拝啓、世界を壊したかもしれないあなたへ
このお手紙を受け取られた先生は、いったい今何をしているのでしょうか?
20年前、学内でも、また業界でも御高名だった先生のゼミへ入室した時からずっと先生をご尊敬申し上げておりました。
「あなた、手紙が来ておりますよ」
「ん? あぁ。そこへ置いておいてくれ」
緑に囲まれたその屋敷は、一見すると1億越えの豪邸の様に思えるがその地価や建設費用はさほどかかっておらず、総工費5000万円程度。ここに住まう老人は、かつて『天才科学者』『時代の寵児』などともてはやされノーベル賞をも受賞した程の大人物だったが、定年退職し、研究開発の第一線を退いた今では日本の山奥に妻と住むただ1人の老人である。21世紀後半ともなると既にドローン宅配やドローン郵便が一般的となり、すっかり『都会に住む意味』がなくなりつつあった。食品も薬も医療キットも24時間365日対応ですぐに届く。そのおかげで彼とその妻は、現状何ら不便のない暮らしをしている。
「そんなこと言って、まだ読んでない手紙が山ほどあるではありませんか」
「忙しくてな。少しずつ消化しているはずなんだが……」
「そんなこと言って、一日中本を読んでいるばかりではありませんか。ここ最近、あなたの教え子からの手紙が絶えないんですよ?」
実際それだけではない。今や老人は滅多に開かないが、彼のメールボックスにはその倍以上の量のメールやメッセージが届いていた。しかし、そんな現実を老人は一切知らない。
「全く、いつまで経っても甘えん坊な教え子共だ。全員に『少しは自分で考えろ』と返事を書かねばならんのか? 面倒な……いつまでも生徒気分では、この先が思いやられる」
彼はため息をついてそう愚痴った。
先生が発明された人の脳波を読み取るマイクロチップ『サージ』は今や世界でも広く普及しております。自動運転車両や介護用品、医療器具、建設現場の重機からスマートフォンやVRゲーム機にも搭載されており、生活から娯楽まで幅広く活用されております。
「今日の晩飯は鯖味噌が食いたいなぁ。今から出来るか?」
「流石に、今からじゃあ無理ですよ。昨日あなたが『寒くなってきたから、久々に水炊きが食べたい』と言っていたから、先ほどまでそちらの用意をしていたんです。夕方過ぎに、急なメニューの変更は困ります」
「そうかぁ……」
老人は遠い目をして屋敷から見える、自然豊かな山々の景色を眺めた。
「そのために良い鶏肉を買いましたから、本日は久しぶりに熱燗と共に頂きましょう」
「熱燗か。いや、それよりも今晩はビールがいいな」
「え? あなた、ビールは嫌いと仰ってませんでしたか?」
「いや、そんなこと言ったか? そんなこと言ってないぞ? そんな覚えはない」
子供のようにぶんぶんと首を横に振る老人。その妻はどこか心配そうな表情で
「……わかりました」
と、静かに、淡々と頷いた。
ですが、あなたの発明された『サージ』は今や多数の軍事兵器に転用されているのをご存じですか? と、言うよりご存じでしたよね? 先日学内の金庫にあった会計資料を見たところ、あなたが25年前からアメリカ軍陸軍から資金提供を受けていたことを知りました。それだけではなく、過去の入金記録から中国政府やロシア当局からの入金も確認しております。これは私の推測ですが、先生はその時から、私たちに内緒で各国に技術提供をしていたのではありませんか? しかも、軍事転用を前提に。
「全くどいつもこいつも、いつまで儂を働かせれば気が済むのだ。教えることは全部教えた。引き継ぐものは全て引き継いだ。それでなお、儂に何を頼っておるのか情けない」
胸ポケットから煙草を取り出して口に咥え、ビンテージのジッポライターで火をつける。何年も前からこの銘柄を吸っている……ような気がする。正確に何時から吸っているのかは覚えてないが、『覚えていないということ』さえもこの老人は認識していない。
「『サージ』を戦車や戦闘機、戦闘用自動歩兵に搭載すれば、最小限の訓練で……いえ、場合によっては訓練を一切せずとも戦場で歴戦のエリートすら瞬殺できる無敵の兵器になるはずだ」と以前、ゼミの飲み会の席にて後輩がそう口にしたのを先生は叱責なさいましたが、それを証明、実証するかのように昨今のニュースでは『サージ』を搭載した戦闘マシンによる戦争が報じられています。報道の上では戦争と言われていますが、現地の職員や現地から帰国したカメラマンの言うところを聞くとその実情は一方的な殺戮だそうです。『サージ』搭載型兵器を持つ国が、そうでない国を一方的に侵略する大量殺戮。その為の大義名分はでっち上げも良いところ、誰も彼もとっくにどうでも良くなっている。もちろん、そんな戦争を始めた責任の所在が、先生には一片たりともないことは承知しております。先生を糾弾することは全くのお門違いだと自覚しております。けれど、けれど先生。私はこう思うのです。先生が『サージ』を外国の軍や政府に渡していなければ、いやそもそも先生が『サージ』を作らなければ、こんな戦争という名の殺戮は起きなかったのではないでしょうか?
灰皿にすっかり短くなった煙草が3本横たわるころ、老人は何度読み直したか分からない文庫本を再度開いていた。推理小説だが、どうも最近読むたびに犯人が誰だったのかを忘れてしまう。第一発見者のシェフだったか、それとも一人娘だったか、好きな本だったはずだが、どうにも物忘れが酷くていけない。
「年を取るってのは、困ったもんだな」
そんなことを1日に何度か吐露している。という事実を老人は覚えていない。
先生に問います。先生は、先生がこの世にもたらした『サージ』が大量殺戮に使われている現状をどうお考えでしょうか? どうすべきだとお思いでしょうか? 『サージ』を全て亡くすべきだと思われますか? それともそれも仕方がないとお考えでしょうか? 私は、私はもはやどうすれば良いか分かりません。あなたの子である『サージ』が殺人鬼になっている現状を、あなたならどう変えますか?
老人は実のところ、手紙のほとんどを読んでいない。その理由は3つある。
ただただ教え子たちが自分に甘えているのだと考えているのが1つ。
彼は手紙を開けても最初数行だけを読んで『内容を理解したつもりになって閉じてしまう』くせがあるのが1つ。
そして彼自身、自覚は無いがアルツハイマー型認知症を患っているのが1つ。
故に、その本質を目にするに至らないのだ。自身の発明品が今どうなっているかなんて、彼の知るところではない。近く、自身が現役時代に何を為し、何をもたらしたのかさえ忘れ去るだろう。
「全く、忙しいなぁ」
そう言いながら彼は理解が追い付かない推理小説を捲る。
さて、誰も問わないし問いようもないので私が問おう。
彼は何かを思うべきなのか?
彼は何かをすべきなのか?
彼は間違っているのか?
彼は間違っていたのか?
彼に罪はあるのか?
彼に罪があるとして、それを裁くべきだどこの誰なのか?
それを裁いたとして、誰の胸がすくのか?
何ひとつ、誰にも分からない。たた確かなのは、すぐ近くに積まれた、彼が認識すべき数多の現実を、彼がきちんと認識することは恐らくは無いだろう。
それだけが確かなことなのだ。
サークル情報
サークル名:Your Production
執筆者名:白色黒蛇
URL(Twitter):@hakusyokuK
一言アピール
今までは蛇之屋として活動していました。創作界隈の何でも屋、マルチメディア展開が特異で制作進行&マッチングサービス「COto」を運営しております。
