枕を編みにいく
先輩が教えてくれた店は配給所の近くの雑居ビルの地下にあった。
1回の料金は週末のデートを我慢するくらいのお手頃価格だ。
まったく最近はやばい雨ばかり降る。
僕は重い合羽を脱いで店へ入った。
子供騙しのネオンの中現れた冴えない親父に案内された小部屋は、リクライニングチェアひとつでいっぱいだった。
親父が腰に下げていたリーダーを手に取ってこちらを見た。親父は挨拶さえしない。もしかしたら声帯をやられているのかもしれない。
「50で」
クレジットカードを読むと親父は説明もせずにさっさと部屋を出て行った。
極端に照明が暗くしてあるのは掃除が行き届いていないのを隠すためだろう。
僕は床に置いてあるプラスティックカゴに合羽を入れた。壁には青い海に浮かぶ島、らくだのいる砂漠、満開の桜の仏閣、古代樹の森などの写真がでたらめに貼ってある。
僕はリクライニングチェアに座った。少しぐらつくけど思ったより寝心地はいい。右のコントローラーに触れる。後頭部からヘッドカバーがゆっくりと持ち上がってくる。視界が真っ暗になった。顎を引くと辛うじて自分の体が見えた。
真っ暗だったスクリーンに古臭いロゴが表示される。第三世代のOSだ。
波の音がした。
誰もいないビーチが映っている。それを背景に小さく切り取られた映像が並んでいる。古い街や遺跡、昔の山や森、たくさんの人で賑わう繁華街、もちろん白いビーチもあった。
僕は雨の降っていない町を歩いてみた。
町の人のオプションをつけていないけれど、ところどころ建物の中に当時の人が映りこんでいる。
皆幸せそうで健康そうだ。
風が僕の頬をくすぐる。風の匂いだってしそうだ。
向こうから彼女が歩いてきた。
僕のデータに残っていた彼女を無断で再生してくれたらしい。
景色に似合わないプラスティックスーツを着た彼女が微笑んでいる。
「やぁ、久しぶり」
僕はにこやかに手を上げて挨拶する。
グローブのオプションはつけてないからもちろん彼女に触れることはできない。
町はループしている。僕と彼女は誰もいない町を歩いた。
右下に表示された110502。ナンバリングされた誰かの記憶。
箱の中で暮らす僕達には贅沢は許されない。
移動は非効率だ。
箱分けの時期ならまだしも、二日、三日だけどこかへ行くなんて。
雨を避けて毎日職場へいって、給食を食べて、眠る。
僕はどこかへ行きたいなんて思わない。
見たことがない景色や会ったことのない人に会うためなんて。
ヘッドカバーが上がっていく。
かつて人々が楽しんだものを想像してみようとするけれどなかなかうまくいかない。
でもでたらめな真似っこだっていつかは本当になるかもしれない。
だから僕は今日も移動する夢を見る。
(了)
サークル名:ミツモト時計店(URL)
執筆者名:ミツモト メガネ
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