悪魔の女王はサンタになりたい

 メフィスト・フェレスは悩んでいた。
【鉄の女王】として軍勢を率い、数多の強者を血に沈めた最上級悪魔。
 しかし彼女は、軍勢所属の子どもたちからすれば保護者でもある。
 現在、3人の保護対象と同居している。
 これは家庭を持ったに等しいだろう。
 既婚者たる自身が他に家庭を持つ是非ぜひ
 笑止。
 夫たるサタンは、きちんとこのいくさに勝って葬る。
 よってメフィストが家庭を持つことに問題はない。
 子どもに家庭を与えぬ方が問題である。
 我が夫はこの程度の道理もわきまえぬ。思い知れ、貴様が打ち捨てた人類の力を。
 ……人類の命運を賭けた離婚訴訟をしている気がしてきたな。
 思考がそれた。
 とかく家庭を持ったのだ。家族サービスなどもしてやるべきだろう。
 そう考えた一ヶ月前、
 彼女は空の箱を手に宣言した。
「サンタさんへのプレゼント、リクエストあったらこの箱に入れとき」
 女王の財力の出番である。
 服でも靴でも装飾品でもバイクでも、ゲームとやらでもどんとこいだ。
 何やら3人とも微妙な顔をしていたが……。
 遠慮は無用。こちらには2千年蓄え運用した財力があるのだ。ついでに浪費癖もある。
 クリスマスプレゼントとはあげる方も楽しみなものなのだな。
 さてさて、何をほしがっているのかな?
 夜を待った。ウキウキと箱を開けた。
『メフィストへ
 空き瓶はラベルはがすので水につけてください
 七竈納ななかまどおさむ
 以上。
「いや君たち! これはないやろ!」
 乱入同然にリビングに乗り込む。男子と女子がため息交じりに返す。
「お前の方がねえよ。俺たちもう16だよ」
「あまりに子どもだましなこと言うカラ、リアクションに困ったデスヨ」
 そうか、あの微妙な顔は困っていたのか。っていろいろ辛いわ!
 面倒事が済んだとばかりに、妙高蛍みょうこうほたるとユキ・クリコワが自室に行ってしまう。
 つらい。
 仕方なく、唯一箱を使用した納と向き合う。
 大きく黒い瞳が輝いている。
 ……何をうれしそうにしている?
「メフィスト、手紙読んでくれたの!?」
「ああ……うん……」
 手紙というか苦情だが。家庭をかえりみない日々を、物でごまかそうとする父親宛めいた苦情だが。
「瓶のラベルな……、気をつけるわ」
 ますます瞳を輝かせる。
「ありがとう! またお手紙入れるね!」
 ……いや、目安箱作ったんじゃないぞ?

 幸いにして、苦情は初回だけであった。
 日刊苦情になる心当たりはないこともなかったので、そこはホッとしたのだが。いや……クリスマスシーズンにはこぞって限定商品が発売されるから……、多少の消費増額は致し方ないのだぞ。
 しかし。
『メフィストへ
今日は小林さんとサンドイッチ食べました。
 七竈納』
『メフィストへ
 ジンジャーブレッドおいしかったです。もらいました。
 七竈納』
『メフィストへ
みぞれでした。つめたいです。
 七竈納』
 こういったメモ用紙が毎日入っている。
 夜中(最上級悪魔に睡眠は必要ない)に、チェックするたび入っている。
 字が汚い。文章もまずい。
 ……お手紙入れを作ったわけでもない。
 これはクリスマスプレゼントのリクエスト箱だ!
 肝心のリクエストが全くこない。毎日毎日お手紙が入っている。
 何がしたいんだあの子は! 
 蛍とユキはしっかりちゃっかりリクエストしてきたぞ。クリスマスコフレとアイパッド(目に関係するものではないようだ)を。
 納! 君は何がほしいんだ!?
 その言葉は面と向かって口にせず。ついつい悪筆のメモ用紙を引き出しに入れてしまう。
 既に22枚たまっている。
 これまた致し方ないことなのだ。断捨離が得意な浪費家はおらず、年の瀬が暇なメフィストもいない。
 だから、こうしてもどかしい気持ちで、今日も箱を開けているのだ。
 もどかしいだけだ。断じて他の感情はない。日々の楽しみになってなどいない。
『メフィストへ
 24日は僕と蛍とユキとイルミネーションみにいきます。みなとみらいです』
 それはもっと早く面と向かって言ってくれないかな!
『買って帰るのでメフィストはほしいものありますか。クリスマスプレゼントなのです。
 七竈納』
 最上級悪魔【鉄の女王】メフィスト・フェレスは、12月23日深夜にこれを読み。
 大きくため息をつき。
 グラスにヘネシーを注ぎ。
 空になった瓶を流しの水につけ。
 万年筆を便箋に走らせた。
『納へ
 私のことは気にせずに、君自身が欲するものを買うがよろしい。
 楽しんでおいで。
 メフィスト・フェレス』
 かくし24日深夜。いや、25日早朝。
 メフィスト・フェレスは悩んでいる。
 この箱はクリスマスプレゼントのリクエストを入れる箱で、目安箱やお手紙入れではない。
 クリスマスが過ぎれば撤去すべきであろう。
『メフィストへ
 ほしいものもらえてうれしい。ありがとう。
 七竈納』
 最後のお手紙を手に悩んでいる。
 軍略作戦姧智ぐんりゃくさくせんかんちに長けし、悪魔の女王が悩んでいる。
 如何いかにすべきや、この不器用なる欲望を。
 いかなる事柄も期限はある。
 後二時間もすれば、悩みの元は起きてくるだろう。
 メフィスト・フェレスは軽率ではないが、けっして薄鈍うすのろではないのだ。
 かくて彼女は決断する。
 万年筆にインクを補充し、重厚な便箋を広げ。
『納へ
 返信がほしかったのなら実に結構。
 しかし強欲になりたまえ。
 たださえずるためそれだけに、私の部屋に入室することを許可する。
 私に他用ある場合、追い返すことを念頭におくように。
 繰り返す。追い返すのは、他に用事がある場合だ。
 メフィスト・フェレス』
 さらさら綴って封をした。

サークル情報

サークル名:浮草堂
執筆者名:浮草堂美奈
URL(Twitter):@ukikusado

一言アピール
強いおねえさんとめんどくさいイケメンと目を離したら死んでそうな小僧が好きです。

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