補われる影
学校からの帰り道、あんまりしつこく付いてくるので、声を掛けた。
「お前、描いてやろうか」
何でびくっとするんだ。お前が勝手に付いてきているのに。
黒っぽい毛玉は、物陰でこちらの様子をうかがっている。
動かないのを確認して、カバンからペンを取り出す。
「お前は犬だった。その家ですごく大事に可愛がられていた。天寿をまっとうして、飼い主より少し先にあの世に渡るつもりだった。で、ちょっと食い意地が張ってたから、他の家の餌皿に寄り道して、迷子になったわけだ」
適当なことを言って、スケッチブックにポメラニアンを描く。ざかざか、ペン先をわずかにすり減らしながら。
ポメラニアンのつもりが、綿あめみたいになる。毛玉に見せると、毛玉は首を傾げた。
技術としては、それほど絵は上手くないので、その反応も分からなくもない。
でも、別に上手く描けなくたっていいのだ。
「これがお前なの!」
毛玉が、きゃう、と吠える。よしよし、いい調子だ。
「おいで。ご飯食べたらお行き」
カバンから、パンを取り出す。ちぎって渡すと、毛玉はそれを食べて、吠えて消えた。
「ふう。一人でも上手くやれたな……」
「何が、ですか」
「ひぇっ」
振り向くと、スーツ姿の男が立っている。夕日をバックにしているせいで、顔が見えない。
「お嬢様、また、勝手な真似をして」
「いいじゃん別に! 何も悪いことしてないだろ」
「怪異に構ってはいけないと、あれだけ言っているのに」
「大丈夫だったじゃん」
想像と、それを具体化する力があれば、あのくらいのモノには対処できる。
スケッチブックの絵自体は下手だけど。意図が通じれば、叶う。
男がため息をついて、まだ物陰に残っていた他の毛玉を蹴り飛ばした。ひゃーう、と叫んで毛玉は消える。
「あんたは乱暴だからきらい」
「きらいで結構です。帰りますよ」
手を繋ぐと、男の手が少し汗で湿っている。走って駆けつけたらしい。
そういえば、登下校時に一人で行動していても、いつも、何かあればこの男が来てくれたものだ。
今日はたまたま、遅れただけで。
(でも、多分助けられることが当たり前じゃなくなる。一人で行動することだって、大人になるうちに増えていくから)
「大丈夫に、なるから」
「はい?」
「きっと強くなるから」
「強くは、ならなくたって構いませんよ」
男の影が長く伸びる。
人ではない形。
少しだけ、身がすくむ。
親族から聞かされた、おとぎ話を思い返す。
異形と約束をして、他の異形からは守られて暮らす、そのほかに取り柄もないただの人間たち。親族の、代々の人間がそうだから、誰も不思議に思わないけれど。
「きっと、対等になるよ」
不可解そうな顔をした男に、笑いかけた。
「守られてばかりじゃないし、もっといい方法を作るから」
か弱いからと選ばれるのではなくて、何か他に。自分で、なければならないと、望まれたいなと、思ってしまう気持ちがある。
人ではないものの、その内側、その、感情の有無まで、想像力で補ってはならないものだろうけれども。
せっかくだから、ちゃんと対等に変わりたい。
歩く影が重なって、そうして夜の町に消えていった。
サークル名:hs*創作おうこく。(URL)
執筆者名:せらひかり
一言アピール
人だったり人じゃなかったり、しゅーるだったりほのぼのだったりそうでなかったりするお話、あります。長編もあるけど、最近は掌編多め。本文の補足事項として、学生はこの後、塾に行ってから帰ります。家の人にも、当然何かついているようですが、お互いケンカはしないようです。