エテルンの手紙 ~天翔る羊さまと幸福な王女~

 お父様におかれましては、ご機嫌うるわしくお過ごしでしょうか?

 わたくしがシェリープ王国に嫁いできて三ヶ月が過ぎました。こちらでの生活にはまだ慣れないことも多くありますが、輿入れについてきてくれた侍女のリーニもよく働き、よく笑わせてくれますし、夫となったルートヴィッヒ様が支えてくれることもあり、とても充実した毎日を過ごしております。
 リーニのお父様に、リーニはよくやってくれていると伝えてくださいませ。そそっかしいのは相変わらずですが、元気で働き者の彼女はもう既にこちらのお城でも皆に受け入れられ、好かれているようです。
 わたくしとルートヴィッヒ様にも楽しい話題を提供してくれるので、わたくしたちの会話もよく弾んで毎日幸せなのですよ。
 ……今、しかめ面をなさいませんでしたか? だめですよ。結婚の許可を出されたのはお父様なのですから、いい加減子離れしなくては。

 さて、わたくしが嫁いだシェリープ王国といえば、お父様もご存知の通り、天翔る羊さまのご加護をいただいた国でございます。ですからお城で飼育されている羊さまたちももちろん神獣として信仰の対象となっているわけなのですけれど、とてもそんな威厳を感じさせない愛嬌に満ちているのです。
 お城の中を自由に飛び回るふわふわの羊さまたち。とてもかわいらしいんですのよ。お父様にも見せて差し上げたいわ。
 同封する毛玉は先日私室にお招きした羊さまの毛まんじゅうです。形は少し不格好だけれど、心をこめて丸めましたので、ぜひ極上の手触りを楽しんでくださいませ。

 そうそう、羊さまを部屋にお招きしたときのことなんですけれど、ちょっと面白いことがあったんですのよ。お部屋に羊さまを連れてきてくれたのはリーニだったのですが、それを手伝ってくれた騎士様がいたのです。
 お父様、覚えていらっしゃるかしら? ルーイ(ルートヴィッヒ様のことはそうお呼びするようにと、初日にお願いされました)お気に入りの筆頭騎士様のこと。エレウス・メーレンベルクという方なのだけれど、その方がリーニを手伝って羊さまを連れてきてくださったんです。
 そのときのリーニとエレウス様の様子を見ていて、わたくしひらめきました。とても楽しい日々が始まる予感がいたします。どんな楽しみかはまだ確信が持てないので内緒にしておきますけれど……エレウス様はとても真面目で誠実な方、といえばお父様にも予想がつくのではないかしら?
 きっとそう遠くない未来に、良い知らせをお送りできると思いますわ。どうか楽しみにしていてくださいませ。
 それでは、お父様のお返事を心待ちにしております。

                        エテルン・メイ・シェリープ

 愛しのお父様

 この書き出しはいかがかしら? 喜んでくださいました? 実はルーイの入れ知恵なのです。
 あら、またしかめ面をなさいましたね? いけませんよ。一国の王たるもの、常に感情に流されないようにしていなくては。
 なんて、わたくしが言わずとも、お父様はもちろんわかっていらっしゃいますわよね。

 さて、こちらはわたくしの目論んだ通り、とても面白いことになっております。もちろん、リーニとエレウス様のことです。
 羊さまをお部屋にお招きした時のお礼を、エレウス様の目を見て言うように、と命じたのですけれど、あの子ったらすっかり照れてしまって。
 まったく命令を遂行できていないのに律儀に守るつもりはあるものだから、完全なる不審者と化しております。
 遠くからエレウス様を見かけてはその側をうろうろ。けれどエレウス様が話しかけようという素振りを見せたら即座に逃亡。そんなことを繰り返した結果、もうすっかりお城中の語り草です。
 珍しくリーニの方から「噂になったらみっともないしエレウス様の迷惑にもなるしタイミングも逃しちゃったことですし……」と情けない言い訳――もとい、さりげない命令の撤回が求められましたけれど、もちろん却下いたしました。

 だって考えてもみてください。わたくしだってもちろんこの国の筆頭騎士さまにご迷惑をおかけするつもりは微塵もないのですけれど、エレウス様はどう見てもまんざらでもないご様子なのです。
 さらにリーニも、毎日エレウス様の観察の成果をわたくしに報告してきます。エレウス様がいかにお優しくて素晴らしい方なのか、キラキラとした瞳で語っているリーニの姿を見ていると、やはりどう考えても……。

 お父様ならきっと、わたくしの気持ちを理解してくださると信じております。
 ……今、悪い顔をなさいましたね?
 わたくし、わるいことを考えているときのお父様のお顔、結構好きなんですのよ。ルーイがプロポーズしてくださったときはまあ……羊の角でもぶん投げてやりたかったのですけれど。その時を除けば。

 あの時の贖罪も兼ねて、どうかリーニの幸福を祈っていてくださいませ。わたくしも天翔る羊さまの加護を心より祈願しております。
 リーニの幸福と、何よりもお父様のご健康を。

 それでは、お父様のお返事を首を長くしてお待ちしております。

     でも一番好きな笑顔はルーイの笑顔の エテルン・メイ・シェリープ

サークル情報

サークル名:雨の庭
執筆者名:深海いわし
URL(Twitter):なし

一言アピール
ストレートに手紙というテーマを使ってみました。
このお話は「リーニの日記 ~天翔る羊さまと羊番の騎士~」の番外編です。本編は手紙の中で姫のおもちゃもとい侍女をしているリーニが書いた日記という体裁のほのぼのラブコメディとなっております。よろしければそちらもぜひよろしくお願いします♪

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