私のおばあちゃん

 おばあちゃんが死んだのは、四月に入ってすぐのことだった。
 私は、おばあちゃんにおんぶにだっこで、おばあちゃんが死ぬまで、おばあちゃんの世話だけをして、生きてきた。
「私の世話をして、家に居るんでございますよ」
 おばあちゃんは、人が来るたびに、そう言っていた。私が、結婚もせず、就職もしない、いわゆるニートであることを、いつもかばっていた。
「私が生きちょるのは、あんたがおるからじゃからねえ」
 と、再三にわたって、私に言っていた。

 お父さんもお母さんもいない。私が幼いとき時に、交通事故で、二人とも死んでしまった。
 しばらくは、おじいちゃんがいた。おじいちゃんは、若い頃から農協に勤めていて、農林年金がまだあった頃だったから、まあまあお金がもらえていた。
 おじいちゃんが死んでからは、おばあちゃんが、おじいちゃんの遺族年金をもらい始めた。そのお金で、働いたこともないおばあちゃんと私は、暮らしていた。
 私は今年で四十五歳。おばあちゃんは一〇〇歳までも生きてくれた。
 来月から、生活費が無いので、私は、福祉の人に相談して、一緒にハローワークに行くことになった。
 一応、おばあちゃんの遺産が、三〇〇〇万円ほどあるけれど、それを食いつぶしながら生きていくのは、世間が許さない気がした。いざとなったときに助かるお金を、おばあちゃんは遺してくれた。
 
 おばあちゃんに、最後に、長い手紙を書いた。

おばあちゃんへ
 おばあちゃん、長い間、私のために生きてくれてありがとう。

 から始まって、おじいちゃんが死んでからは特に、私のためだけの人生を歩んでくれたおばあちゃんへの感謝の気持ちはもちろん、心の中で何度か裏切ってしまったことまでも、洗いざらい告白した。
 私は、私の両親が生きている間のことは、幼すぎたため、あんまり覚えてないが、両親が死んだ後、私が大きく成長してからも、なお、おばあちゃんは私の両親の悪口ばかり言っていた。
 実は、おばあちゃんは、父にとって、継母だった。父の母は、二〇歳の若さで、結核で亡くなっていた。おばあちゃんはその十年後にうちに嫁いだが、父の母のものをすべて焼き払ったという。親戚のおばさんから聞いた話である。
 そしておばあちゃんは、父にも悪くしたらしい。父の嫁である母にも、すごく悪くした。
 私は考えてしまったのだ。おばあちゃんには神通力があった。私の心も、すべて、何も言わなくても読み取ることが出来たのだ。それだから、おばあちゃんは、その神通力で、父母を殺したのではないか、と、実はずっと思ってしまっていた。おばあちゃんは私の心を読むことが出来たので、そのことは感づいていたかもしれない。しかし、私は性格的にカラッとしていたので、おばあちゃんのいないところでそのことを強く思っても、おばあちゃんの前ではすっかり忘れていた。おばあちゃんは変わらず易しかったので、私の密やかな疑いのことを、分かってなかった可能性がある。
 それともう一つ、私がおばあちゃんにした裏切りは、父母に、おばあちゃんが悪くしていたことを私に教えてくれた親戚のおばさんに、おばあちゃんの介護の大変さを愚痴っていたことだ。おばあちゃんは、実は鬱を患っていて、感情が不安定だった。一緒に居ても、いきなり不機嫌になったりする、というようなことを、その親戚のおばさんに話していたのだ。
 私は、手紙でそのことをしきりに詫びた。おばあちゃんは私を深く愛し、信じ切っていたと思う。だから、このことを知ったら、私を許さないかもしれない、とも思った。けれども、どうしても、心ののど奥に引っかかっており、書かずにはいられなかった。

 おばあちゃん、私、働いてみるよ。
 無理かもしれないけど、頑張ってみる。

 私は、働く決意を書いた。私は実は、四十五歳にも成っているけれど、一度も働いたことが無い。おばあちゃんに、
「あんたは働くのは無理やねえ。学校時代に分かっとったけど、すぐ人に嫌われるタチやけえ。
 なんでやろうねえ。私は一つも悪いところがあるとは思わん。よんよ、あんたはええ子よ?」
実は、私は統合失調症だった。
 おばあちゃんにはこのことを言ってない。おばあちゃんは死ぬまでこのことを知らずに死んだ。
 学校時代に、あんまりにも居眠りがひどいので、学校の先生に、精神科に連れて行かれたのだ。
 すると、「精神分裂病」だと診断された。今の統合失調症である。
 先生は、そのとき、
「どうしたら、この子はいじめられなくなりますか?」
 と先生に聞いた。すると、
「いじめられますよ。精神分裂病の人は、人間関係を築くのが極めて困難なんです。
 まず、社会性がありません。協調性のある人も稀です。これが少しでもある人は軽症なんですがね。
 それから、『感じが悪い』っていう症状があるんですよ。
 医学用語では、『プレコックス感』と言います。この方からも、それがもわもわ感じられます。
 だから診察室に入ってきた瞬間に、診断できましたよ」
 と、訳の分からないことをのたまった。
おばあちゃんには、
「あんたは性格もいいし、感じもいい、すごくいい子」
 と言われ続けて育ってきた。学校は嫌いだけど、友達もいないし、いつも怖いだけだけど、そんなに私は感じが悪いのか? 自分では、何も実感が無くて、何がなにやらまったく分からなかった。
「入院しますか?」
 と背院生に言われたときは、速効で答えた。
「いえ、入院しません。家で治します」
 話を合わせて、そう言った。こんなこともできるんですよ? 私は。精神分裂病の人にこんなことできるんですか? 訳わかんなくなってる人たちばっかりなんじゃないですか? そう心の中で言いながら。
 入院なんか、できるわけがない。おばあちゃんになんて言えばいいのか。また、この人たちに、なんて言われるか。想像しただけでゾッとする。おばあちゃんは私を、この人たちから守ろうとするだろう。おばあちゃんに心痛させたくない。
 だから、どんなに辛くても、学校は我慢して行く。休まずに通う。私は辛い現実から逃げるための居眠りはひどかったが、実は皆勤していた。学校という地獄のトンネルを抜けること。それがその時の私の人生の目標だった。
 しかし、おばあちゃんは、分かっていたのかもしれない。私を愛するあまりに、「おまえはかわいい子だ」と言い続けてきたけれど、学校をなんとか卒業してからは、
「あんたは働くのは無理じゃねえ」
 とこぼすようになった。
「働かんでええよ。ばあちゃんの年金で暮らしゃあええ」
 おばあちゃんの愛が揺らぐことは無かったが。おばあちゃんは、ただでさえ鬱病なのに、最愛のおじいちゃんを亡くしても、力を落とさず生きていこうとしていたのは、すべて私のため。私はおばあちゃんというお布団の中で、ずっと眠っているような毎日を過ごした。
クスリも飲まなかった。そもそも医者に行ってないのであるから。学校時代に医者に連れて行かれたときにもらったクスリは、学校の先生には「飲んでみなさい」と言われたけれど、学校帰りの道ばたに全部捨てた。その当時は、そんな医者の言うことなど、一ミクロンたりとも信じていなかった。おばあちゃんにも、医者に行ったことなど、一言だって言わなかった。心配させるのが嫌だったから。
 でも、月日が経ってみて、今は、そうかもしれないな、とぼちぼち思うようになった。なぜなら、社会で働こうという意欲が全く持てないままでこの歳まで来てしまったから。自分が普通で無いことを、時間と共に、受け入れるしか無くなっていった。おばあちゃんという守り神あってこそ、生きてこれたけれど。

 私は、統合失調症です。

 私は、手紙で、そう告白した。もう届くはずが無いようにも思う。この手紙は、明日のお葬式で、棺に入れるのだ。もう七枚目にさしかかってきていた。
 たとえ天国のおばあちゃんに伝わったとしても(それは充分あり得る話だ。なぜなら、おばあちゃんには神通力があったから。神のように、死んでも生きているかもしれない。)は、その意味が、分からないかもしれない。精神分裂病なら、言葉の意味からして感じ取れる何かがあるかもしれない。と思い、

 つまり、精神分裂病です。

 と付け加えた。おばあちゃんは怖がるかもしれない。しかし、私を愛することはやめないだろう。
「わたしが死ぬときにはね、あんたのわるいところを、全部、持って行ってあげるからね」
 と、なにかにつけて、言ってくれていた。私が今、働く意欲を少し持てているのも、おばあちゃんの力かもしれない。おばあちゃんの力で、社会でやっていけたら、それは本当に奇跡のようなものではないかと思う。
 私は、おばあちゃんの守りも無くなった今、病院にももう一回行ってみようと思う。クスリを飲むことになるだろうけれど、おばあちゃん亡くしてそうするしか他にあるまい。

 おばあちゃん、天国から見守っていてね!
 またね~!

 そこまで書いたとき、長年無かったこと、涙があとからあとからあふれ出した。おばあちゃんに食事を作ってくる時、お風呂に入りに行くときなど、おばあちゃんのそばから離れるとき、いつも、
「またあとでね~」
 と言っていた。その日常を思い出してしまったのだ。
 そう、まるで植字を作りに行くときのように、お風呂に行くときのように、、またすぐ会えるのだ。と思えて、嬉しくなってしまった。少し時間がかかりすぎるから、悲しくもあるけれど、それは嬉し涙だったような気がする。
 おばあちゃん、またすぐに会おうね!

サークル情報

サークル名:文藝同人無刀会
執筆者名:藍崎万里子
URL(Twitter):@CoterieMutoukai

一言アピール
富山の文藝同人「無刀会」です。会員は今のところ五名ですが、月一回の勉強会、年二回の同人誌「空華」の発行をしています。みんなで頑張っていますので、よろしくお願いします。

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