おしまいのあとで
薄暗くて埃っぽい小部屋だった。
どこを見ても本だらけ。そのくせ書棚には紙類がぐちゃぐちゃに詰まっている。
書き物机には齧りかけの林檎。食べてから腐ったのか、腐ったのを食べていたのかは定かでない。
この部屋の住人も孤独な身の上だったようだ。世話をする身内の一人もなく、訪ねてくる友人の一人もなく、小さなベッドで身を丸くして動かなくなっていたらしい。
骸は埋葬されたのであとはここの片づけが残るだけ。うず高く積み上げられた蔵書のせいで薄暗い部屋へそっと踏み込む。
価値のある古書があるかもと思ったが、ここの本は古いだけでいくらの値もつきそうになかった。
遺族がいれば二束三文にしかならずともまとめて売ると言ったかもしれない。或いはどこかに寄贈すると。人が焼かれるとき本もまた焼かれることは珍しくない。
この部屋の一切は死んだ老人の持ち物で、誰かが勝手に次の持ち主を決めるわけにはいかなかった。遺言書もなかったから丸ごと全部焼却場行きだ。
嘆息を一つ零す。同僚たちと黙々と、玄関に近い順に、本も、服も、椅子も、机も、薬の余りも、何もかもを片していく。
確かにここにいた誰か。その誰かの痕跡が消えていくのは無関係の己にもやるせないものがある。
世の無常とでも言えばいいのか。主に遅れて死んでいくモノたちにしばしば感情移入しかける。
こじんまりした部屋だったし、選り分けるものもなかったから、作業はものの数時間で終わった。最後のひと山は部屋の奥に置かれた古い木のベッドだった。
「あれっ?」
枕元に絵葉書を見つけて俺は声を上げる。「この人、身内がいるじゃないか」と。
差出人は表にかかっていた札と同じ苗字、違う名前。連絡がつけば遺品を引き取ってくれるんじゃないか。すべて灰にしなくても済むんじゃないか。
そう思ったのに同僚はあっさり首を横に振った。
「それは三年前に亡くなった息子さん。ここの人に身内はいないよ」
すっかり片付いて広くなった部屋に疲れたような声が響く。「そうか」としか返せずに俺はしばし黙り込んだ。
春にはここに新しく人が入るだろう。
一つの物語が終わり、一つの物語が始まるだろう。
トラックに積み込むものを積み終わり、俺は最後に玄関の鍵をかける。
閉ざされるドア。
空っぽの部屋。
カーテンのない窓が優しい光を投げかけて。
おしまい、おしまい。おつかれさま。
静かに光が差している。
サークル情報
サークル名:文水嶺
執筆者名:けっき
URL(Twitter):@umiharakekki
一言アピール
ファンタジー、SF、現代、恋愛しないのも3Lも書けるものはなんでも書きます。光も闇も両取りしていくスタイル。
暗い夜に耐え、朝焼けを待つ物語が好きです。