サンヤー号で遊ぼう


 戦後、分断された国々を結ぶように走る一艘の帆船があった。サンヤー号という。
 遭難していた小学六年生三人組(ミズカ、ヨリオ、マイ)を助けてくれた。
 三人に限らず、過去にも様々な事情を抱える人々を助けてきたよう。異なる出身国を持つ子ども達(ケビン、チビ、アオリーヌ)にとってサンヤー号は、約束の集合場所でもあった。

 砂浜から船に戻って早々、チビは帆柱に登り出す。彼には甲板小僧としての仕事があった。帆をきれいに畳む作業が残っていた。
 一方、ミズカ達三人は仕事の手伝いを免除されている。アオリーヌに誘われて、船尾楼にあがる。
 そこには一人、先客がいた。ノースリーブの少年、ケビンだ。大の字になって、頬を甲板にすりつけている。
「げ、アオリーヌ!」
 アオリーヌを見るなり、ケビンは飛び起きた。
「何ぼけーっとしてるのよ、まったく」
 どうやらアオリーヌとケビンは知り合いのよう。アオリーヌは砂浜で会ったばかりの三人を紹介する。
「聞いて! 私の友達が増えたのよ、ほら。ヨリオとマイと、ミズカよ。うらやましいでしょう」
 高飛車なアオリーヌにも慣れているよう、ケビンはいたってマイペースに答える。
「ミズカとマイにはもう会っているよー。ヨリオは初めましてだねー。どうもこんにちは。おいらは、砂族のケビン!」
 ヨリオとケビンが握手をかわした。
「で、おいらのチビはどこー?」
「なによ、私の方が先にチビに会ったのよ。今日のチビは私のものなんだから!」
 言いがかりをつけるアオリーヌに、ケビンだって引きはしない。
「そんな勝手なことは認めないぞー! チビは、君のたくさんいる友達の一人かもしれない。でも、おいらにとってみたら、彼はこの世でたった一人の親友なんだ。今日だってチビに会いたくて、家から抜けだしてきたくらいなんだからなー」
「それをいうなら、私にとってもチビはスペシャルよ。なんてったって、彼は私達一家の命の恩人なのだから!」
 二人とも、チビのことをそれは大切に思っているようだ。
「それにしても呆れた。ケビンってば、また勝手に国から出てきちゃったの? お母さんに心配かけてどうするのよ」
「アオリーヌには言われたくないよー」
「私のマミーなら大丈夫よ。今夜にも合流できるから」
 ぽん、とアオリーヌが手を叩く。
「ああ、そうだ! せっかくサンヤー号にいれるのだから、遊びましょう! 今なら友達もいっぱいいるし。さあ、何の遊びがしたい?」
 やっと話がミズカ達にも回ってきたわけが、三人ともすぐには答えを出せない。アオリーヌのテンポについていけない。
「それなら、海賊ごっこ遊びをしようよー」
 提案したのはケビンだ。アオリーヌはその話に乗った。
「いいわね、それにしましょ。じゃあ、はい! 私は海賊船リーヌ号の船長、アオリーヌ!」
 アオリーヌは肩(パフスローブ)をいからせながら、船尾楼の端まで歩く。海をバックに、ぱっとふり返ってみせた。その軽やかな身のこなしは、まるで映画の女優のようで。
「『私は、女海賊アオリーヌ! はるか東のはてに眠る、秘宝を探しにいかないか、諸君!』
 ……ってことで、早い者勝ちよ! 皆は何になりたい?」
 すっかり役にはまりこんでいる。そんな彼女の横に並んだのは、マイだった。
「私は、おいしいクッキーをつくるのが得意ネ。だから、料理人になって皆を応援するネ」
「きゃー! 心強いわ、マイ。ありがとう」
 アオリーヌはマイを引きよせ、肩をぽんとたたいた。
「『マイくん、君はとても腕利きの料理人だ。リーヌ号にふさわしい。歓迎しよう!』」
「『お目にかかれて光栄ですネ、アオリーヌ船長! かならず、お宝を手に入れてやりましょう!』」
 マイはアオリーヌを真似て、いかにも台詞っぽい言葉を使ってみている。それでも照れ笑いを隠せない(とてもかわいい)。
「つぎは、おいらだー!」
 ケビンが立ち上がる。サンヤー号乗組員の声真似をしてみせた。
「『わしは、伝説の釣り人、ダミー。わしの手にかかれば、釣れない魚などないねぇ! 料理人マイよ、案ずることはない。食材はわしがたんまり用意しよう』」
 声の濁りも、きょろきょろした身動きも、副船長ダミーにそっくりだった。アオリーヌが腹を抱えて笑う。
「ひきょうよ、ケビン! ダミーさんの名前を使うなんて」
「えー、別にいいだろ。だって、ダミーさんはダミーなんでしょう? ひょっとすると本名は、ケビンかもしれなーい」
「まあ、いいわ。ケビンは釣り人で決定ね。それで、ミズカはどうする?」
「ええと……」
 さっきから考えているのだが、なかなか答えが思いつかない。マイが助け船を出してくれた。
「ミズカは、学校でも成績が一番になるくらい、かしこいネ。だからきっと、航海士がお似合いネ!」
「いいわねー! 航海士ミズカ、ぴったりよ」
 なるほど、航海士という選択肢もあったのか。
 みんなの期待に応えようと思い、ミズカも姿勢を正した。アオリーヌに敬礼してみせる。
「『海賊船リーヌ号の航海士、ミズカです。どんな海域も、冷静にきりぬけてみせます! よろしくお願いします』」
 マイもアオリーヌも拍手して、ミズカを迎える。
「あとは、お兄ちゃんだけネ」
「どうするー? なんなら、おいらが考えてやるよー」
 ケビンが申し出たが、ヨリオは手をたてて断った。
「いいや、大丈夫さ。俺の答えは、最初からひとつなんだ」
 もしかして、と思ったが、そのもしかしてだ。ヨリオは拳をふりあげると、高らかに宣言してみせた。
「『俺は! 勇者カツヨリ! カツヨリがいるからには、安心するといい。どんな敵も、この聖なる剣でたつ!』」
 空中で竹刀を振る構えをとってみせた。
「おおー、かっこいい!」
 ヨリオの芝居は実に完成されたものだ(普段からやっているのだろう)。それで、ケビン一人だけあつい拍手を送っていたけれど。女子達は冷静だ。
「ちょっとまって、海賊船に、勇者が乗っているの?」
 アオリーヌのつっこみももっともだ。
「ダメかよ? 金欠で、ひとつ金稼ぎにきましたーとか」
「『金欠の勇者』ネ……」
 マイが頭をかかえている。アオリーヌもため息をついていたが、ちゃんと考えてくれたようだ。
「わかったわ、ヨリオ。あなたは『切り込み隊長』よ。いいわね?」
「イエス サー キャプテン!」
「そうとなれば、話は決まり! 皆で、チビを迎えにいって驚かせてあげましょう。『航海士ミズカよ、どうやって目的地へ向かおうか?』」
「『はい、船長。船尾楼を降り、二つばかりマストの側を通りぬければ、つくはずです!』」
「『なるほど、そのように進もう。いくぞ、皆のもの!』」
「『えい えい おー!』」
「『海賊船リーヌ号、しゅっぱーつ』」
 歓声をあげて、船尾楼から降りていった。今なら空想の世界が、いくらでも目の前に広がっているような気がしていた。
 しかしその興奮も長くは続かない。
 船長室の扉がばんと開かれた。大男があらわれる。本物のサンヤー号船長、ムガイのお出ましだ。眉間にしわを寄せ、虫の居所が悪いようだ。
 これには、さすがのアオリーヌもたじろいでしまう。
「あ、あ……ご無沙汰しております、キャプテン」
「今、上でなんの話をしていた?」
「あの……海賊ごっこを少し……」
「ばかもん! ここは海賊船じゃない、 商 業 船 だ。税金を払い、国からの許可をもらって商売しているんだ。あんな無法者、金と酒しか頭にない連中と一緒にされてもらっては困る!」
「そんなつもりは……ごめんなさい。遊びのつもりで、つい、盛りあがっちゃったんです……」
 その場に居合わせた子ども達五人全員で、頭をさげた。それでも、船長の怒りはまだおさまらないよう(よほど機嫌が悪いときに騒いでしまったらしい)。
「遊びだとしてもな、誰がどこで聞いているかわかんないんだぞ。もし、この船が海賊船だと誤解されれば、どうなる? 全員、ギロチン台行きだ。首がはねとぶぞ」
 あまりの恐ろしさに、身がすくんでしまう。返す言葉が見当たらず、縮こまっていたら。違う方向から、緊張感のない声がとんできた。
「まー、そんな心配しなくても大丈夫ですよ、キャプテン。子どもの遊びでしょ? それに、こんな砂丘のまんなかで、聞き耳たてる奴なんざいやしません」
 新入りの機関士、ボトルオだ。その作業着はくたびれ、オイルで汚れていた。
「なんだ、お前も俺に口答えするつもりか」
「いやいや、そんなつもりじゃございません、キャプテン。ただ、ほら。こんなにも反省している子ども達を見ていたら、かわいそうだな、と思っちゃって」
 船長の怒鳴り声ほど、骨にひびくものはない。ボトルオが間にはいってくれて、助かった。今ならボトルオが輝いてみえる子ども達だった。
 ムガイ船長はふんと鼻をならすと、厳しく言いつける。
「とにかくお前たち、二度と海賊ごっこなんてするな。もっとマシな遊びをしろ」
「はい、わかりました」
「それと、ボトルオ」
「なんでしょう?」
「子ども達が面倒を起こさないか君が見張っておきなさい」
「ええー、僕が?!」
 ムガイ船長はさも当然といった風だ。
「これは船長命令だ。子ども達が怪我なく遊べるよう、君が監視するのだ。子どもが自分で自分の責任をとることはできないからな。責任は全て大人の君が負う。わかったか?」
 ボトルオはいかにも面倒くさそうに頭をかいている。
「返事は!」
「イエス サー キャプテン!」
 船長はぶつくさ言いつつも船長室に戻っていった。扉が閉まる音と同時に、安堵のため息がこぼれる。
 それは新しい遊びが始まる合図でもあった。
 仕事を終えたボトルオとチビも加わって、サンヤー号でもう一騒ぎ起きることになるのだが、それはまた別のお話である。


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サークル名:ひとひら、さらり(URL
執筆者名:新島みのる

一言アピール
Cis2『サンヤー号にのって』第十四章から読みきりサイズになるよう編集して投稿です。世界を救う冒険に出たはずが、よく遊び道草をする彼らです。一緒に遊んでやってください、本というimagineの世界では、大人と子どもの境なんてありませんから。


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