父から息子へ、息子から父へ
『眞澄
元気にしているか。眞澄が本家の養子になったとき、これからは簡単に会えなくなるだろうと予想はしていたけれど、これは想像以上だと、こうして手紙を書いている。せめて父さんも夢を渡れれば、眞澄と蓮の側にいてやれるのにと、自分に流れているはずの宮舘の血が、恨めしくてならない。
母さんから、眞澄は元気にしている、と聞いている。こちらでは起きないけれど、蓮は胡蝶で変わりないと眞澄が言っていた、とも聞いた。だが、父さんは、そのどちらも心配でならない。
人間というのは、急激な環境の変化に、大なり小なりストレスを感じる生き物だ。眞澄も蓮も、いま、この家に、父さんと母さんのそばにいない。そんなこと平気だよ、なんて聞くつもりはないよ。お前も蓮も、平気でいられるはずがないんだ。それでも平気なように見えるなら、それは平気に見えるように、無理をしているのではないかと、案じられてならない。
いま、お前の、蓮のそばには、素直な気持ちを、弱音を吐ける人がいるのだろうか。お前も蓮も、父さんには言えないかもしれない。だが、隆臣さんは、そして鹿渡さんは、頼っていい人だと覚えておきなさい。弱音を吐き出してもいい相手だと、心の片隅に留めておきなさい。先日、鹿渡さんがお見えになったとき、いろいろお話をうかがった。信頼するに足りる方だ。
呪いから、宮舘から、逃げてもいいんだよ、と言っても、お前も蓮も聞きはしないだろう。まったく、頑固で手のかかる子供たちだ。親の心労を増やすことしかしないのだからね。だからせめて、お前たちの近くには、弱音を吐ける場所がある、ということだけは、心のどこかで覚えていてくれないか。
元気で。 父より』
『父さん
手紙、ありがとう。こちらは変わりなく過ごしています。そうは言っても、父さんは安心してくれない気もするけれど、親はそういう生き物だ、といつか隆臣さんに聞きました。娘が息子がいくつになっても、心配せずにはいられないのが親だ、と。
俺も蓮も変わりありません。こちらでは起きないけれど、蓮は胡蝶で、変わりなく過ごしています。ときどき、もう少し大人しくしていてほしい、と思うぐらいです。
俺に関していえば、本家でも不釣り合いなほど厚遇されています。顕信さんも顕孝さんも、とても良くしてくれていますし、透子も相変わらずです。
蓮は、たぶんですが、胡蝶の中央兵舎の管理人さんを頼りにしているようです。椿木さんという、笑顔の優しい朗らかな女性です。年は、いくつなんだろう、俺たちより五歳から十歳は年上だと思います。はっきり聞いたことがないのでよくわかりません。
隆臣さんから聞いた話になりますが、現世に戻れなくなってから一月、蓮はかなり椿木さんのお世話になっているようです。一度ご挨拶に伺いたいぐらいなのですが、何度尋ねても現世の住まいを教えてくれなくて、ちょっと困っています。まあ、そのくらい防犯意識が高いほうが、いろいろと安心なのかもしれないね。
とりあえず、俺たちはそんな感じです。だから、――心配せずにはいられないのが親だ、ということなので、これを伝えても安心できないかもしれないけれど――どうか、心配しないで。俺たちは、夢の先、胡蝶で、それぞれの日々を過ごしながら、それぞれに役目を果たしています。
どこかのタイミングで、一度家に帰れるといいな。また会える日を楽しみにしています。
お元気で。 眞澄』
サークル情報
サークル名:わしず書房
執筆者名:ワシズアユム
URL(Twitter):@ayumu_washizu
一言アピール
テキレボ合わせの新刊『胡蝶之烏』に登場する手紙と、その返信です。返信の方は本編には登場しませんが、本編を読む前と後でいろいろ深読みできる手紙(になっているはず)ですので、よろしければ本編にもお付き合いください。『わしず書房』にてお待ちしています。