親愛なる在校生の貴方へ

 この手紙を読んでいる、ということは、私はもう、そこにいないのでしょう。
 よくこの手紙を見つけましたね。褒めようにも、私はそこにいないので、この手紙でのみ褒め言葉を残しましょう。
 貴方には何かしらの才能がある。その才能をいかすことができるよう、祈っています。
 きっと貴方は、当初、諸先輩方が隠している、歴代の首席の答案用紙とか、秘伝の試験範囲ノート、恋文とか、自分たちの私的な楽しみのための人体教本であるとか、そうしたものを探していたはずです。タンスの裏にも、机の引き出しを外した奥にも、テーブルをどけた床下にも、本棚の本の隙間にも、なかったでしょう。それらは皆、諸先輩方が、必死になって隠し、寮生同士で直伝にしたのです。
 これは、本気の探索者にしか見つけられないものです。
 本の裏表紙の、図書室の蔵書印の下に、本の管理タグが埋めてありますが、それをほじり出して、タグが二枚あることに気づいたのは、それを解読しようとして、成功させたのは、いったい、どんなたぐいの好奇心か、探究心であったことでしょう?
 校舎の裏口の鍵のありか、秘密の地図、図書室の奥の閉架図書、その入り口の暗号キー、そうしたものは、オマケで入れておきます。諸先生方の弱みリストも、歴代の先輩方から預かっているので、サービスします。人体教本は、好みがあるでしょうから、自分で見つけてください。
 どうか、楽しく面白く生きてくださいね。どんなつまらない日常にも、こうしたちょっとした遊びはつきもので、仕掛けるのも、見つけるのも、楽しいものです。貴方も、後輩のために楽しい遊びと、手紙を残してくださいね。では。

とある、いつか卒業予定の新入生より。

 手紙を読み終えて、ため息をつく。
 何てものを、こんなところに隠しているのだろうか。
 見つけてしまった以上は、そのまま捨てる気にもならない。
 調べ始めると、意外な謎に突き当たった。

 学校は何年か前に改築され、図書室の本は、一部は生徒たちにバザーで受け渡された。本に埋められたタグは、何かにリサイクルして使おうとした生徒が、ふと気になって調べ、データを見つけることになった。
 訳だが。
「これ、もしかして先生?」
 生徒から本を差し出され、新しい図書室の司書教諭は、おや、と眉をあげる。
「どうしてそれを?」
「それ、が、何を指してるのか分かんないけど」
 手紙データの入ったタグと、それを隠した本のことか。手紙の書き手が、先生自身であることか。
 どちらも、だろう。
 結論づけて、生徒は本を軽く振る。
「この地図も鍵も、校舎が改築されてほとんど役に立たないですよ」
「そうですか、それは残念ですねえ」
「弱みリストも、教員が入れ替わってるから、あんまり参考にならない」
「では、うまく更新しておいてください」
 司書教諭は、にこにこしている。まだ授業が終わったばかりで、図書室には誰も、他の生徒がたどり着いていない。
 今なら、自分たちだけだ。
 手紙の秘密を知る、もしくは知るに足るであろう者たちだけ。
 室内には、本の、紙の、古びた匂いばかりが満ちている。
「これを書いたのは、先生ですか?」
「そうかもしれません」
「でも先生、それでしたら、すごく、おかしなことがあるんです」
「へえ、どんな?」
「先生。貴方はここの卒業生じゃ、ないですよね?」
 手紙には、卒業予定の新入生、という不可解なサインが残されている。けれど、卒業生の名簿には、この司書教諭の名前は記されていなかった。
 司書教諭は、表情を一つも変えなかった。
「そうですよ。ここは私の兄の母校です。寮生活で、なかなか実家に戻らなかったので、あるとき家族で面会に寄ったんです。そのとき、話が長くて退屈だったから、ちょっと抜け出して、図書室で本を。私はまだまだ子どもでしたし、てっきり、ここを母校にすると思っていたんですが。その後は、家族の転勤について行ったので、残念ながらこちらに入学はしませんでした。その手紙が発動したのかどうかも、分からないし忘れ去っていたんですよ」
 司書教諭は、変わらずにこにこしている。
「お茶にしませんか? せっかく、見つけてくれたんです。貴方の冒険の話でも、聞かせてください」
「はぁ……」
 面会のわずかな時間で、こんないたずらを仕込めるものだろうか?
 実はつい最近仕込んだばかりなのでは? それにしては、タグも本も古びていたのだが。
 好奇心に引き寄せられて、生徒は、図書室に入り浸るようになった。
 そして、いたずらの腕前はあがったが、試験の成績が少し悪くなった。
 司書教諭は言う。
「私は悪いセンパイなので、大人しく言うことを聞いていたら、こんなふうになりますよ?」
「そうですか。ところでここが分からないんですけど」
「それは、戸口の右から三番目の棚をどうぞ」
 今日も、生徒は学び続ける。
 何しろ、探求するのは面白いので。
 次の「在校生の貴方」に送る手紙は、もっと気の利いたものにしたいので、生徒はゆるやかに腕を磨き続ける。

サークル情報

サークル名:hs*創作おうこく。
執筆者名:せらひかり
URL(Twitter):@hswelt

一言アピール
隣に異界?何かのいる掌編から長編まで、小説と絵をかいています。すこしふしぎ。

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親愛なる在校生の貴方へ” に対して1件のコメントがあります。

  1. ぶれこみ より:

     短い中に収めるから、こうなってしまうのか、オチが呆気なさすぎて、物足りない気がしました。ただ、司書教諭のユーモアな性格や図書館の香り高い雰囲気はよく出ていて、また図書館に主人公が別の謎の手紙を残そうとする結末も、なかなか楽しめました。割合面白かったです。

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