朋有り遠縁より来たる

「……小惑星衝突、という未曾有の危機に月や火星等の太陽系惑星衛星への入植からあぶれた地球人は、系外惑星への移民計画に一筋の光を見いだしたのです。そして……」
 図書館のアーカイブで調べた、地球からこの星、14光年離れたカナンへの地球人移民計画の歴史。それを幼馴染の秀英シゥインが公園のベンチに座った穏やかな顔のおじさんに朗々と説明していく。熱意を込めた彼女のよく通る声が、暮れ掛かった淡い陽光の中に消える。目尻に柔らかな皺を寄せて聞いていたおじさんは、彼女と期待を込めた眼差しで見つめる私を交互に見て柔らかく微笑んだ。
「なるほど。よく調べてきたね。……でも、その答えではこれは譲れないな」
 膝の上に乗せた黒いバイオリンケースをそっと愛おしげに撫でる。これでもう何度目の答え合わせだろう。私達二人は顔を見合わせ、がっくりと肩を落とした。

『え~!? 秀英、選ばれなかったのぉ~!?』
 あれは三ヶ月前のハイスクールの登校日のことだった。秀英が一族に代々伝わるバイオリンの弾き手から外されてしまったと打ち明けてくれたのは。
 秀英の家は一般移民者ながらも、有名な演奏家の家系で、移民船に乗り込んだとき第一世代は、私物持ち込み枠を全部潰して、三挺のバイオリンと名曲の楽譜を持ち込んだ。そして、それは代々弾き手として選ばれた子孫達に引き継がれていったのだ。カナンに到着した後、第六世代で弾き手として教育されていたのは、秀英を含め四人の子供達。その話を聞いたときから誰か一人が外されるのは知っていたけど……。
『どうして、秀英がっ!』
『……それは私が一番下手だから……』
『そんなっ!』
 私は演奏の良し悪しは正直全然解らないが、難しい曲をしかめっ面で弾く秀英の兄や従兄弟達より、様々な地区の曲を楽しそうに弾く秀英の演奏が好きだった。それなのに……。
『……ありがとう、典佳のりか。でも、私の演奏は『それは『音楽』じゃない。そんな演奏では都市シティ音楽堂ホールには立てない』って……」
 肩を落として、とぼとぼと帰り道を歩く秀英を追って、近道の公園に入る。昼下がりの小道を歩いていると
「ちう」
 何かの動物の鳴き声が聞こえた。公園の隅、惑星到着の記念に植えられたリンゴとオリーブの木の側のベンチに初老の男の人が座っている。その人のスーツのポケットから真っ白のネズミがピンクの鼻をのぞかせていた。おじさんの膝の上には黒いバイオリンのケースが乗っている。それには紙がぺたりと貼られ、公園を行く人がよく見えるように字が書いてあった。
『条件を満たした方に、このバイオリンを譲ります』

 それを見て勢い込んで条件を尋ねた私達におじさんは告げた。
『条件は『君達が地球から運んできたものは?』だよ。俺は代理人で、このバイオリンの持ち主を満足させる『答え』を答えられた人に、これを譲るように頼まれているんだ』
「でも、そんなこと一般移民者の私達に訊いたって……」
 がっくりしている秀英をキッチンの椅子に座らせて、私は冷蔵庫から合成肉とパンを取り出した。先発のロボット部隊のおかげでテラフォーミングが終わったカナンの食料生産は右肩上がりに増産を続けているが、まだまだ全ての人が贅沢出来る量には足りてない。いつかバイオリンを譲って貰ったときのお祝いに……と、なけなしのこづかいで買ったパックの食材でハムサンドを作る。秀英とはお互い八歳のときに、移民船から降りる宇宙エレベーターの昇降篭キャリーで知り合った。そのとき私が母に作って貰ったハムサンドを分けてあげて以来、彼女はこれが大好きなのだ。
「とにかく食べて」
 ハムサンドを乗せたお皿とタンクで配給されている清浄水を注いだコップを彼女の前に置く。もそもそと秀英が食べ始めたとき
「ただいま~」
 お母さんが共同農場の作業から帰ってきた。暗い顔の私達に「今回もダメだったの」と苦笑する。
「そもそも私達にそんなものないよ……」
 最初に答えた『カナン開拓の労働力でしょ?』という答えは『そこまで自分達を卑下してはいけないよ』やんわりとたしなめられた。秀英の一族の持ち込んだ曲、うちが代々勤めてた清掃センターの清掃方法、等々の『答え』も『そういうものではなくて『君達自身』が、だよ』と笑って首を横に振られた。
 溜息をつく私達にお母さんが
「直接、本人の話を読んでみれば?」
 タブレットを差し出してくる。『Diary』と文字が浮かんだアイコンをタップし、日記アプリを開いて見せる。
「おばあちゃんが最後に私達に宛てて書いた手紙。典佳もそろそろ読んでもいいでしょう」
 まだ私達家族がカナンの衛星軌道上を周回している移民船にいたころ、七十歳を迎えたおばあちゃんは船の規定により『除籍』された。今でこそ、人は寿命のままに生きられるが、その当時は一般移民者の普通の人は一定の年齢までしか生きることが出来なかったのだ。
「そのことの恨み辛みは書いてないけど、まだ典佳には早いかな? って思って見せてなかったんだ。でも私がお父さんの死亡事故の調査記録を読んだのも典佳と同じ歳頃だったし。きっと何か解ると思うよ」
 秀英ちゃんもどうぞ。言われて二人で画面をのぞき込む。
『希と恵、辰雄と翼、結とこれから生まれる赤ちゃんへ』
 伯母さんとお母さん、従兄達とお姉ちゃん、そしてお腹の中にいた私に呼びかける形で始まる、おばあちゃんの最後の手紙。私達はそのページをめくった。

 週末の日曜日。私達はまたバイオリンケースを膝に乗せたおじさんのところに向かった。
「今度はどんな『答え』かな?」
 微笑むおじさんの前に
「一つは『私達』自身です」
 二人で並んで立つ。その後、私は持ってきたバスケットを開けた。
「私はこれ」
 ぎっしりと詰まったハムサンドを見せる。おじさんが少し驚いた顔で私を見る。
「私は……そのバイオリンを弾かせて貰えますか?」
 真剣な顔で頼む秀英におじさんは頷いてケースを開けた。

 秀英が弓を弦に当て、弾き始める。軽快で哀愁漂うメロディーが流れ出す。移民船のJPN地区の人々の間で、よく歌われていた歌謡曲だ。
 おじさんがまた驚いた顔をした後、目を閉じて耳を傾ける。
 おばあちゃんの手紙には『除籍』を迎える前の気持ちが綴られていた。怖かったこと。船に何らかの貢献をした人にはある、『除籍』の延長申請欄に何も書かれてなくて落ち込んだこと。でも、大好きだったおじいちゃんの遺伝子と心を受け継ぐ二人の娘を残せたこと。友達がおばあちゃんのハムサンドを気に入ってくれて、商品化してカナンに持っていってくれたこと。
『『生物』としての『遺伝子』と『ハムサンド』。二つを後の世に伝えられた私は本当に幸せ者だったよ』
 その『ハムサンド』は今も食糧省のアンテナショップで売られているし、私も作ることが出来る。そして……。
 ビブラートを奏でて、秀英が一曲弾き終わる。
 彼女は顎からバイオリンを外して、おじさんに礼をすると次の曲を弾き始めた。今度は彼女の一族、CHN地区の祝い歌。
 秀英を外した大人達は、これは『音楽』じゃないって言ったけど、悲しみに喜びに演奏された、いろんな地区の様々な曲を私達は『音楽』だと思っている。
 地球を離れ、運ばれた楽器の多くは、経年や降下後の環境変化で劣化している。そんな中、きちんとした音を出せるものは貴重で、生の楽器の演奏は都市部の元管理者グループの人か一般人でもお金持ちの人しか聞くことが出来ない。そういう人の聞きたい曲は『難しい曲』ばかりで、こういう曲は演奏されることはないのだ。
 だからこそ、彼女に演奏させて欲しい。
 北欧の夏至のお祭りの曲が終わり、気が付くと私達の周りには人垣が出来ていた。
「楽器の演奏なんて初めて聞いたよ!!」
 歓声が上がり、拍手が起こる。おじさんも手を叩いている。
「完璧な答えだ。バイオリンはもう君のものだよ」
 おじさんは微笑むと秀英にアンコールの曲をお願いした。

「君達の答えとおり、移民船に乗っていた人達はそれぞれの持つ大切な『文化』も運んだんだ」
 このバイオリンの持ち主の男の人は船の規定で婚姻権を持つことが出来ず、自分の『遺伝子』は運べなかったが、カナンにバイオリンで『音楽』という『文化』を運んだ。しかし、それがまた一部の人のものだけになろうとしていることを嘆き、人種、階級の区別なく曲を演奏してくれる人にバイオリンを譲りたいと希望したのだという。
「その人は?」
「老人介護施設で暮らしている。大気循環管理班として最後まで船に留まって役目を果たした功労で、のんびりと余生を過ごしているよ」
「……大気循環管理班……」
 ぽつりと秀英が呟く。
「うちの遠い親戚に大気循環管理班の人がいるって聞いたことが……」
 おじさんがおやと首を傾げる。
「君の名前は?」
ワン秀英です」
 ああ……。おじさんは息をついた。
「……君にバイオリンが渡るのは必然だったのかもしれない……」
 一度、持ち主に会ってくれないかな? おじさんの誘いに秀英が
「典佳が一緒なら……」
 私を見る。
「典佳? すまないが君の名前も聞かせてくれないかい?」
槇田まきた典佳です」
 おじさんがびっくりしたように大きく目を見開く。
「……そうか……ハムサンド……。もしかしたら君の名前の『ノリ』は『ノリコ』からとったんじゃないのかい?」
「えっ!? おばあちゃんを知っているんですか!?」
 これも縁だ、おじさんが笑い出す。
「一つくれるかい? 俺は君のおばあさんが作ったハムサンドが大好きで、研究して真似をしたくらいなんだ。食べたら、彼に会いに行こう」
 彼もきっとひどく驚くよ。おじさんの楽しげな声に
「ちう」
 ポケットから白いネズミが出てきて腕に乗る。
「アルジャーノン、ふるい友達が新しい友達を連れてきてくれたよ」
 小さな頭を撫でて、おじさんは懐かしそうに私のハムサンドに手を伸ばした。

サークル情報

サークル名:一服亭
執筆者名:いぐあな
URL(Twitter):@sou_igu

一言アピール
カクヨムやエブリスタで現代ファンタジーやオカルト、SFを掲載してます。
こちらは移民船シェアワールドで歌峰由子様、轂冴凪様と連載したリレー小説のまとめ本『名も知らぬ詩 Unsung Relay Story』の後日談です。本編は管理者グループの男性二人と一般移民者の女性が少女を救う話になってます。

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