薄明に繋がる想いを記す

 俺は今、大変珍しい光景を見ている。警備団の先輩であるギルベールさんが、真剣な表情でペンを片手に白い紙と睨めっこしているのだ。
 自分から進んでペンを持ちたがらず、報告書も適当に作って、ペンを持つ時間をいかに短くするかを心掛けている人が、なぜ。
 真正面の机で互いに向かい合って座っているため、面白いように先輩の様子を観察することができた。
 固まっていた先輩は、やがて激しく頭をかいて、首を後ろに倒す。
「ああ、どうすればいい!」
 独り言なのか、話しかけているのか、判断しかねる台詞だ。一年以上、共に行動しているが、未だに先輩の言動には理解できないものが多い。
 今は夜勤中のため、部屋には俺と先輩しかいなく、他の誰かに相談することもできなかった。
 報告書作りも溜まっているため、話しかけられるまでは放っておくことにしよう。
「マチアス、助けてくれ!」
 書きだそうとした矢先に呼びかけられる。俺ははあっと息を吐きだして、顔を上げた。
「なんですか、先輩。報告書作りは手伝いませんよ」
「なあ、お前は手紙って書いたことあるか!?」
「はい?」
 予想外の質問をされ、目が点になる。もう一度呼びかけられると、我に戻ってペンを置いた。
「近居報告を兼ねて、たまに母親に手紙を送っていますよ。別に親しくもないので、最近何をやったのか、あとは生きています程度の内容を簡潔に書いています」
 冷めた目で淡々と質問に返す。
 同じ都市内に住んでおり、帰ろうと思えば半日で帰れるが、昔から父親と折り合いが悪く、警備団に勤める直前に半ば家出状態で家を飛び出した。
 俺よりも遙かに優秀な弟と比べられることが多く、いつも父親には厳しく接せられていた。お前は駄目だ、馬鹿だ、もっと弟を見習えと散々言われまくった。
 母親が辛そうにしている姿を見たくなく、ずっと耐えていたが、それも警備団に入団が決まるまでだった。「警備団なんか……」と言った父親と口論になり、荷物をさっさとまとめて出て行ったのだ。そこで手を上げなかったのは、偉かったと思って欲しい。
 それ以後、母親から数ヶ月置きに手紙を送られてくるため、その返事で書くようになったのだ。
 先輩には家族とは疎遠状態としか言っていないため、詳細なことまで話したことはなかった。
 ギルベールは目をぱちくりとしてから、机を手で突いて、立ち上がった。
「なあ、どういう風に書き出しているんだ!?」
「俺の手紙はすごく事務的ですよ。先輩が知りたいような内容じゃないですって」
「それでもいいから、教えてくれ! 妹に書く手紙が、変じゃないか気になっていて!」
「あの大好きな妹さん宛の手紙? なおさら俺のは参考にならないですよ」
 先輩には五歳下の溺愛している妹がいる。初めて先輩と食事をしたときに、得意げに話してくれた。そんな彼女に、仕事ぶりや都市の様子を書いた手紙を毎月送っているらしい。もう何度も手紙を送っているはずなのに、どうして今更聞いてくるのだろうか。
「何でもいいから教えてくれ! 妹の手紙はまとまっているのに、俺の手紙、なんか読みにくい気がしてきて……」
 書くことが大の苦手な先輩が、そこを自覚したのは大きな進歩な気がする。先輩の手紙を読まないとはっきりと言えないが、おそらく話があちこち飛んでいる内容なのだろう。
 俺はこほんと咳払いをしてから、立ち上がった。
「一般的な書き方なら、お話ししますよ。まずは挨拶から。お元気ですか、とか――」
 そのとき、突然通信機の呼び出し音が鳴った。顔を引き締めた俺たちは、すぐに通信機に寄り、話を聞く。
 夜間まで開いている図書館の通信機からの連絡で、一人の女性が男に追いかけ回されて、避難してきたという話だ。図書館はすぐに入り口を閉めたが、男はまだ外をうろついているらしい。
 先輩は両手を組み、音を鳴らしながら、口元に笑みを浮かべる。
「女を追いかけ回すなんて許せねぇ。手加減しねぇぞ」
「先輩が本気を出すと殺しかねませんから、手加減してください」
 二人は街の紋章がついている、警備団を表すジャンパーを羽織って、現場に向かった。

 図書館の入り口に着くと、中から悲鳴があがった。互いに頷き合うと、先輩が先行して入り込む。俺は入る前に、付近をざっと見る。図書館の小さな窓が破られているのに気づいた。どうやらあそこから侵入したようだ。
 中に入ると、大振りのナイフを持った男が女性の首に腕を回し、近寄ろうとしていた職員に向けてナイフを振り回していた。
「寄るな! 俺はこの女と話があるんだ!」
 男が後ろ足で入り口に向かって下がろうとする。だが、ギルベールとマチアスの存在に気づくと、ぎょっとした表情で体を向けてくる。さらに警備団の服を見て、歯をぎりっと噛みしめた。女性の首に回している腕がきつく絞められる。
「誰が警備団に通報したんだよ。俺はただ、この女と話したかっただけだ!」
 ギルベールは両手を上げて、一歩近づく。
「そちらの女性は嫌がっているようですが? もう少し穏便に進めていただければ、こちらは何もしませんでした。しかし、もう器物損壊の容疑がかけられ、ついでに営業妨害になっていますので、見過ごすことはできません」
 さらりと罪状を読み上げていく。男はその言葉を聞いて息を飲んだものの、決して怯まず、むしろナイフをギルベールに向けて突きつけてきた。
「人の話も聞いていないのに、勝手に犯罪者扱いするな! お前たちは出て行って、俺とこの女を二人にさせろ!」
 女性の表情に明らかな恐怖が浮かぶ。ギルベールを包む気配が、一瞬で糸のように細くなった。
「援護頼む。たぶん必要はないが」
「わかりました」
 それだけ確認すると、ギルベールは袖の下から石を一粒取り出した。「石よ、頼むぞ」と言い、それを男たちの前に転がす。すると、石から勢いよく水蒸気が出てきた。
「なっ……!」
 男が水蒸気に目を向けている隙に、ギルベールは駆け寄り、ナイフを持った手首を捻った。ナイフが落ちると、足でそれを後ろに蹴る。
 俺はナイフを拾い上げて布で包み込む。拘束から逃れた女性は、すぐにこちらに寄ってきた。護るようにして、彼女の前に立つ。
 先輩は男の腕をとり、くるりと反転して、男を背負い投げし、床に突き落とした。大きく背中を打った男が苦悶の言葉を漏らす間に、腕をきつく捻り上げる。
「痛てて! やめろって!」
「静かにしないと、営業妨害した時間が伸びるぞ?」
 いつもの飄々とした様子は成りを潜め、冷酷な表情で男を見下ろしていた。
 やがて男は大人しくなり、観念したかのようにお縄についた。

 男は一方的に女性を慕っている人間だった。一度、女性に話しかけた際、拒絶の言葉を発された。だが、それで諦めきれず、しつこくあとを付け回し始めたようだ。やがて男は女に振り向いてもらえないのなら、殺してやる――という歪んだ考えになってしまったようだった。
 おおかたの話を聞き終わった頃には、薄明の時間帯となっていた。先輩は欠伸をしつつ、大きく伸びをしてから、窓の外を眺める。空はうっすらと明るみを帯び始めていた。
「まったく、男の一方的な思いこみって、面倒だな!」
「先輩も好きな女性ができたら、気をつけてくださいよ……」
「何でだ?」
 きょとんとした顔を向けられる。俺は適当に笑いながら誤魔化した。
 話を聞いている限り、先輩は妹さんを溺愛しすぎている。それこそ引くくらいに。これが赤の他人で、一方的な想いであったら、この男と同じ思考になっても不思議ではない。
 愛というのは人に力を与えるが、時に思考を狂わす。とても恐ろしいものだ。
「さて、報告書はマチアス君、是非作ってくれよな。俺は手紙の続きを書くから!」
「まだ書くんですか? もう引継の時間ですよ」
「ホプラ街への便、今日を逃すと一週間後になるから、書きたくて」
 俺は肩をすくめて、近づいた。
「ずっと思っていたんですけど、先輩って、どうして故郷には年に一回しか帰らないんですか? 早馬すれば、数日で行ける距離。そんなに妹さんが大好きなら、もう少し頻繁に帰ればいいじゃないですか?」
 手紙を書くよりも喋った方が好きな人間だ。そうすれば書くために苦しむ時間も減ると思うが。
「あまり会っちまうと、自分の目的を忘れそうだからさ」
 ギルベールは椅子に腰を掛け、ペンを取った。そして小さくはにかむ。
「手紙ってさ、いつまでも文字が残るものだろう。忘れても読み返せば、当時のことを思い出せる」
「たしかに昔の資料でも、手紙が元になっているものもありますからね。伝聞よりも正確に残せると聞いたことがあります」
「だから書くんだよ。思い出してもらうために」
 ギルベールは緊張した面もちで、一行目を書く。

『親愛なる テレーズ・ミュルゲへ』
 
 愛おしそうな表情で書く姿は、先ほど見た冷酷な顔の者と、同一人物には見えなかった。
「はじめは相手の状況を聞いて、俺の状況を述べる感じだっけ?」
「一般的にはそうですね。でも、先輩は先輩らしい書き方で、好きに書いていいと思います。突拍子もない内容でも、それが先輩だって妹さんもわかっているでしょうから」
 手紙は送る相手によって書き方を変えるものだ。
 丁寧に書きつづったり、適当に書き散らしたり、簡潔に書いたり――。
 短くてもいいから、想いを込めて、手で紙に書いて送ることが大切。その行為自体が、受け手側は嬉しいのだ。
 ギルベールさんの手紙は読みにくくても、テレーズさんなら笑ってそれを受け止めてくれるだろう。彼女と会ったことはないが、きっと心の広い妹さんだと、このお兄さんからは想像できるからだ。
 外からは、カラン、カランと鐘の音が聞こえてくる。都市の中央にある、象徴ともいえる鐘塔からだ。その音を聞くと、不思議と活力が湧いてくる。ずっと都市を見守っている鐘は、今日も朝を告げていた。

サークル情報

サークル名:桐瑞の本棚
執筆者名:桐谷瑞香
URL(Twitter):@mizuka_k

一言アピール
剣と魔法、成長、恋愛等をテーマにしたファンタジー小説を執筆。女性陣が特に強いとの評判です。短編集から大長編まで取り扱っています。
テキレボEX2の新刊は、アンソロの数年後を舞台にした、長編『薄明を告げる鐘の音』です。ある組織に狙われながらも、二人の男女が過去の事件の真実を明らかにするために、奔走します。

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薄明に繋がる想いを記す” に対して1件のコメントがあります。

  1. ぶれこみ より:

     ギルベールという男が、警備員として勇猛であるのにも拘らず、妹さんには良く思ってもらいたいと、不器用な手紙を書くというところが、すこし微笑ましかったです。でも、女を襲う犯罪男というステロタイプの設定が、時代劇のような嘘っぽさを感じさせ、だからこそ安心できるのかもしれませんが、物足りない気もしました。まあ、掌編だからあまり複雑なものは書けないのかもしれません。しかし、マチアスの手紙に対する見方がわかるような、あたたかみある作品だと思いました。

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