サイン交換

 キャッチャーが出した「imagine」のサインに、先発の樫井は答えを出せずにいた。そのサインは、試合の序盤に出されたものだった。

「サインは、imagineだ」
正捕手でこの試合のスタメンでもある豊田が、樫井にそっと呟いた。その顔は、笑ってこそいなかったが、確かに相手を試すかのような表情をしていた。
そもそも、相手の主砲を苦手としている樫井が、豊田に対して攻め方のアドバイスを求めたのだが、彼は事も無げにそう言い放つと、ネクストバッターズサークルへと歩いて行ってしまったのだ。
 彼はよく、謎かけを投手にぶつけてくる。守備は確かで長打力があり、押しも押されぬ正捕手の彼なのだが、その難解な問いかけには「迷惑をしている」と公言している投手も多い。
 樫井はといえば、迷惑をすることもあるのだが、謎かけに挑戦すること自体は嫌いではなかった。なぜならば、正解を導き出したとき良い結果に転ぶことが多く、彼が正捕手たる所以を思い知ることが多かったからだ。そのため、今回のサインに対しても謎を解かんとする気概はあった。だが、全く見当がつきそうになかった。そのため、まずはチームメイトに話を聞いて、考えを膨らませようとした。

 まず声をかけたのは、正三塁手の松岡だった。
「え?imagine??」
そう単語を確認すると、彼はすぐさま独自の答えを述べた。
「そりゃ、真心を込めろということだな」
その意外な返答に、樫井は首を傾げる。どういうことかと尋ねると、松岡は自信ありげに続けて述べた。
「ほら、imagineといったらジョン・レノンだろ?けどさ、それじゃあ簡単すぎるわな。で、俺が思ったのは、ほら、真心がジョンを歌ったあの曲よ。」
どうやら、彼は裏をかいての答えにたどり着いたようだった。
「つまりだ。ほら、樫井と豊田は兄弟みたいなもんだから、真心を込めればなんとかなるって寸法よ。俺も打ってやるから心配すんな」
そう言うと、彼は樫井の肩をバンと叩いてガハハと笑った。樫井は、ありがとうございます、と礼を言うと、次のターゲットに声をかけた。

 次に声をかけたのは、助っ人外国人のベンハミン・クルーズ。メジャー球団を数球団渡り歩いた経験豊富な外野手だった。通訳を交えながら話を聞く。
「imagineか。それは我々野球従事者にとって、観客を沸かせるためには必要なピースだ。」
クルーズは訥々と語る。通訳は、少し堅苦しい日本語で彼の言葉を訳していった。
「そう、それが無ければ、我々はプロとしてプレーをすることを許されない。なぜならば、所詮この野球は興行であり、観客が居なければ成立しない。そして、観客を呼ぶのは、選手の自由なimagineだからだ」
この歴戦の勇者は、異国の投手に対して諭すような口調で語りかける。それを、通訳も樫井も充分に感じていた。
「私が思うにimagineとは、驚き、だよ。誰もが驚くことこそがimagineなのだと思う。ぜひとも、そういったプレーを考えてみてほしい」
樫井は、muchas gracias、と通訳を介さずにこの偉大な助っ人に感謝を伝えた。

 最後に声をかけたのは、高卒二年目投手の菅本であった。入団後しばらく野手で行くのか投手で行くのかで揉めた天才である。
「何すか?imagine??それって、弾倉のことでしたっけ??」
多分違うと思う、と樫井が言うと、菅本はツッコミを意に介さない風に続けた。
「英語苦手なんすよね。けど、そんな深く考えたってしょうがないっすよ。」
力のある速球で打者をねじ伏せていくこの快速右腕は、投球スタイルさながらの豪胆さがウリである。
「自分、豊田さんのなぞなぞ?は嫌いなんす。そんなのほっぽり出して、テキトーに投げますけどねー。投げればなんとかなりますって」
菅本らしいな、と思いながら樫井はこの右腕を頼もしさに対して礼を述べた。

 三者三様の意見を聞き、樫井は考え続けた。試合はといえば、相手先発との我慢比べといった雰囲気で、両チームともにスコアボードに0点が並んでいる。
 しかし、試合が動く気配を見せたのは五回。ツーアウトから樫井が出した四球をきっかけにその後二者連続で安打が飛び出し、満塁の場面で打席には相手チームの主砲を迎えたのだった。
 まずいな、と樫井は思った。なぜならば、この主砲に対しての攻め方が具体的にまとまっていないからである。しかし、対峙をしなくては試合は始まらない。
 初球、外角のストレートで様子を見る。ミットに収まる。ボール。今日の主審は、外角に対して辛めだった。相手はボールが見えているようだった。
 二球目はプレート板の上に落ちるスライダー。これを相手は振ってきた。ストライク。今日の樫井はスライダーが冴えていたが、打者の方も振りが鋭く、安易にカウントを取りに行くとボールを捉えられそうである。
 三球目は思い切って内角へ。打者はのけぞらず見送る。ボール。主審の手は上がらない。のけぞりはしなかったが、これで外角を広く使えそうだな、と樫井は手応えを感じた。豊田もそう感じたらしく、次に外角の球を要求した。
 四球目。決めに行ったスライダーがコースに決まる。だが、主審の判定はボール。辛い、と樫井だけでなく守備側は感じたはずだ。そして、遊び球はなくなった。
 五球目に入る前にプレートを外し、樫井は再度考えた。imagineとは何なのだろうか、と。しかし、もう少し答えには時間がかかりそうだった。
 ここで、松岡が声を掛けに来た。
「おい樫井。ボールは走ってるぞ、打たせろ打たせろ。ストライク勝負で根負けすんなよ」
 確かに、樫井の感触は悪くなかった。甘い球にさえ気を付ければ、勝負はできるはずだった。
 そこから、樫井はストライクを続けた。投げたストレートもスライダーもカーブもシンカーも、どれもがストライクゾーンであった。そして、相手もそれについてくる。ファールが四球続いた。
 もう投げる球がないな、と樫井だけでなく、その場の誰もがそう思っていただろう。もはや、打たれるか押し出しかで勝負が決まる展開だった。しかし、諦めていない人間が一人だけいた。
「タイム」
 ふと、捕手の豊田が主審へタイムを要求した。そして、樫井の元へと歩いていく。
「サインは変わらず、imagineだ。これしかない」
 樫井は、豊田がこの勝負を諦めていないことを悟った。
「これに気が付ければ、お前はもう一段階上へ行けるんだ。頑張って考えてくれ」
 それだけ言うと、豊田はゆっくりホームへ戻っていく。その間に、樫井は頭をフル回転させてこれまでの意見をまとめてみた。ジョン・レノン、真心、驚き、テキトー。そこから何かを生み出せないだろうか。
 その時、樫井は閃いた。そうだ、アレをやってみる価値はある。
 樫井がセットポジションに入る。打者が構える。豊田は、「どこでも来い」といわんばかりにど真ん中へミットを構えている。
 樫井の指からボールが放れた。その球は、ゆっくりとミットへ向かっていく。ストレートでも、変化球でもない、何の変哲もないスローボールだった。
 しかし、打者は面食らった。直感的に、ストライクの予感をさせるボールだったからだ。自然と手が出ていた。
 瞬間、歓声が球場を支配した。主審が腕を力強く引く。空振り三振だった。

 その後、樫井は七回まで無失点で投げ切った。そして、援護するように松岡にツーランが飛び出し、後続がしっかりと締めて試合に勝利した。
 試合後、ほっと一息つく樫井の元に豊田が寄ってくる。
「さて、謎解きについて教えてもらおうか」
 樫井は、豊田を一瞥して答える。ジョン・レノンが訴えたメッセージのこと、驚きの事、テキトーさ、そして、真心のこと。
「つまり、お前は”遅球”から争いを無くす、というシャレで人々を驚かせ、テキトーかつ真心を込めてあの球を投げたわけだな?」
 そう言う豊田に樫井は頷き、答え合ってた?と尋ねた。
「そうだな、俺はお前のことを買ってんだよ。だから、お前が出した答えならばそれが正解だ。ただ、あえて本当の答えを言うならば、いいか?シャレで返すぞ?」
 と、少し勿体付けた豊田が改まった風に樫井へ向き直った。
「”大魔神”だ。imagineだ、を繰り返すと大魔神になるだろ?お前が自分の考えと能力とでピンチを乗り切ること、それこそが答えで、チームを救う大魔神と呼ばれるようになるかもだからな」
 樫井は、あまりにも斜め上からの回答に呆れてしまった。また同時に、こいつには敵いそうにないな、とも思い苦笑した。
「まぁでも、今日の投球は良かったよ。これからも、俺の謎解きに対してimagineを忘れないようにな」
 うるせぇよ、と樫井は豊田を小突き、それからがっちりと握手をした。球場では、残ったファンたちが球団歌を合唱し勝利した喜びを噛みしめている。それを見ながら樫井も、今夜は謎解きの余韻に浸ろうと、ゆっくりとダッグアウトを後にした。


Webanthcircle
サークル名: ホウマツタンカシャ(URL
執筆者名:キクハラシヨウゴ

一言アピール
普段はプロ野球をメインに短歌を詠んでいるのですが、せっかくの機会なので野球を題材にし、短い物語を書いてみました。これを見た皆々様から、何らかの「サイン」を頂戴できれば幸いです。


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