書きたくない手紙を書く方法

※本作品ではある方言に近い言葉を話すキャラクターが登場しますが、日本の地域とは何の関係もありません。登場する人物、名称等の設定はすべて架空であり、実在のものとは関係ありません。

「両親に感謝の手紙を書きましょう」
 小学四年生の道徳の授業で、先生は言う。
「そんなん言うても、無理や」
 瞬時に抗議した。
「今配っているこの紙に書いてください。授業参観で発表する内容ですからね」
 うちの発言はなかったことにされて授業は進む。もう少し具体的に言わなあかんみたい。
「なぁ、せんせ。手紙なんか書かへんでも、今時メッセージアプリで送ったらええやん」
 やっと、先生がこちらを向いた。おばさん先生、腰に手をあて、さっそく説教モードか。
「わかってないですね。手紙は古くから、最も真心を伝えられる手段なのですよ」
「伝える心なんかない。ぴえんの顔文字くらいでええやんか」
 この反論に、周りが笑ってくれる。うけたことで、ちょっとだけいい気になる。
「君はまた屁理屈を言って先生を困らせますね」
「無理なもんは無理やもん」
「授業参観があるのですよ」
「うちの両親は百パーセント来ないから安心してや」
「君はご両親に感謝の手紙を書く前に、反省文を書く必要があるようですね」
「なんで?」
 何に対して謝らないといけないのだろう。なぜ、うちだけが親に謝らないといけないのだろう。それで何が解決する?
「さあ、他の人はちゃんと感謝の言葉を書きましょう」
 先生はもはや、完全スルーだ。
「ご飯を作ってくれてありがとうとか、休みのお出かけが楽しかったとか、そんな形でいいですからね」
「ご飯を作ってもらったことも、お出かけに連れて行ってもらったこともないんやけど?」
「うるさいですね、他の人の邪魔になります、黙りましょう」
 周りからの嘲笑。ああ、ダメだ。これ以上抵抗しても、さげすまれるだけ。労力の無駄。真っ白な紙を前にただ、黙りこむ。
 母は、うちが作った設計図を駄作だとなじり、破り捨てた。
 まだ母のリアクションの方がわかりやすい。父はもっと謎だ。
 円周率が三・一四とされている理由を答えないかぎり、私と口を聞く筋合いはないと言う。今まで小学生ならぎりぎり解ける数式を出題し、それをクリアできれば、会話できていたに。
 円周率て何やねん。要するに、うちと話したくないんやろうけどさ。
 変な家庭だと思う。クラスの誰にも、先生にすら想像できない。道徳の教科書を読んだってこんなケース、どこにも想定されていない。誰にも理解してもらえない苦しみ。
 両親への手紙なんかこれっぽっちも書けそうになかった。授業中に仕上がらなかったそれは、宿題になる。
 学校が終わっても家には帰らない。誰もいない、汚れたあの空間が大嫌いだから。ゲームセンターに向かう。いつものようにプレイしてストレス発散になるはず、だった。
 車を運転したら崖から落ちるわ、手持ちのモンスターは全員眠って全滅するわ。サバイバルゲームは開始五秒でアウト。散々な成績。
「ありえへん!」
 なんてこった。今日一日、絶不調の連続や。
 鞄の中に押しこんだ宿題が気になるから、か。
 イライラしながらカップラーメンを買う。ストレス解消の最終手段は、腹を満たすこと、それしかない。お湯が入ったそれを落とさぬよう、慎重に運んで席に着く。
 薄汚れた壁に備え付けられた小型テレビがまぶしい。
 テレビはちょうど、国際的に有名な天才子役、アオリーヌを特集していた。豊かなブロンドヘアも力強い目線も輝いて見える。自分のくすんだ茶髪とは大違い。
 インタビューワーが尋ねる。
「ご両親とも、大変人気の高いお方です。アオリーヌさんは、ご両親のことをどう思われていますか」
「もちろん愛しているわ」
 きっぱり断言する。まあ、そうだろうな。つまんな。チャンネルを変えたろうか、と思ったら。続きがあった。
「でも、愛しているって私が思うこの気持ちが、本当に伝わっているか、そこには不安も残るの。だって、マミーもダディーも忙しいし?」
 意外だ。人生すべて上手くいっている彼女でも、不安に思うことがあるなんて。
「だからせめて、両親が喜ぶこと、演技を精一杯がんばろうと思っているの。それは愛を伝える一番の手段じゃないかしら」
 割り箸を落としそうになった。
 ああ、そうか。
 何度か彼女の言葉を頭の中で繰り返し、理解が追いついた。
 愛を伝えるには相手が喜ぶことをするといい。でも自分にはその手段がない。感謝の手紙なんか書いたって、何十枚書いたって、私の両親はぜったいに喜ばない。わかりきっている。
 ここが間違っていると赤塗りにされるか、破り捨てられるか。受け取ってくれさえしないかもしれない。
 だから。だから手紙を書く気など、到底なれないのだ。
 もし母を満足させる出来の設計図がかけたら。もし円周率が三・一四である理由を父に答えられたら。
 そうしたら、もっと愛されていたかもしれない。今ごろ当たり前のように手紙を書いて『感謝の気持ち』を伝えられたのかもしれない。
 でも私には無理だ。できそこないだから。
 兄に比べて劣っているから。何をやったって、怒りと失望を買って、罵倒されるばかりだから。だから、だから。私の思いなんて、私が書く言葉なんか……
 目の前がにじむ。涙か。
 ここが家でなくてよかった。
 鞄が横からすべりこんできた。ここ周辺ではまず見かけない、進学校の鞄。
「なんや、泣いているんか? 学校で何かあったんか」
 高校帰りの兄がそこにいた。
「ううん。七味が目にしみたから」
「んなわけあるか。ほら、ゴミ捨ててきてやるから」
 食べ終わったラーメンを兄が片付けてくれる。その間に、手洗い場へかけこむ。涙は全て水に流した。
「なあ、ゲームしようや!」
 兄に飛びつく。一日で一番のお楽しみ、自然と笑顔になる。
「どれがやりたいんや?」
 格闘ゲーム機の前に兄を連れ出す。百体以上あるキャラクターから一人を選び、対戦させるもの。昔からずっと遊び慣れているゲームの一つだ。
 うちが選んだキャラクターは、大のお気に入り『サクラギ』。黒い異国の服を着た短髪の女のキャラクター。拳銃と、ブーツから繰り出されるローキックが武器。なんといっても、最強モードになると、桜の花が散る演出がかっこいい。私のハンドルネーム『ラギ』も彼女をリスペクトしてつけたものだった。
 対する兄が選んだキャラクターは、スライム。スライム?!
「ちょっと、舐めたプレイはやめてや」
「いや、本気や」
 指差す先には兄のネーム『オメガ』の字があった。アカウントでログインしてプレイをする、ということは、月ごとに集計される成績にもこの結果が響くことを意味していた。
「ほんまにそれでええん?」
「ええよ。ほら、やろうや」
 絶不調な自分のことだから、スライム相手でも油断は禁物だ。そう、大好きなサクラギを使うからには、絶対に負けられない。たとえ相手が、負け知らずの天才、兄オメガであったとしても。
 ゲームスタート。
 銃を使うと、スライムは二つに分裂した。銃はよくないらしい。ローキックでダメージをいれる。黄色ゲージになったと思えば、スライムが合体。入れていたダメージが帳消しになった。
「そんな、まさか」
 弱そうな見た目とは裏腹に、回復力が高いよう。スライムに殴られこちらの体力の方が減っている有様に、焦る。
「はよ分裂させた方がええんとちゃうか」
 兄がつぶやく。嘘や、なんで?
「分裂できたところで、俺が操れるのは一個のみ。あとは左右に揺れるだけで触れないかぎりダメージはない。大きな個体よりも、小さくした方が一回のパンチでくらうダメージが少ないで」
 そうか。言われてみればそうだ。攻撃を与えるのに必死で、相手が与えてくるダメージの分析がさっぱりできていなかった。
 狙い撃ち、四分裂させた。なるほど、パンチされても入るダメージが少なくなった。時間を稼ぎつつ、動き回る一体だけを狙い、ローキックを連続ヒットさせる。最強モードへのゲージがたまっても、発動させずにタイミングを待った。
 スライムの輪郭がにじみ始める。合体する前兆。今だ!
「サクラギ・バースト!」
 桜吹雪のなか、叫ぶ。黄金に輝く銃弾は、主体のスライムに的中。見事、ゲージをゼロまで削ってみせた。
「ここに勝利、サクラギあり!」
 キャラクターと同じ決め台詞をあげ、飛び跳ねた。
「勝った! お兄ちゃんに勝った!」
 滅多にない勝利、嬉しさも爆発する。兄も笑顔をみせてくれた。
「手加減したわけちゃうやんな?」
 ヒントをもらった気がするけれど、そこはノーカンでいきたい。
「いや、今日のお前は強かった」
 兄の言葉に満足する。
「せやろ。だってサクラギやもん!」
「せやな。ほら、帰るで」
 閉店の音楽に押されて、外に出る。兄が運転するバイクに乗り、帰路につく。右頬で兄の背中の熱を感じ、左頬で夕風の涼しさを感じていた。
 そう、兄になら、感謝の手紙が書けただろう。でもそれで提出したところで、あの生真面目な先生には通じない。
 せやな。いつもの手を使うしかないな。
 『親 感謝の言葉』で検索して、適当に例文を引っぱってきてやろう。それで、あともうひとつあれば、書きたくない手紙も形だけは完成できる。
「なぁ、今日はうちがゲームに勝ってんやから。お願いごと聞いてや」
 赤信号のところで、兄に声をかける。
「なんやねん」
「執筆マシン、テガキ君三号機かして!」
 兄が吹き出す。
「はっ、今度は何をたくらんでいるんや?」
「人ができないことは機械にさせたらいいって、言ってたやんか」
「コピペした文章を書かせるつもりか」
「うちの筆跡は記録済みやから、安心して!」
 兄は涼しい顔をしてつぶやく。
「はぁ。手加減せんかったらよかったわ」
「やっぱり手抜きしてたんかい!」
 グーパンチをしても、笑い声しかかえってこない。むかつく、口ではそうつぶやきながら、心から愛していた。兄のことを。

サークル情報

サークル名:ひとひら、さらり
執筆者名:新島みのる
URL(Twitter):@NiishimaM

一言アピール
小学生がファンタジー世界を救うべく結集して冒険する物語、Cis(ツィス)。
新刊の第3巻には、小学六年生になったラギが登場します!
兄と連絡がとれなくなり、家庭にも学校にも居場所を無くした彼女は、ゲームを作ります
『壊れた学校ゲーム』乞うご期待

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