて返したら良いのかわからない。
「けどね。知り合いが少ないからこそ、イベントに行くと色んな人と『はじめまして』って挨拶ができるのね。初めて会う人と、話題を手探りしながら話をするの、楽しいんだ」
「へぇ」
 意外だ。知り合いが少ない場所に行くのは苦手なんだろうなと思ってた。初めて会う人と会話するのを楽しみにしてるとは思わなかった。
 そう言うと、彼女は「失礼な」と言って、少しだけ頬を膨らませた。
「初めて会う人と会話するのって楽しいんだよ? 勿論、同じイベントに出てて、趣味が似通ってるって前提はあるけど。相手がどんな人かわからないから話がどう転がっていくか読めないし、相手から出てくる話題も新鮮だし」
 おぉ、何か楽しそうだ。色々刺激されそうと言うか。
「あとね、県外のイベントに行くと、もう一つ楽しい事があってね」
「ほうほう。聞こうじゃないか」
 俺が聞く態勢になると、彼女はどこか嬉しそうな顔をした。よしよし、怖がってたのがどっかにいったな。
「イベントのために県外に行くでしょ? つまり、イベントに出る、イコール、旅行になるわけよ」
「つまり、イベントに出て、ついでにあちこち観光するのが楽しい、と?」
 俺がそう言うと、彼女は「そう!」と頷いた。
「会場近くで観光する場所調べたり、美味しいご飯を食べる事ができそうなお店を探したり。前日入りして、時間をかけてその土地でしか見れない物を見たり、旅行のテンションでしか頼まないような高い物食べたり!」
「あ、たしかに旅行の時ってテンション上がってるから、普段なら高くて食べないような物食べたりするよね」
「でしょ? それとね。イベント会場で販売してる物を食べたり飲んだりするのも、お祭り感があって楽しいんだよね」
「……楽しい、の半分を食事が占めてない?」
「気のせい、気のせい」
 手をひらひらさせながら、彼女は更に言葉を続けた。
「それでね。会場でしか食べられない物を食べたり飲んだりして、自分のスペースに戻ってね。机の上を見て、現実に打ちひしがれる……」
「急降下しないで、お願いだから」
 テンションの乱高下がジェットコースター並じゃないか。
「減らない在庫。自分が買い物したために増えた荷物。家に持ち帰る鞄は何キロになるんだろう? 宅配便、着払代金いくらになるんだろう? って考え始めたら、もう……止まらない」
「止まって。……と言うか、止めて。折角の想像力をそこで無駄遣いしてないで」
「いやもうね、止められるもんなら止めてみな! って感じ?」
「余裕があるんだか無いんだかどっちなの」
 呆れ気味に言うと、彼女は苦笑した。止めたいのは山々だけど、これが性分なんだよねぇ、などと言っている。難儀だな……。
「面倒臭い性格なのは自覚してるけどさ。ほら、やっぱり頑張って作ったんだし。見てもらいたくてイベントに参加してるわけだから。無配だけでも、誰か貰っていってくれないかなぁ、とか。見本誌を手に取って中を見てくれないかなぁ、とか。もう中を見るまでいかなくて良いから、絵師さんに描いてもらった綺麗な表紙絵を見てくれないかなぁ、とか。まぁ、色々と頭の中を渦巻くわけよ」
「そりゃ、参加するからには色んな人に見て貰いたいって思うのが人情だろうしねぇ」
 俺がそう言うと、彼女はこくこくと頷く。頷き過ぎて、そろそろ首がもげるんじゃないかと心配になってきた。
「それでね。今回もやっぱり駄目かなぁ、なんて思ってると、稀に不意打ちが来るんだよね」
「不意打ち?」
「そう……『これください』って言ってくれる、天使が……現れて……後光が、差して見え……」
 彼女は眩しそうに目を細め、そして両手で顔を覆った。そして、膝から崩れ落ちる。あ、これはもうその買ってくれた人の事を救世主か何かに思ってるな。
「その時はね……何とか頑張って、笑顔で『ありがとうございましたー』って言ってる」
「……頑張らなかったら、どうなるわけ?」
「お茶出してもてなし始めるかもしれない」
 頑張るって。笑顔を頑張って出すんじゃなくて、浮かれ過ぎないように頑張るのか!
 すごいな。テンションが下がって、上がって、またズーンと下がったと思ったら一気に急上昇して。ジェットコースターでもこんなに乱高下しないんじゃないか?
 こんな風に人のテンションを乱高下させるとは。
「イベントって、こわいなぁ。あ、勿論、良い意味で」
 そう言うと、彼女は「でしょ?」と言って笑った。
「このこわさを味わうために……ネガティブな意味でもこわいんだけど、それでも参加しちゃう面があるんだと思う」
「そういうもんなのかぁ。俺には想像がつかないや」
 そう言うと、彼女は「だったら」と呟いた。
「一緒にイベント、出てみない? 丁度、売り子が一人いればなぁ、って思ってたんだよね」
 そうきたか。……と言うか、さては最初からそのつもりでイベントの話を聞かせ続けたな? こわいとか言って俺が話を聞くように仕向けたのも、もしかしなくてもこのためだな?
 あ、くそう。今まで聞いた話のせいで、すごく気になってる。イベントに参加して、お祭り気分やテンションの乱高下を味わってみたくなってる。
 なんだこれ、こわい。
 イベントの魅力、こわい。

(了)


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サークル名:若竹庵(URL
執筆者名:宗谷 圭

一言アピール

この作品はフィクションです。
実在のサークル、創作者、イベントとは関係ありません。

たぶん。


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