辺境から、愛を込めて娘より

 遠く離れた地に住まう母、アデールに手紙を書く。
「えーっと……かあさ……いや、アデール様、ロンです。お元気ですか。あたしはなんとかやってます」
 何故このような手紙を書いているのか。それはあたし、ロンことヴェロニクが、この辺境の村に来て早1ヶ月経とうとしているからである。

 元はと言えば、オウジサマ……友人のエロワ王子があたしを、地方に派遣する教員隊に推薦したことが始まりだった。故郷が亡くなりアデールに預けられたあたしだが、そもそもがド田舎の出身であったため、とにかく学がなかった。しかしアデールと王都で生活するために、必死に勉強していたら、エロワが
『教員隊に補助職員として加われば、勉強を教われる上に給料ももらえる。本職の教員側も地方の子供の学力レベルが知れて練習も出来きて、一石二鳥? 三鳥では?』
 などと言い出した。そしてそれを担当者に伝えたところ、諸手を挙げて受け入れられた……という次第である。なお、辺境の地だと魔族に襲われる可能性もあるが、半魔のあたしが居れば交渉に使えるかも? というシビアな理由もある。あと単純に人手が足りない。

「現地では、とても忙しくしています。そのせいで、手紙を書くのも遅くなってしまいました。心配おかけていたらごめんなさい。……ここは『お』じゃなくて『を』か?」
 本当はもっと早くに手紙を書くつもりだった。あたしは字を読むのがやっとで、書くのはまだうまくない。その練習もかねて、手紙を書くようにアデールにも言われていたのに。
「毎日、目が回るほど忙しいです。現地の子供にわからないところを聞いても、何がわかるかすらわかりません。教える内容を先生達と考えたり、彼らにも伝わる資料を作るのが、まずとても大変でした」
 そう、本当に忙しかった。この辺境の村の子供達は、読み書きどころか文字の存在すらあやふやだし、自身の名前の発音すら怪しい子がいっぱいいる。改めて、辺境の村出身でも、最低限のことを教えてくれた、自分の両親に感謝した程だ。
「あとは……こういうのは何て書くんだっけ……? あ、そうだ。子供達の親御さんから勉強のための時間をもらうのも大変でした。子供は働き手だから、いないと困ると言われました。……まあ、そうなんだけどな。それは、あたしもそうだったんだけどさ……。それから……」
 まず教えることに取りかかる前に、すべきことがそれだけあった。だからまともに授業を開始できたのは、本当に1ヶ月経った最近なのだ。その間にもあたし達はあたし達で生活しないといけないから、空き家を借りて住めるようにしたり、食料を提供してもらえるように村の人と交渉したり、もちろんそのために農業や家畜の世話だって手伝った。
「まあ、あたしはそういうのやってたから平気なんだけど……都会育ちの先生達は大変そうだったな」
 思い出して苦笑いしてしまうくらいには、王都出身の先生達は農業において役に立たず、そこはあたしや他の手伝い、実家が地方の先生達でなんとかした。1ヶ月経った今では、ようやくトリやウシに追い回される先生はいなくなった。

 そして、もう一つ。書こうか書くまいか悩んでいることがある。
「アイツのこと……どうしよう……。書いたら、アデールは心配するかなあ」
 アイツとは、村の近くを散策中に見つけた1人の魔族の青年のことだ。彼は今は亡き前魔王をいたく崇拝していて、その魔王の妻をそれはそれは嫌悪していた。……アデールのことだ。

 その魔族との出会いは、ここに来て数週間経った頃である。村の近くに魔族の集落がないかとか、食べられそうな果実は生ってないかとか、他に危険はないかとかを探るべく、1人で外を歩いていた。そうしたら細っこい人が倒れていて、びっくりして駆け寄って覗き込んだら、魔族だったのだ。
 しかしそいつは痩せ細っていて、見るからに具合が悪そうだった。自分が半魔だから、という油断もあったかもしれない。体を起こしてやってから、鞄に入れていた果実水を少し口に含ませる。しばらくすると喉が動いたので、もう少し流し込むと、一気に飲み干して目を開いた。
「……誰だ……お前……」
「あたしはヴェロニク。この近くの村に派遣されてきた……半魔」
「はん……ま……!?」
 そいつは飛び起きて距離を取る。見開かれた目はあたしと同じで鈍い赤に光っている。魔族の証だ。違うのは肌の色で、あたしは白っぽいけど、彼は黒っぽい。混じりけのない魔族ということだ。
「どういう、つもりだ」
「? なにが?」
 離れた位置からの質問の意図がわからない。つもりも何も。
「倒れている人がいたら助けるだろ」
「……魔族、でもか」
「あたしは半々だ。だから両方助けるよ」
「……お人好しかよ」
 気の抜けたような顔で彼はため息を吐いた。そこであたしからも質問する。
「なんでこんなところで倒れてたんだ?」
 そいつは気まずそうに目を反らした。しばらく視線を彷徨わせた後、うつむいて答える。
「お……お腹が、すいて」
「……空腹で行き倒れていた????」
 お互いしばらく何も言えなかった。あたしはびっくりしすぎていたし、彼はどうも恥ずかしかったようだ。でも、ってことはまだお腹、すいたままなんだな?
「これ食って待ってろ」
 あたしは鞄に入れていた乾燥させた果実をそいつに放り投げて走り出した。全速力で走って借りている家の食料庫に駆け込む。保存用の干し肉と、乾かしたパンと……持って行っても怒られなさそうな食べ物を選んで鞄に詰めて、行きと同じくらい走った。

「……お、おま、たせ……」
「おい、大丈夫か?」
 ちゃんと待っていてくれたそいつは、息を切らすあたしを怪訝そうに覗き込む。さっきは焦っていてわからなかったけど、そいつはあたしよりも頭一つ分くらい大きかった。なのに全体的に線が細いので余計にひょろひょろに見える。息が切れていて言葉が出ないから、代わりに食べ物を差し出した。
「持ってきてくれたのか。なんでだ?」
「腹が減ってたらダメだ。考えることも、話し合いも、思いやりも、そういうの、なーんにも出来なくなる。だからちゃんと食べないとダメってアデール……母親に言われてる」
 すると何故かそいつの目つきが険しくなった。
「アデール……? 魔王様の……奥方の……?」
「知ってんのか?」
「お前、あの女の娘? じゃあ魔王様の?」
「違う。あたしは魔王様が亡くなってから、アデールに引き取られてるから」
 しかしそいつの怒りに澱んだような目と、声色は変わらなかった。
「食事と気遣いには感謝する。でも受け取れない。あの女に関わる一切を、俺は許さない」
 そしてそいつは食べ物を突っ返すと、よたよたした足取りで去って行ってしまった。一体何が起きたのかわからなかった。でも、憎悪の塊みたいな顔をされて、追いかけることが出来なかった。

「これをアデールに言ったら……心配かけるよなあ。その後も何度か会っちゃってるし」

 そう、そいつとは、それっきりではなかった。その後も村の外で何回か見かけて、話しかけたけど、返事はないか首を振るばかりだった。
 のだけど、そもそも手紙を書こうと思ったのは、やっぱりそいつの件が理由なので書いてしまおう。
「……っていう魔族に会いました。そいつ(名前を教えてくれません)は、魔王様の身の回りの世話をしていたのだと言っていましたが、アデールに覚えは有りますか? ……と」

 今日の朝。あたしが授業前にと家の裏で洗濯をしていたら、そいつがやってきた。
「下働きの奴隷かよ。洗濯なんて従僕にやらせればいいものを」
「いるわけねえだろ、そんなの。自分のことは自分でやる。当たり前だろうが」
「……それを奪われた俺の気持ちがわかるか!?」
「ええー、なんの話?」
 そいつはいきなり激高したかと思うと泣き出した。情緒不安定なのかな。やっぱりお腹すいてるのかな……と思っていたら、なにやら身の上を語り出した。
「ずっと、魔王様が成人なさってから従僕として仕えてたのに、ぽっと出のあの女に役目を奪われて……。魔王様に『アデールと2人で生活したいから』って解雇されて! 魔王様はちゃんと次の仕事も用意してくださったけど、俺はあのお方に仕えていたかったんだよ!! そんであの女、魔王様が亡くなったら、あっさり見捨てて人間側に寝返りやがって! 許さねえぞ!!」
 はあ、なるほど。概ねの事情はわかった。わかったけど、それは正直あたしには関係ないな?
「あのさ、あのさ。それ、あたし関係ないよね」
 そいつは赤い目を見開いて、ぽかんとした顔をした。余程想定外のことを言ってしまったらしい。
「えっ、え……?」
「あたしがアデールに拾われたのは魔王様が亡くなってからだし。それにアデールの家には魔王様との思い出の品が溢れかえるほどあったぞ。だいたい人間のアデールは、魔王様亡き後に魔族の中で生活出来ないだろ」
 とりあえず思ったことを言ったら、そいつはこの間と同じように、赤い目をきつく細めて、でもなにも言わずに去って行ってしまった。

「ということを、なんて言えば良いのか……。まあ、いいか。そもそも魔王様ともなれば従僕や召使いなんて山のようにいただろうし。あ、一応外見の特徴だけ書いておこう」
 そしてあとは天気の話とか、村で採れるおいしい果物のこととか、なんでもないことを書いておしまいだ。
「アデール、返事くれるかな?」
 わくわくしながら、村に唯一あるポストに書いた手紙を入れた。
 返事は思っていたより早く来たし、あいつもまた来た。でもそれより前に、忙しすぎる日常が繰り返される。
「わかり合えずとも、共存は出来るものなのよ」
 そう、同じように言った2人の母。実母は既に亡くなっているし、引き取ってくれた母であるアデールは今は遠い。でも2人ともそう言うのだから、きっとそうなのだ。だから、あたしは前に進む。彼女らの娘として恥ずかしくないように。

サークル情報

サークル名:水玉機関
執筆者名:水谷なっぱ
URL(Twitter):@nappa_fake

一言アピール
最後は安心できる話を書いています。
人間と人外が共存を目指す話(この話の本編です)、女の子と女の子が寄り添う本を出します。(出します)
二次でFGO綱ぐだコピー本も出すつもりなので是非、webカタログをご覧ください。

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