可愛い子孫には手紙を持たせよ
「カナンの地へ降り立つわが子孫へ」
この手紙を読んでいるのは、私の子孫の中で最も幸運な者であろう。百数十年の時を越え、手紙が読まれることを願う。
息子が十歳を迎える今、私は記録を後世へ残すべきと気づき、この文章を書いている。
本来は便箋に万年筆でしたため、封筒に入れたうえで、蜜蝋で封をするべきものである。だが、この移民船において、それら文具は貴重品である。よって、最も品質の良い上質紙にボールペンで書き記し、封筒に入れるだけで済ませることを許して欲しい。
ダグラス家は高貴な家系でも、一子相伝の職業を持つ高名な家でも、資金を潤沢に保有する家でもない。私は研究者としての知識と誇りがあったが、火星への移民枠に食い込むには若すぎた。学者としての地位を確立させるには、やや経験と研究成果が足らなかったのだ。
だが血の滲むような努力の末、この移民船へ乗り込む資格を手に入れた。しかも船の食糧管理を司るメンバーの管理職という、大変光栄な地位である。
今は、この選択が間違っていなかったと満足している。
地球と共に滅ぶ運命は、私の人生設計の中になかった。その最悪のルートからは逃れられたものの、唐突な宇宙のいたずらにより、我が計画は完全に狂った。
晩婚であること、息子を一人しか残せなかったことには若干の不安がぬぐえない。
だが少なくとも、私と、愛する妻の血は、未来へ繋がった。
私はこの船、そしてまだ見ぬ新天地、惑星カナンにおけるダグラス家第一世代として、子孫にこの命を残す。
私は併せて、管理職という地位、地球から研究用として持ち込んだ植物の種、研究データを後裔へ残す。特に私が重視している種は林檎とオリーブである。この二つの樹の重要性――人々にもたらす効能及び精神的作用については、地球史及び植物史、宗教や文化を学ぶように。ここで紙面を割くことではない。
また、樹木には別の意味も込めている。わが家、及び人類がカナンの地に根を下ろし、枝を伸ばすように繁栄することだ。
現段階において、我々が目指す星についての情報は非常に限られている。
新たな惑星の存在は、一人の研究者として、大変興味深い。
植物及び動物は新たな環境に適応するのか。ホモ・サピエンスが『人間』として生きてゆけるのか。新たな種が誕生するのか。
興味は尽きないが、我が目がそれを見ることはできない。
この手紙を読むのは、計算上では四世代後である。
願わくは、この手紙を読む者が現在も研究を続けているように。
我が魂を、カナンの地へ正しく導くように。
そしてまずは、これを読むべき者が生き残っているように。
ゴードン・S・ダグラス
* * *
「カナンに降り立つことになる君へ」(本来はここに、名前を書くらしいね)
君は第五世代、いや、もしかしたら第四世代かもしれないね。
何という名前だろう? どんな景色を見ているのだろうか? どんな友達・仲間と居て、どんな研究をしているのだろう?
父が亡くなる直前に、子孫へ「手紙」という名のメッセージを残していたのを、先日形見を整理していた時に知った。
だから僕も、大切な子供が生まれたこの時期に、「手紙」を書こうと思う。
(手紙なんて初めてだから、古いマナー本(もちろん電子書籍)とにらめっこしながら書いている。間違いがあっても気にしないでほしい。そもそも、書き直しが利かないのは何て大変なことなんだろう! おっと、こんなことを書いていると紙面が足りなくなってしまう。紙はとっても貴重品なんだ。君の時代でもそうかい?)
君は、僕の父――つまりダグラス家の第一世代、ゴードンの手紙を、もう読んだだろうか。
僕にも一通、残されていたので、どんな内容だったかは大体察している。身勝手な人間を先祖に持って、君が苦労していないと良いのだけれど。
父はたまたま、様々な条件が一致してこの船に乗れただけだ。もしかしたら、他人を押しのけたのかも知れない。
僕は、その生き方を良しとは思っていない。けれど、まあ、父も必死だったんだろうな、とはこの年になって思う時がある。(父親ってたぶん、そういうものだよ。僕もきっと色々思われるんだろうな)
現在の、食糧生産管理室の状況を伝えよう。
僕が幼い頃に室長(つまり僕の父)が突然亡くなった。当然、管理室は大混乱だ。やがて、「僕が大きくなるまで」という約束で、副室長を務めていたシライワ家が暫定的に室長を担うことになった。そして数年前、僕はシライワ家から室長の職を渡された。
僕には室長なんて向いていない。それに僕も、息子を授かったのが遅かった。息子が室長を担える年代になる頃には、僕は大分年老いているだろう。
だから、僕はシライワ家にまた、バトンを渡したいと考えている。勿論、彼らが負担に思うならやめておくけれど。
君が今見ている景色とは少し違うかい? それともこの流れが、ずっと続いていくのかな。
室長の話が持ち上がったとき。
僕は嫌だ。トップになんて立ちたくない。そう思っていた。けれどそれが、僕の定めらしい。
だから僕は受け入れた。けれど諦めじゃない。たまたま、「様々な条件が一致した」だけなんだ。
ただ、君や、僕の息子には自由に生きて欲しい。自分の生きる道を自分でつかみ取って欲しい。
そもそもこんな閉塞的な空間に産み落としておいて、わがままな望みかも知れないけれど。
自分の生きる道と言っても、一人で生きていくのは簡単なことではない。
この船で暮らす数万人と、呼吸を合わせて生きていかないと行けない。そのためには、地位も家柄も身分も人種も性別も年齢も、ありとあらゆるしがらみを取り払う必要がある。
もちろん、簡単なことではない。(さっき書いたようなことを意識している時点で、僕も古くさい考え方に捕らわれていると言える。地球を出ても、人間は簡単には変われない生き物なんだね)
君が暮らしている環境はどう変わっているだろう。
この船には、地球に比べれば緑が少ない。地球の空気なんて吸ったこともないはずなのに、ときどき息が詰まってしまいそうだ。
その中で、大気循環を担当する班が頑張ってくれているのにはとても感謝している。公園に植えてある草花を監理しているグループにも、船内をクリーンに保つ努力をしている人たちにも、食糧の加工、運搬、販売する職業に従事するすべての人々にも。
この移民船は、助け合いで成り立っている。
何を伝えたかったか、分からなくなってしまった――ああ、僕から伝えたいこと、だ。
そう、僕は君に、周りの人と協調し、そして感謝する心を持ったリーダーになって欲しい。
トップに立つ人間の要件は、優れた研究成果があることでも、マネジメント能力でも、のし上がる力でもない。
他人と協力し合えること。他人を助けることに躊躇しないこと。困ったら助言を求められることだ。
……と、僕は勝手に思っている。君はどう考えるかい?
気づいたら裏面まで書いてしまった。(たぶんルール違反だね)
そろそろ可愛い息子が起きてしまいそうだ。
これで、僕からの手紙を終わりとする。(締めの言葉は、これで合っているのだろうか?)
では。
ハーヴィー・N・ダグラス
P.S. (書く場所はここで良いんだよね?) これからいろんな出来事が次々に起こるだろうけれど、全部楽しんでね。
P.S.2 (2回目ってありなのかな) カナンに行けたら、写真データを僕のタブレットに送ってほしいな。何かの手違いで、幽霊になった僕もそれを見られるかもしれないから。あとついでに、僕の父にも送ってあげて。
* * *
「我が息子へ」
第一世代、第二世代が、息子の誕生に合わせ手紙を残したというので、私も残す。
こうして「家の伝統」というものは作られていくのだろうか。
眠っているお前を横目に見ながら、文章を考えている。
論文や研究日誌ならともかく、「手紙」という形式の文章を書くのは初めてだ。しかも筆記用の紙など、業務関連でなければほとんど手に入らない。だからこの小さな便箋に、簡潔に記す。
おそらくダグラス家としてカナンに降り立つのは、お前になるだろう。お前が二十歳未満で子を持つのなら別だが。
この船は、ヒトと資源を運ぶ、劣化し始めた筐体だ。船に縛られる必要はない。
一方で、今私が所属している研究室を、血筋に基づき、お前に継いで欲しいとも思う。
お前がどのように感じるかはわからない。だが、私の考えは伝えておく。
父は放任にも近い形で、私たち兄妹に人生を選ばせた。
だが、私は子供に一定の道筋をつけるのもまた、愛情の一つであると考えている。
なぜなら、この閉塞的な船で自由意思によって選択できるものなど、人生の半分もないからだ。道を示された方が、痛みが少ないときもある。
ただ、父の教えである、他人との協力――手を借りることと手を貸すこと、それから助言を求めることは重要だと認める。
特にお前に控えているのは、通常の人生の分岐に加えて、「船か星か」の選択肢だ。第一世代と同等の判断力と決断力が必要となる。
お前に荷を背負わせることになるとは自覚している。
だからこそ、私は支えとなりたい。
何かあれば、そして私に何事も起きていなければ、私を頼ってほしい。
などと、ここで書いたところで、読まれるのはすべての決断が終わった後だろう。その前に示せてやれるよう、努力は怠らないつもりだ。
そのうえで、お前に何を残すかと問われると、思いつかない。
私や祖先を反面教師として、何かを学び取ってほしい。
言えることは、ただそれだけだ。
書き忘れていたが、私はお前が生まれてきたことを嬉しく思う。
お前が惑星に降りる姿、あるいは研究室を束ねる姿をこの目で見ることを、楽しみにしている。
これで手紙を終わる。
アイザック・H・ダグラス
サークル情報
サークル名:うずらや。
執筆者名:轂 冴凪
URL(Twitter):@shorearobusta_s
一言アピール
SFやファンタジーを中心に書いています。タブレットマギウス参加作品あり。今回は、リレー小説参加作品『名も知らぬ詩 Unsung Relay Story』から、とある不器用な人々の手紙です。