笑顔とケーキと未来の君

 大好物のケーキを頬張りながら、パルチェット──パルは幸せ色の空気に包まれている。彼を囲む“姉”を含む保護者たちは、麗らかな午後のティータイムを楽しんでいた。
「しっかしよく食うなぁ」
「育ち盛りですからね」
 この顔ぶれで、パルが最も懐いているレニーの呟きに、カルザスは柔和に微笑みながら答えた。
「パルって以前はもっと少食で、人見知りも激しかったんです。でもこのケーキのおかげで、パルはよく食べるようになったし、わたしとパルも仲良くなったようなものなんですよ」
 ホリィアンが過去を懐かしむように、そう口にする。
「それは初耳ですね。今度詳しく聞かせてください」
「ええ、もちろん」
 カルザスは穏やかな表情で、ホリィアンの話の続きを促し、会う口実を取り付ける。付き合いだして日の浅い二人は、こういったささやかな話題を通して親交を深めているのだ。
「ホリィさんの焼いたケーキもお料理も、どれもとても美味しいですよ。パルさんが好むのも理解できます」
「うん。それ同意」
 料理やお菓子作りが得意と口にしていた彼女の言葉は嘘ではなかった。男二人はもうすっかり胃袋を掴まれている。
「うふふ。面と向かって褒められると照れますね」
「事実じゃん。誇っていい特技だよ」
 レニーは目を細めて彼女を褒めた。

「ところでこいつ、こんなに甘い物ばかり食ってて将来どんなになるんだろうな? 完璧甘党だから、肥えやすいってのは間違いなさそうだけど」
「やっぱり気になりますよね……」
 “姉”であるホリィアンはため息を吐きつつ、食欲旺盛な“弟”を見つめる。そんな視線などまるで気にせず、パルは相変わらず口のまわりをクリームで汚しながら、ケーキを頬張っている。
「ふむ……パルさんの将来像ですか。ちょっと興味ありますね」
 カルザスはテーブルの上で両手を組み、物思いに耽る。頭の中に成長したパルの姿が浮かび上がった。
「パルさんは最近、剣術に興味を持ってますし、剣士になるのではないでしょうか?」
 護身用の小剣に触れつつ、カルザスは未来の彼と手合わせしている想像に、思わず頬を緩ませる。
「甘いもんばっか食ってるから、腹がボテッとした感じの?」
「それはさすがにかわいそうなので、食べた分を鍛えてもらって筋肉質なタイプになってくだされば……」
 すかさずレニーが茶々を入れ、カルザスは生真面目に返答する。その隣でホリィアンは、口元を押さえて嫌々と首を振った。
「パルが筋肉でムキムキって……なんだかすごくイヤですぅ」
「へぇ。自分の彼氏が筋肉質の剣士なのはいいの?」
 レニーがニヤリと口元を歪めながら、ホリィアンの榛色の目を見つめる。その視線には、からかい甲斐のある標的を見つけたと言わんばかりのものが含まれている。
 カルザスと同じく生真面目なホリィアンは、レニーの言葉を真に受けて、ブンブンと両手を振る。
「カ、カルザスさんとパルは違いますから! というか、からかわないでください!」
「いやー、ははは……」
 彼女の隣で乾いた笑みを浮かべるカルザス。
「なに笑ってんのさ? 二人とも、からかった時の反応面白いじゃん? これがちょっかい掛けずにいられるかっての」
 思わず本音が出た。
「僕たちは道化じゃないですよ!」
 カルザスの反論に、隣でホリィアンがうんうんと頷く。そんな様子もやはり面白いと楽しみつつ、レニーは香茶のカップに口を付けた。
 ケーキを頬張りつつ大好きなレニーをちらちらと覗き見ているパルに気付き、ホリィアンは人差し指を頬に当てて小首を傾げた。
「やっぱりパルはレニーさんに懐いてるので、レニーさんみたいな大人が理想なんじゃないでしょうか? こう、なんていうか……笑っててもどこか影があるっていうか、いつも斜に構えてるっていうのは、ちょっと語弊がありますけど……その……」
 口ごもりつつ、まとまらない思考を無理やり言葉にしようとするが。
「ええとそれは……闇に生きる裏稼業の人、という意味ですか?」
 カルザスが助け舟を出すも、レニーは露骨に剣呑な表情を浮かべる。
「はぁ? もしかしてこいつに暗殺者させようだとか思って言ってんの? おれは絶対そっち系の技術は教えない! ってか、こいつ臆病だし、ヘタレだし、ドン臭いトコあるから向いてねぇよ」
「向いている向いていない以前に、レニーさん、裏稼業はもう廃業してるじゃないですか」
「カルザスさんが振ってきたくせに。おれの過去はもう突っつくな」
 レニーが邪険にカルザスの顔の前で手を振る。過去を詮索されるのはご免だと言わんばかりに。
「あはは。じゃあ、僕たちのことをからかうのも無しということで、ね? お互い様ですから」
「チッ……わかった」
 こう言われてしまっては、彼の出した要望に応じるしかなかった。

 保護者たちの会話などお構いなしに、パルはひたすらケーキを頬張っている。
 たっぷりと盛られたクリームを舐め、てんこ盛りのフルーツにかじりつく。ふわふわのスポンジをもぐもぐと小さな口に押し込み、甘さ特盛のケーキを黙々と美味しそうにがっついている。
 そんな彼を見つめ、ホリィアンは諦めの境地にたどり着いたようなため息を漏らした。
「じゃあ……やっぱりよく食べるからぼっちゃりな感じの大人になっちゃうんでしょうか? 食べ歩きが趣味になっちゃったり。ああ、わたし。なんで今までちゃんとおやつの管理してなかったんだろう……」
 彼女の絶望的とも言える独白を聞き、保護者たちは無言のまま、激甘ケーキを食べ続けるパルを見る。
「むぐ……ん……ねー、おねえちゃん。けーきもういっこたべていーい?」
 無邪気な要望は、彼女を更に絶望へと追い込んだ。
 レニーは思わず真顔になり、ぼそりと呟く。
「……ありうる……この食い意地」
「……考えられないこともないですね……」
 カルザスも同意する。
「……自分で言い出しておいてなんですけど……想像に固くないですよね」
 ホリィアンは両手を頬に押し当て、再び重いため息を吐いた。
「おねえちゃん? レニー? おにいちゃん?」
 ケーキをようやく食べ終えたパルは、自分を見つめる三つの視線に、可愛らしく首を傾げている。だが彼の興味は、次のケーキを食べられるかどうかということだけだ。
「パル。三個目はさすがにやめとけ。マジで肥える」
「ねぇパル。ぷくぷくになっちゃうから、これ以上はダメよ?」
「パルさん、おなかがポンと出て、木登りできなくなったら嫌でしょう? だからケーキはこれでストップですよ」
 三者が三様に彼の要求を止めるが、彼はぷうと頬を膨らませる。
「えー! でもパル、もいっこけーきたべたい! けーきけーきけーき!」
 幼児特有のワガママモードに突入しようとした瞬間、レニーは閃いた。
「パル。これ以上食うならもう遊んでやらないぞ? 体が重くなったら、お前の好きなかけっこもできなくなるし、おれもお前を抱っこしてやれなくなる。今でももうかなり重いんだからな?」
 彼が自分に非常に懐いていることを利用した最大限の賭けとも言える発言。これで突っぱねられたら、ケーキをもう一つ与えるしかない。
 しかしどうやら彼のあどけない心に、レニーの言葉はガツンと響いたらしい。
「やーの! パル、レニーとあそびたいー! いいこいいこのぎゅーしてほしいー! パルひとりぼっちやーだー!」
 涙目になったパルが、ぶんぶんと首を振る。
「じゃあ晩飯まで、もうケーキは我慢な?」
「うう……けーき……うん……」
 ケーキとレニーを天秤にかけ、レニーの方にそれは傾いたらしい。レニーに構ってもらえない方がパルは嫌だと感じたのだ。
 ほっと一息吐く三人の保護者たち。ホリィアンは残ったケーキをパルの視界から遮るべく、さっさとバスケットの中へと仕舞い込んだ。
「ひとまず今日はなんとかなりましたね……はぁ……ぷにぷにもムキムキもイヤですぅ……」
 それが嫌なのはパル限定だが。
「これからは食事管理しっかりしねぇとなぁ……」
 放っておかれては嫌だとばかりに、膝の上に這い上がってきたパルを撫でてやりながら、レニーは苦笑した。口のまわりのクリームを指先で拭ってやりつつ、レニーはふと思いついたことを呟く。
「こいつの将来はまだ見えないけどさ。でも無限の可能性を秘めてるチビなんだ。なろうと思えば何にだってなれるし、選択肢はいくつもある。だからおれたちが今すべきは、愛情もってこいつをしっかり育ててやることなんじゃねぇの?」
 拭ってやったクリームでベタつく指先を、テーブルの上の布巾できれいに拭き取りながら、レニーは二人を見やる。
「それもそうですね。健やかに育ってくださいね、パルさん」
 カルザスは身を乗り出してにこりと柔和な笑みを浮かべる。
「うーん……食べすぎずに、元気で素直でわたしの言うことよく聞くならいい……かな?」
「ホリィ、その要望はちょっと欲張りすぎ」
「だってぇ……」
 “姉”であるホリィアンは“弟”に構いたいのだ。すっかり懐いているレニーにパルを任せてしまっている部分もあるが、やはり“姉”の立場は譲れない。

 保護者たちの訳の分からない会話に、パルは首を傾げてレニーを見上げる。レニーはにっと唇の両端をつり上げ、幼児特有のぷにっとした彼の両頬を手の平で挟み込んだ。
「パルは今のままでいいってことだよ。ほら、いい子いい子のぎゅーな?」
 可愛らしい幼児をぎゅっと抱き締めると、彼はきゃははと喜び笑いだした。
「うん! パルねー、レニーもおねえちゃんもおにいちゃんもだいすきー!」
 満面の笑みで好意を唱える幼児を見て、保護者三人も思わず笑顔が零れた。


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サークル名:アメシスト(URL
執筆者名:天海六花

一言アピール
「砂の棺」シリーズ外伝1巻のスピンオフです。
作中、唯一のちびっ子の将来を想像する保護者たちは、それぞれの境遇も相まって妄想が楽しいのではないかと思い、今回のお話ができました。
今作登場のキャラクターが気になった方は、ぜひ本編と合わせて外伝も興味持っていただければ幸いです。
よろしくお願いいたします!


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